貧困と暴力、そして汚職は、どの時代の、どの国にもある。
しかしこれは、泥田の中から蛭のくっついた本を拾いだし、払い落として開いてみると、文字は血と蛆で書かれていた……。
もちろん比喩であるが、まるで19世紀の貧困であるかのよう。しかし、事件は1987年とあるから、日本はバブルに浮かれ、1億総中流のころだ。
共産主義は、みんなが富を分け合い、平等に幸せであるはずだった。過った政策と官僚主義によって、不幸に見舞われつづけた国の、ある農村のある事件を背景に、農民たちの苦悩と貧困が描かれる。
蒼山ニンニク事件と呼ばれるもので、ニンニクの芽が高く売れることに目をつけた“当局さん”が、その生産を奨励した。だれしも手を出すのは当然のことで、余剰生産となり、村じゅう腐ったニンニクの臭いで満ちあふれる。当局がなんの手も打たないので、農民たちの暴動が起きた。
その臭いに満ちた村の人たちが浮き彫りにされる。
無知、貧困、人の好さ、激情、怒り、憤懣、泥田のなかでうごめくだけの人びと。汚職、轢き逃げ、首吊り──もういい、と叫びたくなるほど。
『赤い高リャン』の2年後に書かれたというだけあって、あの雰囲気はあますところなくあふれている。(映画は観たことあり、作者が同じとは気づかなかった)
これを莫言は取材することなく、新聞記事を読んだだけで書いたという。
1997年、中国の奥地(内モンゴル)を訪れた際、街の目抜き通りを走るのは、自動車より馬車やロバ車が多かった。屋根より高く吹きあげるゴミだらけの村落を通ったこともある。
あれからたったの16年、中国はその経済力によって急に居丈高になってきた。繁栄は喜ばしい限りであるが、ごくごく一部に過ぎない。“遼寧”という新しい艦船の陰に、どれだけ多くの国民が泣いていることだろう。
そんなことを考えさせられた。
うんざりしたが、読み終わってみるとまた別の物も読みたくなった。莫言は上下巻が多いから、しんどそう。
旧蓬窓閑話より再掲 2013/7
図書館で背表紙借りをして、なんの前知識もなかった。Amazonに現在出ている題名は「狂想歌」となっているが、まさしく狂騒歌だった。表紙も違う。
その後、『白檀の刑』の上下巻に挑戦。これも別の意味で面白かったが、「人間が描かれている」という意味では、狂騒歌が数段上に思う。
補足:莫言は、山中教授と同時期に、ノーベル文学賞を受賞している。