ティム・オブライエン
訳 村上春樹
『ニュークリア・エイジ』★★★
結構な長編だったけど一気に読破!
清々しいほどに。
60年代のアメリカ
訳注が結構な量で笑えたけど、分かりやすく時代背景が理解出来た。
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「でもね、いい?問題は人生が残念ながら短いってことなのよ。行くべき場所がいっぱいあり、心をときめかせるものがいっぱいあるのよ。私が求めているものは愛なのよ。崇拝」
僕は雲を見つめていた。
海辺の風景。僕らは並んでビーチに寝転んでいた。青ははっとするぐらい鮮やかだった。それは休息の午後だった。がらんと開けた成層圏、そしてゆっくりと韻を刻む水と光の波長。その他には何もなかった。
彼女は砂の上に寝転び、人型を作り、それから体をこわばらせて両腕を折り重ねた。
「さあ、私を埋めて」と彼女は言った。
「深く?」
「自分で判断しなさいよ」
「くだらないことだと思う。でも、約束してほしいの」と彼女は言った。「私にいくつかの約束をしてちょうだい」
「どんなこと?」
彼女は肩をすくめた。「可能だと思えることならなんでも。未来のこと。私たちはこのわけのわからないダンスを一緒に踊り続けている。あれこれとややこしいステップを踏みつづけている。でもね、一度でいいからこのワルツをストップさせたいのよ。ただの一度でいいから。私たちに未来があると言って。そう約束してほしいの」
「私、死んでる!」とサラが叫ぶ。そいつは本当にあったことだ。
記憶する人間が存在しなければ、記憶だった存在しない。だからそこには歴史はなく、また未来もない。それはゼロの集合である。
人は人生を生きれば生きるほど、人生を失ったいくのだ、幾何級数的に。
「ねぇ、サラ」と僕は言う。でも彼女は何も言わない。
彼女は死んでいるのだ。
僕の父と同じように、他のみんなと同じように、彼女は死んだし、死んでいるし、死につづけているのだ。何度も何度も。あたかもその繰り返しが可能性の新しい組み合わせをもたらすのではないかというような具合に。