オータムリーフの部屋

残された人生で一番若い今日を生きる。

坂本龍一 天童荒太 対談集

2011-08-28 | 読書

坂本龍一と天童荒太の対談集を見つけたので読んでみた。坂本龍一は1952年生まれ、子供のときから自由人だったようだ。都立高校で試験中に答案を破り歩いたり、学校に要求して通信簿や制服を止めさせたり、全共闘の影響を受けた高校生だったらしい。小学校のとき「将来何になりたいか」と言う質問に「ない」と答えたそうだ。中学のとき、母親に同じ質問をされて「働かないで女性を喜ばせていればいいから、ひも」と答えたそうだ。お母さんの反応は「サラリーマンより女性を喜ばすことの方が大変よ。」・・・面白いですね。でも、紐って言う言葉、男性差別だわね。女性なら専業主婦と呼ばれるわけだから、専業亭主(専業主夫というのはどうもしっくりこない)とか呼称変更すべきですね。

龍一さんの面白いところ
愛する家族が殺されたら、仕返しに行って殺してやると言う。加害者の親が謝らないことにも随分立腹の様子。へえー、随分熱いんですねえ。驚きです。自分にはそう言う感情は多分湧いて来ない。中学校くらいから、自分が何をしても親には関係ないと思っているし、自分の子が何をしても自分に責任があるとも思えない。親より友達や社会が子供を育てると思っているから、とても龍一さんの考えにはついていけない。

日本の借金は膨大で返せないと思っているところは同感。爆発するしかないよね。何時爆発するか?そのとき何が起こるか?日本を震源地とした世界大恐慌?イメージ湧かないね。アメリカ国籍も持っている龍一さんはそのときアメリカに逃げると言う。アメリカが駄目なら、気に入っているアフリカに逃げることも考えていそうな人だ。天童さんは逃げる気はないらしい。あまり生に未練はなさそうだ。
龍一さんは自分は17年蝉だと言う。17年間地中にいて2週間の地上の命だから、速く済まさなくちゃと焦るそうだ。ご飯食べるのも速いし、セックスも速く済ませて子孫残さなければ・・・・と考えるそうだ。
逃げるときのイメージも細かい。グランドピアノを購入したとき、ネーム入りにするのを断ったそうだ。アメリカやイラクの将校に売ることもあるかもしれない。そのときネーム入りでない方が高く売れる。そんな馬鹿馬鹿しいことを考えて面白がっているらしい。

「白線までお下がりください。」と言う駅のアナウンスにも「下がらなくて轢かれても俺の勝手だから、文句つけるな」とむかっ腹をたてる。「事故があったら、私ども会社も皆さんにも迷惑がかかりますのでお下がりください。と正直に言えば、言うこと聞くのに」・・・・裏返せば、命を心配しているアナウンスに聞こえるわけだ。そんな風に聞こえるなんてナイーブだね。

発想が面白い。笑わせてもらいました。ありがとう。

いろんな型破りな人がいて型破りな生き方をしている人が多くなれば、社会通念に縛られることも少なくなるから生き易くなる。
「人は生来、他人が怖いと言う感情は自然なことなんだ。他人とコミュニケーションをとるのは簡単なことじゃない。」
「アメリカでは人間と人間が分かり合えるなんて誰も信じていない。だから、法律や契約を整えて話し合える土俵を作る。話し合いすらできないのが人間なんだ。言葉だって通じない場合が多々ある。」
「日本では家族や友人は分かり合えるんだ、と言う幻想を持ってしまっている。」
「人は怖いと言うのが当たり前で自分と言うものを守るためにも成長していくためにも、対話していく他ないと諦めた方がいい。」・・・・同感です。
日本は画一化した国だから、その規範から少しでも外れると辛い生き方を強いられるんだよね。インドやアフリカは何でもありだから、「自分は画一的な人間じゃない。」と悩んでいる余裕なんて、まるでなさそうだ。

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