港町の古アパート「霧笛荘」。「霧笛荘」には、アパートを管理する纏足の老婆が住んでおり、六つの部屋が用意されている。老婆に案内されて一つ一つの部屋をめぐり、かつてそこに住んでいた人々の人生の物語を聞かされる。
「港の見える部屋」は無気力なホステス千秋がいた部屋。自殺願望がありながら、うまく死ぬ事ができない。
「鏡のある部屋」は美貌の眉子がいた部屋。
家族にも恵まれた裕福な社長婦人だったが、同窓会に出席した事をきっかけに自分の願望に気づき、恵まれた生活から身一つで家を出る。千秋が失敗した睡眠薬自殺で自らの命を絶つ。
「朝日の当たる部屋」は頭の弱い、人情家の日雇いカンカン虫(船腹についたふじつぼをのみとハンマーで削り落とす仕事)鉄夫の部屋。人の罪をかぶって服役したこともある。四郎が罪を犯すのを避けるため、身代わりになって再度、警察に捕まる。
「瑠璃色の部屋」はミュージシャン志望の青年、四郎の部屋。足の不自由な美貌の姉の助けもあって上京。アパートの仲間からかわいがられながら、唯一、日のあたる方向をめざしていく。
「花の咲く部屋」はオナベのカオルの部屋。男になって武装しなければ、生きていけなかったカオルは何者かに殺される。
「マドロスの部屋」は終戦で死にそびれた特攻隊員園部の部屋。自分が遺書代わりに書いた手紙のせいで、許婚が自殺した。
「ぬくもりの部屋」は管理人の老女の物語。五億円積まれても霧笛荘を手放さない。それはここを死に場所と決めているからだ。
尋常じゃない人ばかりの話であった。人間には多様な部分がある。その一部を極端に強調してバランスを欠いた人間の生き様を描いているように思った。
共通しているのは優しさ・誠実さ。自分の身を捨てても他人を助ける。自分は絶対幸福にならないと決心しているような生き方。人間は不幸であれば、人の不幸にも敏感になれるのかもしれない。この世に執着もない。死は永遠の安息だから、その日が来るまで、この世で時間つぶしをしているのかもしれない。何も持たないから、一切妥協がない。自分に真正直に生きているとも言える。
「みんないいやつらだった。無一文で偏屈で頭がおかしかったけれどね。世の中を上下ひっくり返したらどいつもこいつもひとかどの人物には違いない。人間を馬鹿にしてはいけないよ。馬鹿なやつほど馬鹿力を持っているもんだ。利口なやつにはそれがない。」・・・・なるほどね。
深刻な話が多いが、当の住人たちは天涯孤独、世のしがらみから解放されてサバサバしている。世間体や虚栄心、虚飾から解放されれば、人間の真の姿は限りなく優しく、慈愛に満ち、俗世間の尺度から離れて強く生きていけるのかもしれない。
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