お茶を飲み終えていた秋斗と美冬が、自分たちを呼ばれたと思ったのかそろってこちらを振り返る。大分血色がよくなっているのを確認してとりあえずの急場は脱したと判断しつつ、
「本条さんの屋敷の近くのコンビニのところで保護したんだ。傘を失くしたみたいでずぶ濡れになってたから、こっちのほうが近いんでとりあえずうちに連れてきた」
「そんなところにいたの?」
「うん、よくあんなところまで歩いてきたなあと思うよ― . . . 本文を読む
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抱きかかえた秋斗と美冬の体ががたがたと震えているのに気づいて、アルカードは顔を顰めた――顔は蒼褪め、唇は川遊びで長時間水に浸かりすぎたときの様に紫色になっている。よくない兆候だ――風雨に長時間晒されたせいで、強風と体を伝う雨粒に体温を奪われ、低体温症を起こしかけている。昨日の昼間の陽気が嘘の様な、この肌寒さと豪雨のせいだ。
今現在打てる手は無い――とにかく風雨を凌げる屋内に連 . . . 本文を読む
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硲《はざま》西の交差点に差し掛かったところで、交差点の歩行者信号が点滅を始める――車輌用信号が黄色に変わるまでの間に交差点を通過するのは無理だと踏んで、ルームミラーに一瞬視線を投げてからブレーキペダルを踏み込む。案の定すぐに信号は黄色に変わり、トヨタのマークツーがベースのパトカーが完全に停止したころには赤に変わっていた。
彼らがいるのは本条というここいらの大地主だった家の屋敷 . . . 本文を読む
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さて――扉をくぐるためにいったんたたんだ傘を再び開き、アルカードはカーボン製の握りを握り直した。
店には臨時休業の張り紙を出したし、凛と蘭は両親と一緒に家に帰った――というよりも、普段が車で五分の祖父母の家に預けられているだけなのだが。
出かける用事も無いし、仔犬たちを連れてどこかの公園にでも行こうにも雨では犬が出かけたがらない――正直なところ、雨が降り始めた途端にまるで今 . . . 本文を読む
雑木林に囲まれた寂れた境内に、季節の割には妙に冷たい風が吹き抜けてゆく。
なにが起こっているのか、わからない――腰が抜けて石畳の上にへたり込んだデルチャの眼前に聳え立っているのは、巨大な蜘蛛に似た奇怪な生き物である。
蜘蛛である、とは断じ得ない――全身から蚯蚓の様な触手が生え、さらには平屋建ての屋敷ほどの大きさのあり、脚の先端が人間の手の様な形状になっている蜘蛛を蜘蛛と呼んでいいのであれば、 . . . 本文を読む
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デリバリーピザの箱を全部潰し終えてポリプロピレンの紐でくくり、キッチンの隅に押し遣ってダイニングに出たところで、アルカードはテーブルの上に残った携帯電話に気づいた。
見覚えのある女性向けの色の電話は昼間ショッピングセンター内に入っているNTTドコモの販売店で、ふたりの少女に持たせるためにアルカードの名義で購入したものだ――パオラは赤い電話機を選んでいたから、ピンク色のこの電話 . . . 本文を読む
そんな胸中を知る由もなく、金髪の吸血鬼が話を続ける。
「奥様の遺体を屋敷から運び出して近くに隠したあと、街に降りてみたんだが――そのころには街の住人の死体があらかた噛まれ者《ダンパイア》と喰屍鬼《グール》に変わっていたよ。ドラキュラが直接噛み殺せば喰屍鬼《グール》になることはあり得ないから、ほとんどはドラキュラが直接噛んだ被害者じゃなくてドラキュラが噛んだ個体の被害者だったんだろう」
ロイヤル . . . 本文を読む
アルカードの拳が軽く握り込まれる。ウドンがその手の甲に鼻を近づけて匂いを嗅いでからぺろりと嘗めると、アルカードは握力を緩めてウドンの頭を撫でてやりながら、
「次の瞬間だった。なにが起こったのかもわからなかったが、朦朧としていた意識は一気に鮮明になって、ラルカに刺された腹の傷も、折れたはずの左腕も砕かれた右手も潰れたはずの目も、まるで手傷なんか最初からひとつも負ってなかったかの様に元に戻っていた― . . . 本文を読む
「この――!」 罵声をあげて、別の騎兵が背後から槍を突き出してくる――黙っていれば、もう少しくらい攻撃の成功率も上がっただろうに。皮肉に口元をゆがめて、ヴィルトールは地面を蹴った。
絶対に躱せないと確信していたのだろう、面頬の隙間から覗く騎兵の目が驚愕に見開かれる――実際、拳ひとつぶんの距離まで肉薄していた槍の穂先を躱すなど、普通の歩兵には不可能だろう。
だが――相手が悪い。地上で戦う限り、ヴ . . . 本文を読む
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「死体は攻撃を受けていなかった――剣で斬られたわけでも槍で突かれたわけでもなく、かといって鎚鉾《メイス》のたぐいで殴り殺されたわけでもない。代わりに首筋に蛇に噛まれた様なふたつの小さな穴が開いて、そこから大量に出血した痕跡があった」 硝子テーブルの上のピザの箱に視線を落として、アルカードがそう続ける。それを聞いて、フィオレンティーナは息を呑んだ。
この話――これはあの夢の話か? . . . 本文を読む
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ずぐっという厭な感触とともに、振り下ろした短剣の鋒がバイェーズィートの眼窩をえぐった――短剣といっても刃渡りは手首から指先に届くほど、眼窩から後頭部に向けて柄元まで捩じ込めば、鋒は容易に脳髄を貫通する。
一度大きく痙攣して動きを止めたバイェーズィートを見下ろして、ヴィルトールはその場で立ち上がった。
「言った通り――」 敗北を悟って歪んだ表情を顔に張りつかせたまま絶命している . . . 本文を読む
「どうする? 香澄ちゃんが誰か口説かれた相手に捕まってそっち行っちまったら」
硬直している陽輔を見てちょっと溜め息をつき、彼の背後で香澄が立ち上がる。格闘技の心得でもあるのか、ほとんど音を立てない流れる様な動きだ。
陽輔はそう言われたときの光景でも想像しているのか、顔色を変えたまま硬直してせわしなく視線を周囲にめぐらせている――パオラに背中を向けたアルカードが、がりがりと頭を掻いた。窓に映り込 . . . 本文を読む
「それがアルカードさんのイチ押し?」
「俺の経験上は、いいものだと思うよ」 陽輔の問いにそう答えてから、アルカードはちょっと考え込み、
「あのスーパーフォアを君に譲る前に買い置きしてたパーツの中に、確かブレーキパッドがあったと思う。ZCOOとカーボンロレーヌのがあったから、それ使ってみるか?」
「いいの?」 そりゃ助かるけど、という陽輔に、アルカードはアパートのほうに視線を向けた。
「ああ、どうせ . . . 本文を読む
「なるほど」 現在の忠信の自宅がどんななのか知っているのか、アルカードがうなずいた。
「今までは車をお持ちじゃなかったんですか」
パオラの問いに忠信がこちらに視線を向け、
「そういうわけじゃないんだがね。ただ、こっちに一台置きっぱなしにしてた車があってね。今まで一台ぶんしかスペースが無かったから、多頭飼い《・・・・》が出来なかったんだよ」
「でも、あそこ葉っぱとかが車内に入って大変では?」 と、 . . . 本文を読む