休 み の な い 海

アメリカ西海岸、北からのカリフォルニア寒流と南からのメキシコ暖流がぶつかり合い、年中波立っている所を休みのない海という。

コペンハーゲン『首相の決断』

2019-07-20 | ドラマ

『コペンハーゲン』~首相の決断


 デンマークの野党から女性の首相が誕生。
 中年太りながら若かりしころの美貌を思わせる主人公はたくましい。
 首相になりそうになったとたんに、元与党や少数野党の党首がすり寄ってくる。くっつきそうになったり、離れてみたり。
 これはもう、日本でも始終目にしていることではないか。


 テンポの早い筋運びに、テレビ局のキャスターという役柄で、正義感にあふれて政府のスクープを物にしようとする若い女性キャスターも登場する。
 首相の家庭生活も描かれるが、夫がよき理解者なのだ。サッチャー夫人の夫もいいものね。

 
 第4話は、グリーンランドとデンマークの関わりを描いている。
 グリーンランドがデンマークの属国であり、住民の8割がイヌイットであることをはじめて知った。
 1時間の会見予定でグリーンランドを訪れた首相は、
 自治区の長に「せめて一晩泊まり、現状を知ってほしい」と言われ、滞在を延ばして視察する。
 壮大な雪景色を背景に、
 アルコール依存症や児童虐待が多く、若者の自殺未遂が2割もあり、その理由は自由な国ではないことだなど、グリーランドの為政者としての苦悩が語られる。
 感動的な場面である。
(以上、写真はネットより)

 さらにアメリカはここにも登場して「グリーンランドはデンマークに無力、デンマークはアメリカに無力」という台詞が出てくる。
 世界のあらゆるところで、民主主義を唱えながら権力を振り回すアメリカ。
 魅力的ながら武力で世界を掌握したがっている。
 ともあれ無類に面白い政治ドラマである。  

  2013年08月10日 | ドラマ

 どんよりした天候が体にひびき、ブログがなかなか書けない。文章もひどいもんだ。で、何回目かの再掲。
 シーズン2、3もあったが、入院その他で見そびれた。
 理解あるはずの夫とは、その後、離婚するらしい。
 
本作の原題「BORGEN」とは、迎賓館、国会議事堂や内閣府、最高裁判所など、デンマークの三権に関する施設がおかれている「クリスチャンスボー城」のニックネームである。


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昔の恋人を探して?

2019-07-18 | 日記
 総理が地方での応援演説で、「お父さんは恋人を連れて、お母さんは昔の恋人を探して、いっしよに投票所へ行って下さい」と。

2019/07/16 19:58
「お父さんの恋人」とは? 首相、投票呼び掛けで(共同通信)

“「どうかお父さんも恋人を誘って(投票所へ)」と発言した。上越市の演説では「お父さんの恋人」に続いて「お母さんは昔の恋人を探し出して」と”

 headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190716-…
 
で、私も権利行使のために、昔の恋人(なんで女だけ昔なんだよ)を探そうと思っているんだけど、もうダメね。枯れ木に花は咲かない! 
 ときめきよりも、こんな姿になったの、見られたくない気持ちのが強いよ。


 それで思い出したのが今の私ぐらいの頃の母の話。
 小学校時代のクラス会があるというので、母は実家近くの駅まで地下鉄でえっちらおっちら出かけた。
 駅に着いたが、方角が全然分からない。
 公衆電話でそれを伝えると、(70年前の)男の子が「よし、迎えに行ったる」と。
 で、ほどなく迎えが到着。車だと思っていたのに、なんと自転車だった。後ろに乗れと言う。
 
 二人のジジババを乗せて、自転車はふらふら、恐くてしようがない。
 ジイさんも「バカ、そう、しがみつくな!」と言うので、
 「だって、恐いがね」と後ろに乗ったバアさんは言ったのであった。

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 ざらつく毛布  -異郷に生れてーさらば、満洲

2019-07-15 | 満洲
ざらつく毛布 
        -異郷に生れてーさらば、満洲4

 内地ー日本に着いてから、どこをどう通ったのか、なにも覚えていない。
 博多や佐世保に着いたのであれば、広島の話題が出てもよさそうだが、一度も聞いたことがないので、舞鶴港に着いたのかもしれない。

 気がつくと、母と同じ布団の中で寝ていたが、荒いごわごわした毛布を思いだす。沼のような色をしていて、毛羽立っていた。私はむずかったらしい。
 向こうではね、黒別珍の襟カバーでしたから、この子が嫌がって、と母は他人には訴えた。引揚者用にもっといい毛布が配給されたのに、嫂はそれを分捕って、悪いほうのを私たちに与えたんですよと。
 引揚者と呼ばれることに母は抵抗があったらしい。みんな着の身着のままの物乞い同然だったから。
 のちのち、押し売りなどが来ると「うちは引揚者ですからね、なあんにもありませんよ」と開き直るようになっていたが。

 そこは、父の実家であった。
 祖父と伯父夫婦に、なんと七人の従兄弟たちがいた。男五人に女二人。そこへ母と兄と姉と私の四人が加わったのだ。
 十人家族の上に私たち四人が加わったのだから、迎える側は大変だったろう。
 昔は農家で、田畑持ち、祖父は郵便局もやっていたという。
 通りの向こう側に郵便局があったが、私のいるころには、すでに使われていなかった。
 前島密が郵便を普及させるため、名主に郵便局を開かせたということである。名主だったのか聞き損ねたが、電話番号は村で1番だったという。

(ネットより借用・旧大石家)

 伯父の家は、基本的には、写真のような感じだが、左手奥に鍵の手になった棟があった。右手の奥が広い出入り口で、台所の土間だった。縁側の感じがそっくりで、いつもお昼だか三時頃に、サツマイモの蒸かしたのが、大きなザルにいっぱい載せられて、その縁側に出された。

 私は、同い年の従弟と末の女の子と三人で、野原や田んぼでよく遊んだ。
 小学生だった姉は、ここにいた頃に泳ぎを覚えたと言い、父のクラシック好きを受け継いだ兄が一番上の従兄をクラシック好きにしてしまったとも聞いた。
 その一番上の従兄だけが「兄(にい)さま」と呼ばれ、あとは男も女も上も下も、みんな呼び捨てで名前だけを呼んでいた。今さらながら家父長制の名残りだったと思う。

 食事のときは、みんな板の間に座り、お膳を並べて食べた。
 終わると、それぞれが食器を洗い桶に入れ、お膳だけを水屋の棚に片付けるのだった。
 その後、法事やお盆の時期などに何度か行っているので、比較的記憶が鮮明なのである。
 庭はそんなに広くはなかったが、柿の木があり、丸く掘った釣瓶井戸があった。井戸では、夏になると西瓜が冷やされた。

 満州での家屋は、生まれた場所と終戦時にいた場所は違う。最初に住んでいたのは、日本人街の社宅であった。
 家は田の字の形に部屋があり、真ん中に大きな円筒形をしたカンという暖房機?が天井まで貫いていたという。一方の口から煮炊きをしたり石炭を燃やせば、家全体が温まるようになっていたと、後年、母に聞いた。が私は全く覚えがない。厳冬用の建物であったらしい。 オンドルのように床まで暖かったかは、聞きそびれた。

 終戦時に住んでいた浪速通りの家での記憶はかすかにある。
 駅に近かったので、列車が着く前に汽笛が鳴る。それから、ほどなくして北の方から逃げてきた人たちの行列が続いた。三階の窓から、姉と二人で覗いている私がいる。私が見たのは、暗い通りを疲れ切って歩く人びとで、夜間だった。

 父の実家では、ひもじい思いをした覚えがないのは、ありがたいことだった。
 それでも、母は身を立てなければならない。
 昼間、市内の繁華な通りに、祖父からお金を出してもらい、お汁粉屋を始めたのだ。バス便もないころで、片道一時間半ぐらいの距離を毎日歩いて通った。
 
 夜道を疲れ切って帰っても、お櫃には一粒の米も残っていなかった。
 生米をそっと手のひらにのせて、布団に入り、こっそりかじったと言う。ざらつく毛布のなかで母が生米をかじっていた光景を思い浮かべると、胸がじいんとなる。
 幼児だった私が従弟妹たちと遊び散らしては、サツマイモを食べ、ぐっすりと眠っていたであろうに、居候をしている気兼ねから、母は生米をかじるしかなかった。
 


補足:-異郷に生れてーのコメントは開店休業とさせていただきます。
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ローマの噴水

2019-07-10 | 言葉の散歩道
  ローマの噴水    ボルゲーゼ
             リルケ

 古びた まるい大理石の水盤のなかから
 二つの皿が 一つは他の上に聳え
 上の皿から水が静かに流れ落ちる
 それを待ち受けている下の水は

 静かにつぶやいている上の水に 黙って
 言わば掌をまるめて杯にしたように
 そっと緑の苔と暗い底に映っている青空を
 未知のものであるかのように さし示す

 そして静かに その美しい皿のなかで
 なんの郷愁もなく 幾重にも波紋を描いて ひろがりながら
 ただ、時おり夢見てでもいるように 一滴ずつ

 垂れ下がっている苔を伝ってしたたり落ちる
 移ろってゆくその皿の姿をそっと
 下から微笑ませている最後の水鏡のうえに

       (堀口大學訳)

 ブロ友さんが、リルケの詩集を探したと仰ったので、私も探してみた。
 好きな詩の一つで、付箋が貼ってあった。
 リルケが見たであろうボルゲーゼの噴水の写真、ネットより借用。

      

 
 そこで、噴水の形から思い出したのが、トリクルダウンという言葉。
    
 無粋ながら、経済界で使われているようで、富裕層が富めば、滴は下へ降りていくはず。
 なのに、上部が内部留保でがっちりため込んでいるので、下へは降りてきていないというお話。
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行船公園へ動物を見に

2019-07-06 | 散歩道から
 どんよりとした重い雲か雨の日がつづく。名主屋敷の後遺症もとれぬまま2週間が過ぎる。薄日のさしてきた日に、思い切って飛び出した。
 しおれた紫陽花ばかりで、川原へ行けば虫に刺され、これまた後遺症が長い。うん、あそこなら行ける!


 小学生か幼児対象の小動物園だからね。


 シロビタイジオウムと名札にあるが、頑丈なネットと向こう向きで眠っているので、右はネットより借用。


 こちらは、美形の横顔を見せてくれた。ネットが二重でかわいそう。オトメスグロインコ


 ヤギなのか、毛を刈られたヒツジなのか、箱のふちに顎をのせて眠っている。ド真ん中で。


 チャボの種類か、トサカの赤いのは素敵だし、真っ白なのも、気取って歩いているところが可愛い~


 これがヒツジ?


 噴水もある。ちょっと風呂屋のタイルみたいだけど、しばらく見入る。

 上がったり下がったり、リルケにも噴水の詩があったっけ。一行も思い出せない、わが脳のはかなさ。


 おや、ペンギンだ。フンボルトペンギンだとか。動きが一番面白いかも。



 オタリア。アシカの仲間らしい。アシカより小さいかな。


 クモザル。元気いいなぁ~


 水飲み場の石が擦れている。ヤギを見て目を輝かし、小さな手を差し出した子どもたちーーを思い出す。


 忘れられた帽子と、空のベビーカーで来た人。同じムード。
 

おまけ:ペンギンの動画。↓をクリック。拡大↗↘にすればフル画面に(約1分)

https://twitter.com/Se38O4MVQWEDsDp/status/1145923789189832704


 
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