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徒然なるままに修羅の旅路

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Ogre Battle 36

2014年10月26日 13時51分21秒 | Nosferatu Blood
 
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 兄姉ふたりを殺した――アルカードが口にした言葉を聞いて、リディアが息を飲む。アルカードは気にせずに、足元にじゃれついてきたソバを抱き上げた。
「十五世紀に現ルーマニア南部のワラキア公国と、オスマン帝国の戦争があったことは知ってるだろう?」
「ええ。歴史の知識としてなら、ですけど」
 リディアがうなずいたので、アルカードは続けた。
「まあ、聖堂騎士団関係者なら当然知ってるだろう。歴史上にも名前が出てきた唯一の真祖の話だからな」
 そう言って、彼はいったん視線を宙にさまよわせてから、
「俺もその戦争に参加してた――ドラキュラの最期については? 歴史の教科書に載ってることでいい」
「暗殺説とか叛逆説とか、いろいろあるのは知ってます」 慎重に言葉を選びながら返されたリディアの返答に、アルカードはうなずいた。
「まあ実際のところ、俺も奴が一度死んだときどんな最期だったのかは知らない――現場に居合わせたわけじゃないからな。当時はちょうどオスマン帝国軍にワラキア公国軍が敗れたあたりで、俺の養父は戦闘で重傷を負ってブカレシュティにある実家に後送していた。敵軍もすでにブカレシュティ近郊に近づいてきていたし、俺はそのとき親父の部隊も含めた敗残兵を掻き集めて、なんとか最終防衛線を構築しようと駆けずり回ってる最中だった。崩れ始めた友軍の士気を維持するために、出来るだけ派手に勝利を収める必要があったからな」 当時の状況を脳裏に思い描いているのか、吸血鬼は遠い目をしながらそう続けた。
「イェニチェリというオスマン帝国の常備軍がある――当時あったんだが、俺の集めた敗残兵はブカレシュティ近郊、森に近い平原でイェニチェリの大部隊と決戦になった。正確に言うと、イェニチェリの常備歩兵軍が騎兵部隊を隷下に収めた混成部隊だったんだが」
 イェニチェリ――トルコ語で新しい軍隊イェニ・チェリ
 十四世紀、当時のオスマン帝国皇帝スルタンムラト一世の時代にキリスト教徒の戦争捕虜からなる戦奴軍として創設された、皇帝スルタンの直属兵力だったはずだ。それを口にすると、アルカードはうなずいた。
「そうだ。だが歴史的経緯としては、十四世紀終わりから十五世紀初めにかけて考案された強制徴用デヴシルメが施行されてからだから、俺が戦ったイェニチェリはいわゆる戦争奴隷の兵隊じゃない」
「デヴシルメ――支配地域のキリスト教徒の子弟を徴用して改宗させる、オスマン帝国の徴用制度でしたっけ」 教科書に載っていた内容を思い出そうとしながらそう返事をすると、アルカードはうなずいた。
 デヴシルメ制度はアナトリア地方やバルカン地方に住むキリスト教徒の少年を定期的に強制徴用し、イスラム教に改宗させて教育・訓練する人材登用制度で、奴隷軍でしかなかったイェニチェリはこれにより定期的人材供給が行われる様になったとされている。また、デヴシルメ制度の施行によってイェニチェリ自体の位置づけも大きく変化することとなった。
「さっきも言ったが、ワラキア公国の軍人としては、ここらで派手に勝利を収める必要があったんだ――兵の温存も大事だが、軍全体が潰走したら意味が無いからな。それで一応、事前に集めた石炭や小麦粉を使って粉塵爆発を起こして、銃や弓を扱う部隊を潰してなんとか有利に戦闘を進めていたんだが、今度はそいつらの後詰めの部隊が増援に来てな。銃に加えて大砲を大量に装備した城砦攻略部隊で、敵兵と入り乱れて斬り合ってた俺の部隊に現代で言う迫撃砲みたいな使い方して味方もろとも大砲を撃ち込んできやがった。あっという間にもみくちゃにされて部隊は壊滅状態、ついでに敵も壊滅状態になって味方は散り散り、俺もなんとか森に逃げ込むのが精いっぱいだった」
 そこまで話したところで、アルカードは言葉を切った――続きを促そうとするより早く立ちあがって、リビングのほうを指し示す。
 喉が渇きでもしたのか、リビングのほうに移動したいらしい。リディアはうなずいて、アルカードについて部屋を出た――いつものことだが足元でちょろちょろしている犬三匹を踏んづけない様に注意しているためにちょっと歩きにくそうにしながら(この吸血鬼は室内でも靴を履く習慣があるので、踏んづけると怪我をしかねないのだ)、リビングのほうに歩いていく。
 アルカードはそのままキッチンに足を踏み入れて、
「ジュースでいいかな? 今、野菜生活と俺のコーヒーくらいしかないんだが。あ、烏龍茶がまだ残ってたか。あとはミネラルウォーターくらいだが」
 理科の実験器具に似た硝子製のフラスコのついたコーヒーメーカー――サイフォンを準備しながら、そんなことを言ってくる。どうやら缶コーヒーに手をつける気は無いらしい。
 どうも暇さえあれば缶コーヒーな印象のあるこの吸血鬼ではあるのだが、実はそうでもなかったりする――どうも懸賞の応募用シールのためにまとめ買い(などというレベルではない)したはいいが、もともとは缶コーヒーよりもちゃんと豆を挽いて淹れる派閥らしい。朝食後などは、きちんと豆を挽いて淹れたコーヒーを飲んでいる――コーヒー豆をミルで挽きながら、アルカードはリディアのほうに視線を向けた。
 先ほど挙げた飲み物のどれがいいか、という意味なのだろう――特に喉は渇いていなかったのでかぶりを振ると、アルカードは無理に勧める気も無いのか手元のミルに視線を落とした。
 薬缶に水を入れてコンロで火にかけ、その間に丹念に引いた豆をステンレス製のフィルターに流し込む。逆円錐形のフィルターをブリュワーにセットしてから、
「さて、どこまで話したか――まあ、逃避行の最中にあったことは割愛しよう。食料がまともに残ってなかったから蛇とか食って飢えを凌いでたが、そんな話をしても面白くもなんともないからな」
 ひと通り準備を整えたところで、アルカードはキッチンから出た。カウンターの前に置かれたパイン材のダイニングテーブルのベンチにテーブルを背にして腰を下ろし、自分の横の座面を軽く叩く。
 リディアが隣に腰を下ろすと、アルカードは足下にじゃれついてきたウドンをひょいと抱き上げた。
「とにかく、部隊が散り散りになっちまったから、俺はあらかじめ取り決めてあった集合地点に向かうことにした」
 膝の上でひっくり返ってお腹を見せたウドンの顎の下をくすぐりながら、アルカードが続けてくる。
「オスマン軍の残党掃討を逃れながらだったからな――なかなかしんどい行軍だった。事前に決めておいた集合場所にたどりついて二日経っても、仲間はひとりも現れなかった。事前に決めた日数以内にその集合場所に現れなかった者は、敵の捕虜になったか死んだものとして行動すると決めてたから、全滅したと判断せざるを得なかった――それに集合地点の近くには水場も無かったし、それ以上長期間そこに潜伏するのは無理だったんだ。携行していた飲料用の水も尽きかけていたし、逃走中に追った矢疵もまともに洗浄出来てなかったからな。そのままそこにとどまっていても、いずれ傷口の化膿か破傷風が生命にかかわる――今ほど消毒や洗浄が簡単に出来る時代じゃなかったからな、ちょっとした怪我でも危険だったんだ」
 ウドンの耳の後ろを掻きながら、そんなことを言ってくる。
「それで、俺はいったんブカレシュティ――ブカレストのことだ――に向かうことにした。俺たちが戦った場所はトゥルゴヴィシュテやブカレシュティの近くにあったから、俺たちの残存部隊が敗北した時点で襲撃を受けていてもおかしくなかったんだが、ほかに行くところも無かったしな――ブカレシュティには俺の育った屋敷もあったし、重傷を負って後送されていた俺の養父や、ほかにも身内がふたり、そこにいるはずだった。勿論、屋敷の人間もだ」
 アルカードはそこで言葉を切ってからさらに口を開きかけて、そこでふと視線を転じた。
「どうしたんですか?」
「否、俺の駐車場に車が入ってる」 アルカードが短くそんな返事を返してくる。
 アルカードは高位の吸血鬼だし、高位の吸血鬼の聴力はコウモリを上回る。意図的に感覚器官の能力を抑えないと、聴覚や嗅覚から入ってくる情報量が多すぎて日常生活に支障をきたすことすらあるらしい――今もエンジン音でも聞こえているのだろう。最近の日本車はハイブリッド車や電気自動車の普及もあってみんな音が静かなので、リディアにはよくわからなかったが。
「蘭ちゃんたちの両親が帰ってきたのかな。東名高速の渋滞が酷いってニュースでやってたから、もっと時間がかかるものかと思ったが」 アルカードはそう答えて、ウドンを足元に降ろして立ち上がった。
「ああ、夕食のときの話ですか」 この部屋でアルカードがとったデリバリーピザの食べ比べなどしていたときに、アルカードが凛と蘭の両親が家に帰ってくるという話をしていたのを思い出して、リディアはうなずいた。どんな人たちなのかはわからないが、会う機会があるといいのだが。
「音でも聞こえたんですか?」
「否、ちゃんと見えてるよ」 アルカードがそんな返答を返してくる――そこでなにを思いついたのか、アルカードは少し意地悪そうな笑みを浮かべてリディアに視線を向けた。その瞳が金色に輝いている――吸血鬼としての能力を使っている証拠だ。
「俺は赤外線や――ほかにも可視光線外の光を光源にしてものを見たり出来るからな。壁なんかの障害物越しでも、向こう側にあるものがある程度は視認出来る――まあ、赤外線暗視装置みたいな視覚だから、壁の向こうの新聞を見るわけにもいかないが。ただ、別の視覚で普通に薄い障害物を透過して物を見ることも出来るがな」
 なにを期待しているのか、アルカードがちょっと笑いながらそんなことを言ってくる――薄い障害物?
 そこで思いあたって――リディアは頬を赤らめた。両手で胸元と下腹部を隠しながら後ずさり、
「まさか、その薄い障害物って――」
「ああ、君の服を透過して――」 そこでいったん言葉を切り、ちょっともったいぶって、アルカードは続けてきた。
「――君の骨とか内臓が見えてる」
「――はい?」
 裸でも見られているのかと身構えていたリディアは、そこで拍子抜けして尋ね返した――その表情を気に留めた様子も無く、金髪の吸血鬼が彼女の脚を眺めながら左脚を骨折したことがあるんだな、とつぶやきを漏らす。
「骨と内臓?」 リディアの反問にアルカードは肩をすくめて、
「ああ。残念ながら服だけ透過する様な器用な視覚は無いな。服と一緒に皮膚とか筋肉も透過して、骨と内臓が見える。ちょうどレントゲンみたいな視覚だよ――残念なことにな」
 そんなことを言ってから、アルカードは再び窓の外、駐車場との間の塀に視線を向けた。
 アルカードが言っていることが本当なのかどうかはわからないが――リディアが脚を折ったことがあるのは事実だ。七歳の時に遊具から落ちて、左足の大腿骨を骨折したことがある。そのことは親戚やパオラしか知らない――聖堂騎士団に入る前のことで、医療記録にも記載されていない。それを知っているということは――服だけ透視する能力が本当に無いのかどうかは別として――骨格の状態を観察することが出来るのは間違い無いのだろう。
 アルカードは立ち上がってダイニングテーブルを廻り込み、駐車場に通じる扉の見える裏庭に面した掃き出し窓に歩み寄った。アルカードはそれについていったリディアに一瞬視線を向けてから、
「――お。あの肋骨の骨折痕は、恭輔君か? 隣に座ってるのは誰だろ。男だからデルチャじゃないな」
 嫌な識別の仕方するなあ――デルチャって誰だろうと思いながら顔を顰めたとき、駐車場に通じる扉が開くきしむ様な音が聞こえ、ややあって掃き出し窓の向こうに男性がふたり顔を出した。
 ひとりはどことなく昼間会った医者夫婦の夫――本条亮輔――に似た面差しの、二十代後半から三十代前半のいくつにも見えそうな若い男性だった。名前の響きも似ているし、彼の兄弟なのだろう――つまり、凛と蘭の親族ということになるが。
 そのあとから入ってきたのは、どちらかというとスリムな体型の若い男性に比べるとずんぐりした体型の、口髭を生やした初老の男性だった。こちらはポケットのいっぱいついたメッシュベストを着て、かなり大型のクーラーボックスなど持っている。
 初老の男性はこちらと視線が合うと、熊みたいな顔をくしゃくしゃにほころばせて笑みを浮かべた――メッシュベストは右肩にだけパッドがついている。
 パッドはかなり酷使されているのか、表面が剥がれ落ちていた――アルカードの戦闘装備ロードアウト、甲冑の上から身につけているポリエステルメッシュの装備ロードベアリングベストにも同じ様なパディングが施されているので、それがなんなのかはリディアにもすぐに想像がついた。
 あれは銃床ストックを受け止めるためのものだ――狩猟用か、それともほかの目的かは知らないが、とにかくストックのついた大型のライフルやショットガンを構えたときに、反動によるストックの喰い込みを軽減するために装備されているものだ。
 アルカードが開け放した窓から、網戸越しにふたりに声をかける。
「おかえり、恭輔君――忠信さんもお久しぶりです。お元気でしたか?」
 その言葉に、恭輔と呼ばれた若い男性がちょっと笑う。彼はアルカードの肩越しにリディアに視線を向け、
「ただいま、アルカード――久しぶりに会ったら、なんか綺麗な子がいるね。とうとう彼女を作ったんだ?」
「違う」 即座に否定してから、アルカードは今度は初老の男性に視線を向けた。キョウスケというのが若い男性の名前なら、タダノブというのはこちらだということになるが。
「ドラゴス兄さん、久しぶり――元気だったかね?」
「ええ、お蔭様で。そんな庭から立ち話もなんですし、どうぞ上がってください」
「ああ、そうさせてもらうよ」 そう返事をしてからタダノブがキョウスケを促し、玄関に廻り込むためだろう、視界から姿を消す。
「誰ですか?」 小声でアルカードにそう尋ねると、アルカードはリディアを一瞥して、
神城しんじょう恭輔君と、父親の忠信さんだ。あれだよ、蘭ちゃんと凛ちゃんの父親と、祖父さんだな」
 あら、と声をあげて、リディアは軽く手を打った――蘭と凛の父方の身内には、今まで一度も会ったことが無い。
「あの人がそうなんですか」
「ああ」 あのふたりが一緒にやってくるってのは、珍しい組み合わせだが――アルカードがそんなことを付け加えてくる。
「そうなんですか?」
「恭輔君は家がこっちにあるが、忠信さんは違うからな」 リディアの問いに、アルカードはそう答えてきた。

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