オータムリーフの部屋

残された人生で一番若い今日を生きる。

土の記 高村薫

2017-11-20 | 読書
はてしない死の堆積物である土壌。その上で精緻な耕作を営む日本の農業社会。都市部からすれば異空間である農村を舞台に老人が主役の異色作。衝撃のラストが光る。
高村薫はサスペンス小説家だと思っていたので興味が湧いた。
 
しかし、土壌にも農業にも釣りにもナマズにも興味の希薄な私には眠気だけが湧き、読み進むのが難儀であった。過去のシ-ンが退屈な日常の中で伊佐夫の想念となって頻繁によみがえる。何度も同じ想念が現れるので、読んでる自分がボケて来たのかと思った。次には老年の作者が認知症気味で同じことをくどくど語っているのかと思った。最後の大団円だけが興味ありと言うことで我慢して読んだが、延々とボケていく老人の退屈な日常の想念が描かれる。最後のぺ-ジに台風が来て土石流が起こり、26人が死亡したことが新聞記事の如く記述される。長い長い老人の堂々巡りの想念が突然、絶えて終わった。
 
 
な-んだ。そんな当たり前の終焉か。大震災以来、異常気象も相まって、世界中に大災害が起こっている。日本を見回しても、今まで考えられなかった北海道で台風の災害が起こったり、小さながけ崩れで住民が犠牲になったり、想定外の豪雨で川が氾濫して家もろとも流されたり、大災害は日常化している。単なる安易な方法で物語を終結させただけのことである。
 
 
注目すべきは作者の土壌と農耕への関心の高さである。
 
もともと地学という教科が好きだったそうだ。都会育ちの作者が農耕に詳しいのも驚きであった。彼女の徹底した取材力の賜物か。
本人の話では小説で描いた稲作の技術は、ごく一般的に行われているものだそうで、稲という作物は個体差が小さいので、蓄積された経験が正確に数値化され、知的集約的産業になり得る。
主人公・伊佐夫を七十過ぎという年齢に設定したのも農村のリアルだったからだという。特筆すべきところの全くない人物。東京育ちで大手電機メーカー勤務という点でインテリではある。老人のボケる過程をリアルに描きたかったから、舞台として農村を選んだということか。
 
小説の冒頭ですでに妻は死んでいて、その原因となった不貞と交通事故のモチーフが全編を通じて伊佐夫の胸中を去来する。妻を恨み続けることもなく、夢の中に繰り返し登場し、妻の亡霊と一緒に暮らしていると言っても過言ではない。死と性の欲望に満ちているのも農村では当たり前だろう。妻昭代の妹である久代が、かつて懐いた恋心を伊佐夫に吐露するシーンがある。行方不明の老女も色欲に溺れた末の失踪だったらしい。加齢とともにあけすけになるエロスが生々しい。田舎という所は性に対してあけすけで、地方によっては夜這いの風習が生きている。姉が死ねば妹と再婚することも珍しくはない。
 
そして、多くの死が扱われ、日常化している。妻を亡くした伊佐夫は東京にいる兄を失い、久代の亭主が死に、女子高生が遺体で発見される。しかし、折り重なる死のイメージは、日常に埋没して陰惨な雰囲気は全くない。土壌の有機成分が動植物の折り重なる死によって出来ているように、田舎で暮らしていると死は特別なものではなく、先祖の墓が家のすぐそばにあって生活の一部となる。
 
年寄りが感じる世界では、深刻さが似合わないのかもしれない。凡庸な主人公が登場し、瑣末な日常が描かれる。そんな設定でも面白い小説は書けるのか。作者の実験なのだろう。
 
戦後1600万人と言われた農業人口は、現在200万人に減り、平均年齢は66歳を超えた。
それで、この100年で爆発的に増えた日本の人口が、2050年には、3000万人も減り、100年後には、江戸時代末期並みになるかもしれないと言う、政府も認めている現状の延長戦の人口予測をみると、
2050年を待たずに、日本の美しい農村風景は、荒廃してしまうかも知れない。人口は大都市に集中し、人も居ないし、作って儲かる作物もない。家族を養える仕事も田舎にはない。TPP加盟を待たずとも、早晩、三ちゃん農業、二ちゃん、そして一ちゃん農業となり破たんは目前だ。自由化して、農業は崩壊し、村が無くなり、水田が草だらけに荒れ果てる。棚田のように日本の農家は観光地として細々と経営していくことになるのかもしれない。
 
大宇陀の山は今日も神武が詠い、祖霊が集い、獣や鳥や地虫たちが声高く啼き合う。始まりも終わりもない、果てしない、人間の物思いと、天と地と、生命のポリフォニ-。 (帯書き)
ポリフォニー (polyphony) とは、複数の独立した声部(パート)からなる音楽のことで、ただ一つの声部しかないモノフォニーの対義語として、多声音楽を意味する。それぞれの声部が、旋律線の横の流れを主張しながら、対等の立場でからみあっていく。各声部にホモフォニーのような主従の関係がなく、それぞれ独立している。ヨーロッパの宗教的声楽曲の歴史とともに高度な発展をとげ、バロックの時代まで作曲様式の主流をなした。

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