「夜明け」 ヒサト
助手席に上弦の月 笑っている
まだ眠るきみに続いてゆく水面
窓すこし開けて初冬に耳澄ます
抱き寄せる肩の温かさがほしい
滲むように瞬くように 冬の記憶
-----------------
ジュンサンは、海岸沿いに車を走らせていた。
まだヘッドライトをつけていたが、夜明けは近い。
太陽が顔を出すまでにはまだ間があったが、空が明るくなるにつれて、瞬いていた星たちが、ひとつ、またひとつと光の中に溶け込んでいく。
車を運転するのも、多分今日が最後になるだろう。
キム次長を説き伏せ、ひそかに病院を抜け出してきたのだ。
手術をすれば、命が助かる可能性は高くなるが、視力を失う危険があった。
ユジンを失い、視力まで失っては、生きる望みなど見えなかった。
〈生きて、これから何をしようというのだ…〉
生きる気力をなくしたジュンサンは、両親やキム次長の説得にも心を閉ざしてしまった。
「ミニョン、いやカン・ジュンサン。
よく聞け。ユジンさんは、サンヒョクさんと一緒じゃない。1人でフランスへ行ったんだ。
サンヒョクさんが、お前を追いかけて行けとニューヨーク行きのチケットを渡したのにもかかわらず、だ。
お前を信じているユジンさんを、裏切るのか?」
〈ユジンは、1人で立とうとしている。誰にも頼らず新たな道を切り開こうとしている。
10年前、僕を失ったあとも、ユジンは誰にも頼らず一人で耐えてきた。
それなのに、僕は…。情けない…。
それにしても、よく、ここまで体がもったものだ。
まだ、僕に生きろということなのか?
何をして…?〉
ジュンサンは車を道に寄せて止めると、助手席の向こうに見える海を見た。
海の上には、上弦の月がまだ明るく輝いている。
〈まるで、あの日のユジンのようだ。二人で雪遊びをして、笑っていた君。
この海の向こうに、君はいるんだね。
今、何をしているんだろう。
君は、僕がいるといつも安心して眠ってしまったよね。
ひとりでも、よく眠れているかい?〉
ジュンサンは、窓を少し開けて波の音を聞いた。
冷たい空気がほほをなでる。
冬の足音がした。
〈これからは、いくつもの冬を君なして生きてゆかなければならない。
もう、その温かい肩を抱き寄せることはできないんだ。〉
わかってはいても、風の冷たさが淋しさをいっそう募らせた。
〈冬の海が見たかった。
ユジンと初めて行ったのは、冬の終わりだった。
たくさんの思い出をつくるために…。
そして、思い出を全部海へ捨てるために…。〉
思い出の品々を海へ投げたときの思いがよみがえり、ジュンサンの胸を締め付けた。
思わずジュンサンは、窓を閉めた。
〈もう、帰ろう。
夜が明ける。
僕は手術を受ける。生きていくために。
たとえ、光を失ったとしても…〉
車のエンジンをかけると、ジュンサンはその場から走り去った。
暁は 闇深いほど 近いもの
今見えずとも 希望(ひかり)求めて
(あとがき)
冬ソナのサイドストーリーを書くのは1年ぶりです。
出会ってから4年、さすがの熱ももう冷めた、卒業かなと思っていました。
ところが、まだどこかに火種が残っていたようです。
ヒサトさんの「色とりどりの雪」5句でちろちろと燃え出した火が、「夜明け」5句で一気に冬のソナタの世界へ持って行かれました。
ヒサトさんの冬の川柳は私にはとても刺激的です。
「夜明け」の句を、何度も、何度も読んでいるうちに、ジュンサンの物語が自然に頭の中に出来上がっていました。
またこんな風に物語が書けるとは思っていませんでした。
ヒサトさん、読んでくださった皆さん、ありがとうございました。
今回の短編は、ジュンサンがアメリカへ帰っておおむね半年過ぎたころを設定していますが、地理や時差などは考慮に入れておりませんので、矛盾点がありましてもご了承ください。
助手席に上弦の月 笑っている
まだ眠るきみに続いてゆく水面
窓すこし開けて初冬に耳澄ます
抱き寄せる肩の温かさがほしい
滲むように瞬くように 冬の記憶
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ジュンサンは、海岸沿いに車を走らせていた。
まだヘッドライトをつけていたが、夜明けは近い。
太陽が顔を出すまでにはまだ間があったが、空が明るくなるにつれて、瞬いていた星たちが、ひとつ、またひとつと光の中に溶け込んでいく。
車を運転するのも、多分今日が最後になるだろう。
キム次長を説き伏せ、ひそかに病院を抜け出してきたのだ。
手術をすれば、命が助かる可能性は高くなるが、視力を失う危険があった。
ユジンを失い、視力まで失っては、生きる望みなど見えなかった。
〈生きて、これから何をしようというのだ…〉
生きる気力をなくしたジュンサンは、両親やキム次長の説得にも心を閉ざしてしまった。
「ミニョン、いやカン・ジュンサン。
よく聞け。ユジンさんは、サンヒョクさんと一緒じゃない。1人でフランスへ行ったんだ。
サンヒョクさんが、お前を追いかけて行けとニューヨーク行きのチケットを渡したのにもかかわらず、だ。
お前を信じているユジンさんを、裏切るのか?」
〈ユジンは、1人で立とうとしている。誰にも頼らず新たな道を切り開こうとしている。
10年前、僕を失ったあとも、ユジンは誰にも頼らず一人で耐えてきた。
それなのに、僕は…。情けない…。
それにしても、よく、ここまで体がもったものだ。
まだ、僕に生きろということなのか?
何をして…?〉
ジュンサンは車を道に寄せて止めると、助手席の向こうに見える海を見た。
海の上には、上弦の月がまだ明るく輝いている。
〈まるで、あの日のユジンのようだ。二人で雪遊びをして、笑っていた君。
この海の向こうに、君はいるんだね。
今、何をしているんだろう。
君は、僕がいるといつも安心して眠ってしまったよね。
ひとりでも、よく眠れているかい?〉
ジュンサンは、窓を少し開けて波の音を聞いた。
冷たい空気がほほをなでる。
冬の足音がした。
〈これからは、いくつもの冬を君なして生きてゆかなければならない。
もう、その温かい肩を抱き寄せることはできないんだ。〉
わかってはいても、風の冷たさが淋しさをいっそう募らせた。
〈冬の海が見たかった。
ユジンと初めて行ったのは、冬の終わりだった。
たくさんの思い出をつくるために…。
そして、思い出を全部海へ捨てるために…。〉
思い出の品々を海へ投げたときの思いがよみがえり、ジュンサンの胸を締め付けた。
思わずジュンサンは、窓を閉めた。
〈もう、帰ろう。
夜が明ける。
僕は手術を受ける。生きていくために。
たとえ、光を失ったとしても…〉
車のエンジンをかけると、ジュンサンはその場から走り去った。
暁は 闇深いほど 近いもの
今見えずとも 希望(ひかり)求めて
(あとがき)
冬ソナのサイドストーリーを書くのは1年ぶりです。
出会ってから4年、さすがの熱ももう冷めた、卒業かなと思っていました。
ところが、まだどこかに火種が残っていたようです。
ヒサトさんの「色とりどりの雪」5句でちろちろと燃え出した火が、「夜明け」5句で一気に冬のソナタの世界へ持って行かれました。
ヒサトさんの冬の川柳は私にはとても刺激的です。
「夜明け」の句を、何度も、何度も読んでいるうちに、ジュンサンの物語が自然に頭の中に出来上がっていました。
またこんな風に物語が書けるとは思っていませんでした。
ヒサトさん、読んでくださった皆さん、ありがとうございました。
今回の短編は、ジュンサンがアメリカへ帰っておおむね半年過ぎたころを設定していますが、地理や時差などは考慮に入れておりませんので、矛盾点がありましてもご了承ください。
新規投稿にば、いつもお邪魔していたのですが、私には歌心がないので、コメできなくてゴメンナサイ。
「冬ソナ創作」…興味深く読ませて頂きました。さすが、局様の作品ですね。
自分の未来を悲観して、ユジンのためを思って彼女と決別したジュンサンが、手術を受けて生き抜こうと思ったのには、こんな事情があった。それを納得させるのに十分なお話だと思います。
チュンサンは、誰のためでもなくユジンのために手術を受けるのですよね。自分が1日でも長く生きることを彼女が望んでいる、それを信じている、そう思ったからなのですね。そして、二人の愛が運命なら、二人の人生が何処かで交わることがあると感じたのかもしれません。10年後に、ミニョンとしてユジンと出会ったときのように。たとえチュンサンがユジンとの想い出を失ってしまっていたとしても。
解釈が違っていたら、ゴメンナサイね。
1年ぶりの「冬ソナ創作」とのことですが、情熱は衰えていませんね。
私が言い出しっぺの、連作『バラ園にて』…が、宙に浮いたままになっているので、気になっているのですが、なかなかそちらへ向かえなくて…ゴメンナサイ。
コメントありがとうございます。
子狸さんのコメントがないと寂しくて(笑)、無理に書いていただいた感じですね。スミマセン
胸の奥のどこかに眠っていたものが、また目を覚ましてしまったみたいです。
時々…チュンサンへの思いが吹き出す事があります。
いろんなきっかけがありますが…
この川柳は本当に情景が見えますね…。
局さまのお話も風景まで見えるようです。
告知されたチュンサンの思いを 私もまた考えている所でした。
限りあるかも知れぬ自分の命…
ユジンを悲しませたくないという思いだけでユジンの手を離してしまった…。
でも…いざ一人になってみると…辛かっただろうなと思います。
最後の句…
チュンサンは またユジンのために生きることを決意する その思いが伝わります。
ありがとうございました!
コメントありがとうございます。
ヒサトさんの川柳、とてもすばらしいでしょう?大好きなんです。
今までも、何回かヒサトさんの川柳からサイドストーリーを書いてきましたが、今回はもう書かないだろうと思っていただけに、感慨もひとしおです。
読んでいただき、ありがとうございました。
拙い川柳五句から、豊かな「冬ソナワールド」を見せてくださって、どうもありがとう。
この違和感のなさ(笑)、いささか、ビックリです。
雪国に生まれて47年、ひとつやふたつは「冬の恋」のエピソード、持ってますけど、いかんせん、あたしゃヨン様じゃないし、お世辞にも絵になるシロモノじゃあない。
でも、雪国で川柳を書いている以上、精一杯カッコつけて冬を書くことは義務なのだと、自分に言い聞かせてやっているんです。(笑)
日本の四季に冬がある限り、人には人それぞれの冬のソナタがあることでしょう。
冬を書いていれば、どこかしら冬ソナの世界観とオーバーラップするものを感じるものです。
冬ソナは、また新しい「冬を書く楽しみ」を与えてくれたように感じます。
こちらまでおいでいただき、コメントありがとうございます。
私も、昔から星空のきれいな冬が好きなのですが、「冬のソナタ」を知ってからいっそう好きになりました。
ヒサトさんが素敵な冬の川柳を書いてくださると、また私の冬ソナ魂(笑)が燃えるかもね・・・うふふ・・・