「ふう・・・」
ユジンは周りを気遣って小さくため息をついた。
額にはうっすらと汗がにじんでいる。
〈こら、ベビーちゃん、もう少しだから静かにしていなさい。よく動くわねぇ・・・。〉
「ユジン、大丈夫?疲れたんじゃない?控え室で少し休むかい?」
「ありがとう、ジュンサン。大丈夫よ。せっかくのお祝いの席ですもの、最後までいたいわ。」
「そお。でも無理しちゃだめだよ。」
「うん、わかってる。」
ユジンは笑顔で答えた。
「ねえ、サンヒョク。」チェリンがサンヒョクの耳元でささやいた。
「私、ドレスを替えてきていいかしら?」
「いいけれど、予定していたっけ?」
「予定にはなかったけれど、一応用意だけはしておいたのよ。
それに…、ユジンを休ませた方がいいと思って。」
と目配せをした。
「そうだね…。いっておいで。」
チェリンはすっと席を立つとヨングクに耳打ちした。
ヨングクは「OK」と言う感じでウインクするとマイクを握った。
「お祝いのメッセージが続いておりますが、ここでチェリンさんがお色直しで少々退席いたします。
その間、皆さんしばしご歓談ください。」
チェリンは招待客に一礼するとユジンの席へ向かった。
「ユジン、手伝ってもらっていいかしら?」
「ええ。ジュンサン、ちょっと行ってくるわね。」
控え室に行くと、部屋にはチェリンのデザインしたドレスが何着も用意されていた。
「わぁ、みんな素敵ね。目移りしちゃうわ。次はどれを着るの?」
「ほら、ユジン。いいから、こっちへ来て横になんなさい。
今日も朝からずっと動き回っていたから疲れたでしょ。
着替えは一人でできるから大丈夫よ。」
チェリンはそう言いながらソファにクッションを並べた。
「大事な体なんだから、無理しちゃだめよ。」
「チェリン…、ありがとう。
じゃぁ、お言葉に甘えて休ませてもらうわ。」
「ユジン、私たち、今日から義理の姉妹になるのよ。
遠慮しないで、少しはわがまま言ってもらわなくちゃ。
これからは一人で我慢ばっかりしていてはだめよ。」
「うん・・・、わかったわ。」
背を向けたまま、てきぱきと着替えをしながら、何気なく言うチェリンのやさしさがユジンはうれしかった。
「そうか…、私達姉妹になるのね。」
「そうよ、私はユジンのおなかにいる赤ちゃんのおばさんになるのよ。
あら…いや?」
チェリンは振り向いてちょっと睨むようにした。
「そんなわけないでしょ。
うれしいわ。
チェリンと家族になれるなんて…夢のよう。」
「私はみんなを傷つけて、悲しませて…、チェリンも…。
チェリン、私、・・・」
ユジンはソファから体を起こすと、改まった様子で言葉を続けようとした。
するとチェリンは慌ててユジンの傍によってきて、唇にそのかたちのよいひとさし指をあてた。
「ちょっと待って。あなたも言いたいことがあるかもしれないけれど、私に先に言わせて。今日は私のほうが優先よ。ね。」
「あ・・・、そうだわね。わかったわ。」
「ユジン、今まで・・・ごめんなさい。
私は謝らなくちゃいけないことがあるのに、素直になれなくて・・・。
今を逃したら、もうあなたに謝れないと思うの。
嘘をついて友達を陥れるなんて、絶対やっちゃいけないことよ。・・・いくら恋人を取られたくないからといって、許されることじゃないわ。
そうよね・・・。
でも私はやってしまった。
ごめんなさい、ユジン。」
「チェリン・・・あなたずっとそのことを思っていたの?
もう過ぎたことよ。忘れましょう。
あなただってつらい思いをしたんだし、自分の幸せを追い求めて周りの人を傷つけてしまったのは私も同じこと。
愛する人を失う悲しみは、経験した人にしかわからないわ。
あなたはミニョンさんという最愛の人を永遠に失ってしまったのだもの、私だって同じ立場になったらどうしていたかわからない。
それに、私は結局あなたからミニョンさんを奪ってしまったのだもの。
サンヒョクにも悲しい思いをさせて、私こそあなたたちにきちんと謝らなければいけないのよ・・・。
そのことが心のどこかにいつもあったの。
チェリン、ごめんなさい。」
「ユジンのばか。謝らないでよ。
あなたは何も悪いことなんかしていないじゃない。
あなたに謝られたら私の立つ瀬がないわ…。」
チェリンはユジンの手を握って涙を流した。
「…ほら、新婦さんが泣いたら台無しよ。
チェリン。一番苦労した人が一番幸せになる権利があるんですって。
サンヒョクと幸せになってね。
もう行かないと、サンヒョクが待ってるわ。」
「ほんと。待ちくたびれちゃってるかもね。」
チェリンは涙をぬぐって笑顔を浮かべた。
「ユジンは休んでいて。
ジュンサンには心配しないように言っておくから。」
チェリンは晴れ晴れとした表情でバラ園へと戻っていった。