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誤解されがちだが、ショットガン用の散弾は発射直後に広範囲に拡散するわけではない――あくまでも銃口の座標を起点として、そこからしだいしだいに拡散していくのだ。銃の機種や銃身の摩耗度、銃口の仕上げや可変チョークの有無によって個体差はあるものの、その拡散範囲は十メートルごとにおよそ三十センチ。
自分の銃の拡散の仕方を知っておけば、たとえ近くに人がいても目標だけを狙撃することも可能と . . . 本文を読む
剣に手をかける選択肢を棄て、彼女がよく見える場所へと移動する。発見される危険性は十分に理解していたが、彼女の安全確保を疎かにしたまま行動を起こすわけにはいかなかった。
心を鬼にして、いったんその場から離脱する――ここからパーティションを越えれば、確実に発見される。
ネメアは気配を殺し、足音を抑え込んで、さんざん訓練されてきた無音歩行でパーティションを廻り込んでいった。こちらから見えるというこ . . . 本文を読む
そこに映っているのは、颯爽とした、どこか涼しげな青年の顔。
変貌する前の自分の顔だ。
秘薬の効果を抑制する鈴によって、彼の姿は生来のものへと一時的に戻る。彼は小さくかぶりを振ると、壁面に移ったかつての自分の相貌から視線をはずした。
「ネメアよりベガ――これよりイエロー10地点《イエロー・テン》に侵入する」
それは発声を伴ったものではない――本来、魔術通信網は肉声を必要としない。それに対する . . . 本文を読む
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「ベガよりシリウス。兄さま、受信していますか?」
環の通信に対する返答は、一瞬で彼女のもとに届いた。
「シリウス――聞こえてる。なにがあった?」
「『正体不明《アンノウン》』が結界を破った手段が掴めました――彼はなんらかの霊体武装を所持している様です」
返答が返ってくるまでには、一瞬の間があった――いつもの癖で、眉をひそめて考え込んでいるのに違い無い。
義兄がさらなる脅威を . . . 本文を読む
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『帝国騎士団《Knights of Empire》』――空社陽響の隷下にあるその人外の兵団は、そう呼ばれていた。
別に国家として『帝国』なるものが存在するわけではない――帝国とは空社陽響の保有する異能『灼の領域《ラストエンパイア》』と、その内部に棲む妖怪変化の一団を指す。
騎士団の構成員は『領域』の庇護下のもと、人間社会に溶け込んで暮らしている――その大部分を構成しているの . . . 本文を読む
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『正体不明《アンノウン》』がこちらに――今現在環がアクセスしているアズの視界の中で、こちらに背中を向けて足を止めた。拍子をとる様に爪先で軽く地面を叩きながら腕組みして何事か考え込んでいる――先ほど携帯音楽プレイヤーのイヤホンとおぼしきものを耳に押し込む様なしぐさを見せていたから、ただ単にリズムを取っているだけかもしれないが。
しかし、彼は何者だ?
先ほど喰屍鬼《グール》の群 . . . 本文を読む
「なんだ、そんなことか?」
グリゴラシュはさもつまらないことを聞いたと言いたげに適当に肩をすくめ、
「俺は公爵に直接頼んだのさ。あんたみたいになりたいってな」
「なんだと……?」
「おまえが俺たちのいたあの部屋に乗り込んできたとき、俺は公爵に血を吸われて倒れていただろう? 俺はあのとき、公爵にこう言ったのさ――公爵に生涯の忠誠を誓う代わりに、不死身の体がほしいってな」
抱擁を求めるかの様に両腕 . . . 本文を読む
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「ヘキサ・ツー・ワンよりベガ――戦闘終了。金髪の男が喰屍鬼《グール》の群れを殲滅。私見ながら、喰屍鬼《グール》の破壊状態から考えて、なんらかの対霊体装備で武装しているものと思われる」
金髪の青年が最後に残った喰屍鬼《グール》を射殺した直後に送ったアズの報告に、ベガが一瞬遅れて応答を返してきた。
「ベガ了解。視覚情報も確認しました。ベガより全部署――当該の金髪の男を、今後正体不明 . . . 本文を読む
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「ベガよりヘキサ・ツー・ワン」
頭の中に直接響いた呼びかけに、狙撃チームの分隊を指揮するアズは顔を上げた。
ベガ――空社環の魔術によって構築された、思念による通信網を介した通信だ。すでに超小型無線機は使えなくなっている――もはや必要無くなったので、〇二〇〇時ちょうどを以って一斉に電源を切ってしまったからだ。この通信網は環の作った魔術端末を貼りつけられていない限りは送信も受信も . . . 本文を読む
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ごう、と耳元で風が鳴る――道路を飛び越えて向こう側のビルへと飛び移るのは造作も無かった。
そこかしこの道路で街から出ていく車が散見されるが――いずれも特定の方向から離れている様に思える。そしてその方向には、あのすさまじい魔力の主もいる。
どうやったのか知らないが、自分のいる周囲の意識の残っている人間が特定の座標から離れる様に仕向けたのだろう。
そんな真似をやってのけるのな . . . 本文を読む