🌸 かわいい魔法の手
大阪府堺市
✨ 秋の放課後。
松岡桃香さん(14)
やわらかな音色で、
音楽室を温める。
トロンボーンに添えた右の手。
生まれつき中指がない。
幼き日、
「こんな手、嫌いや」
つぶらな瞳に涙をためた。
母・智子さん(51)は
その手をさすり、
大きな愛と祈りで包んだ。
✨ 妊娠8カ月。
胎児の心疾患が判明した。
「ファロー四徴症」。
心室中隔に穴があり、
肺動脈も半分の狭さだった。
「真面目に信心してきて、これ?」
心が乱れに乱れた。
御本尊を恨み、
泣きじゃくる。
✨ インターホンが鳴った。
女性部の先輩がいた。
奈落に沈む心を丸ごと包む
「ものすごい笑顔」だった。
思わず涙があふれた。
「智ちゃん、絶対大丈夫や」。
題目であらがうと決めた。
✨ 2008年(平成20年)6月。
次女の桃香さんが産声を上げた。
最悪の場合は、
即手術と聞かされていた。
それなのに、
新生児集中治療室で
一人だけ管を通さず、
おちょぼ口でミルクを飲んでいる。
穏やかな命の奇跡を感じた。
ただ、娘の手には
タオルが巻かれていた。
「右手の中指が欠損しています」
小さなベッドの中の
愛くるしい寝顔。
これから立ちはだかる辛酸を思うと、
胸がきしんだ。
✨ 生まれた直後の写真は1枚限り。
アルバムからは数年の間、
桃香さんの記録が抜けている。
「それだけ余裕がなかった」
泣けばチアノーゼが生じ、
発作も起きる。
「できるだけ泣かせないように」と
医師から言われた
「赤ちゃんは泣きますやん」。
24時間、緊張が張り詰めた。
「好きなだけ泣かせてあげたかった」
✨ 1歳半で心臓にメスが入った。
医療機器につながれた娘の姿。
泣いて祈った。
3歳の時に指の手術もした。
小さな体で、
一つ一つ山を越えた。
✨ 夫の寛さん(51)と祈り、
話し合った。
人と違う手。
恥ずかしい。
後ろめたい。
そんな思いを絶対にさせはしない
「負けへん子に」。
右手を隠さず、
大きな愛で育てた。
✨ 物心がつくと
幼い感情は揺れた。
「こんな手、嫌いや」。
娘の涙に胸が詰まる。
「お母さんは大好きやわ!
かわいいお手てやん」。
小さな手をさすった。
幼稚園のバスから、
泣いて降りてきた
「お化けって言われた……」
「あんたは何も悪いことしてへんねんから、
堂々としとき。
負けたらあかん」
そう言った後、
御本尊の前で泣いた。
「私の10本の指を、
この子の1本に替えてください」。
無理だと分かっていても、
それが母の想いだった。
✨ 桃香さんは、たくましかった。
4本指の右手を利き手とし、
箸も鉛筆も器用に握った。
何でも自分流を編み出し、
親の不安を越えていく。
「できない」心配よりも
「できる」驚きが、
生活を彩った。
福引の抽選器を回せば、
不思議なほど当ててくる。
「あんたの右手すごいな。
魔法の手やん」
「せやろ」
桃香さんも、自慢げな顔
✨ 9歳で再び心臓にメスを入れた。
ずっと青かった唇に、
紅の色がともる。
肺活量も増えた。
小学4年から吹奏楽部に入り、
トロンボーンを始めた。
負けず嫌いで、
どんどん道を開いた。
✨ 4年前。
智子さんに大動脈瘤が見つかり
心臓の手術をした。
術後の痛みに、
もん絶した。
それでも
「桃香の不安や痛みを、
少しは分かってあげられる」。
御本尊に感謝した。
✨ ずっと、
強い母であろうとした。
「負けたらあかん」。
娘にかける言葉は、
自らへの叱咤でもあった。
試練のたびに
「もう無理」という言葉がついて出た。
池田先生が言う
「(苦境の時に)朗らかに微笑むことのできる人」でありたかった。
強がりでもいいから、
笑おうと決めた。
曇り空でも、
母がガハハと笑えば、
家族は笑顔になった。
✨ いつも娘に甘い夫。
どれだけ煙たがられようが、
めげずに長女と次女に絡んでいく。
のんきな姿を見ていると
思わず眉間にしわが寄る
だが、とことん優しく、
信心にあつい夫が隣にいたから、
希望を手放さず、
今日まで進んでこられた。
✨ 桃香さんは3カ月に1回、
検診に通う。
心肺機能に低下が見られれば、
一番の喜びとしている
管楽器の演奏も制限される。
「むりぃー」と言いながら
「まぁ、その時はまた頑張るしかないか」
青春の空の下で、
「今」を大切に奏でている。
✨ 今年の5月。
母の日に寄せて、
桃香さんが書いた作文が、
コンクールで特選に選ばれた。
〈たくさん泣かせてしまった分、
これからはお母さんと同じくらい
明るくポジティブに
お母さんを笑顔にしていきます。
産んでくれてありがとう。
大好きやで〉
くすぐったいような愛しい言葉。
じんと目頭が熱くなる。
涙のあと、母はまた底抜けに笑う。
✨ 関西創価中学に通う松岡桃香さん
書道が得意。
全国書道展覧会で金賞を受賞
吹奏楽に熱中する一方で、
学業は「全然ヤバい」
すかさず母の智子さん
「ちょっと色つけて言うとき」
「天才です」
「言い過ぎや」
にぎやかな日々。