初めにコチラにウィメンズとピットクルーライセンスについて。
そうかぁ、全日本と言ってもウィメンズは別格なんだね。
IB昇格に向けてのポイントを獲得したい女性ライダーはナショナルにエントリーだそうです。
ま、全日本ウィメンズクラス開幕ですしね。
それからピットクルーライセンスの話もちょっと微妙ですが、
以前ドラさんがコメントしてくれたように、エンジョイ会員になるならちょっと金額プラスして、
ピットクルーライセンスを取得するのもいいかもしれませんね。
場合によっては、他の選手から資格手当てが出るかも
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と、言う事でその2011エンデューロ選手権予定。
日付 | 曜日 | 種別 | レース名 | 会場 |
3月19日 | 土 | OT | 全日本選手権R1&エリア選手権R1 | スポーツランドSUGO |
3月20日 | 日 | OT | 全日本選手権R2&エリア選手権R2 | スポーツランドSUGO |
4月24日 | 日 | XC | GALLOP-X&エリア選手権R3 | 川内村特設会場 |
5月1日 | 日 | OT | 全日本選手権R3 | 熊本 御所オートランド |
6月11日 | 土 | OT | 全日本選手権R4&エリア選手権R4 | 爺ガ岳 特設コース |
7月3日 | 日 | OT | 定義&エリア選手権R5 | 定義 |
7月16日 | 土 | OT | 全日本選手権R5 | 夕張 |
7月17日 | 日 | OT | 全日本選手権R6 | 夕張 |
7月24日 | 日 | XC | VEGA月山&エリア選手権R6 | 立谷沢特設会場 |
9月4日 | 日 | OT | 全日本選手権R7&エリア選手権R7 | チーズナッツパーク |
10月1日 | 土 | OT | 全日本選手権R8 | 日高 |
10月2日 | 日 | OT | 全日本選手権R9 | 日高 |
去年の全日本Nクラスは50ポイント以上で昇格、12人の選手がIBの仲間入りしました。
今年はラウンドが増える分?全日本は9ラウンド中、有効ラウンド6戦で60ポイントです。
最速でも3ラウンド参戦しないと昇格出来ませんね。
日程がまだ暫定のトコもありますが、エリア戦は全ラウンド中有効ポイント一戦落ちだそうです。
エリア戦でIBに昇格するには、有効ラウンドが6Rだとすれば、
6R×25×0.6=90ポイントと全日本より高いです。
何ラウンドでも、×0.6って事は全戦6位(平均6位)以内に入っていないと、
確実に昇格は出来ませんね。
当然ですよね。。。
でも、全日本を全部は周れないよ・・・ってそこのIBのアナタ、そう貴方!
エリア戦のIBチャンピオンには、IA昇格が与えられますよ!
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さて、ちょっと俺の経歴?でも聞いて下さい。
オフロード入門のキッカケはみなさんいろいろだと思います。
林道ツーリング、山遊び、川原遊びなどね。
俺のデビューは’02の35歳の時でした。
「えんでゅーろやっぺ」って友達に言われ、この歳でレース?
てか、エンデューロってナニ?という男が、オフロードなんて走った事も無く、
肘上げろ?リーンアウト?スタンディング?なんのこっちゃ?
1回練習しただけで、頭から足まで全部借り物で、
市販車のTS200に乗り、友達と2人で組んで3時間のレースに出ました。
もちろん全然走れませんでした。
悔しくて、でもメチャメチャ楽しくて、速攻でこの時借りた一式全部買い取りました。
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それから9シーズン。
フリーライド系も楽しいのですが、やっぱりレースからオフロードにハマッタので、
俺は俺なりに、もう少しコンペティションでありたい。
今年は10シーズン目なので、1つの節目をつけようかなと。
諸先輩方を前に大変恐縮ですが、こんなフザケタ俺でも選手権に出ようと思います。
IB昇格なんて夢の様な話で、ポイントを獲る事はおろか、完走自体が俺にとっては厳しいです。
分不相応な事は重々承知しています。
でも、チャレンジしてみたいと思っています。
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ちょっとそれますが、話はかな~り過去に戻ります。
1982年15歳で中3の時、映画『汚れた英雄』を見ました。
草刈正雄が演じる北野晶夫のパトロン生活は、当時の俺には衝撃的だったけど、
スタント役だった、同じ福島県出身の平忠彦さんには猛烈に憧れました。
(このレプリカヘルメットもすげぇハヤッタよね?)
初めてバイクに乗ったのは中学校の裏山で先輩に借りたホークⅡでした。
それからナナハンキラーと言う響きだけでRZ350にも興味があって、
先輩に借りて乗ってみたら、パワーバンドからの加速は死ぬかと思いました(中坊だしね)
1983年16歳で高1の時、JOGに乗りSUGOカートコースの原チャリレースに出てました。
あの青木3兄弟の宣篤とバトルしてました。しかも彼はホンダのスカイ。
当時、中学生?だった彼にはもちろん勝てませんでした。
1984年17歳で高2の時、1年間バイトして貯めた金でFZ400Rを買いました。
(写真はイメージ)
当時はフルカウル・セパハン集合マフラーでセンタースタンド無し!
って、そのままレーサーだべした!って思っていました。
でも、それまでフロントタイヤは18とか19インチばっかり乗っていたので、
16インチの切れ込みは、俺には怖いほどでした。
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車の免許も無く、一緒に行ってくれる大人も居なかったので、SUGOまで自走で通いました。
一生懸命練習したけど、最終コーナーからの登り坂で、俺のって原チャリ?
と、思ってしまうほどみんなにおいていかれました。
今は無い第一コーナー逆バンク、馬の背からのブレーキングで根性出すしかありません。
2度レースに出たけど予選落ちだかなんだか(忘れた)で終了。
新車を買い、マフラーやバックステップなどを交換したり、当時はツナギなどの装備も高く、
自走で練習走行しているだけで資金が尽き、挙句の果てに予選落ちでは、
高校生の俺には続けていけないと1年で断念してしまいした。
同じ頃に流行ったバリバリ伝説のように、一ノ瀬美由紀でも居たらなぁ・・・
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ハタチの時に仕事で東京に行き、しばらく首都高・奥多摩・箱根などで、
ZX-4やKR250に乗ってバトルをし、イガイと負け無しの峠小僧?でしたが、
体もバイクも免許も傷だらけで、やっぱり公道は熱くなれず、
それから10年以上バイクから離れてました。
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戻します・・・
「有言実行」そう簡単に出来る事ではありません。
だから出来る人はカッコイイんだと思うし、もっとカッコイイ人は「無言実行」ですしね。
出来もしねぇくせに、カッコつけたがる俺のような奴が使う言葉ではありません。
でも、目標を作らなければ進めません。
そして他言する事で、少しでも自分への言い逃れを減らそうと思いました。
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今までも、きっとこれからも中途半端でヘラヘラしている俺ですが、
これまでに老若男女いろんなオフロードライダーを知り、
中学生の時に憧れた平忠彦のように、沢山のエンデューロライダー達に憧れて、
選手として選手権に出てみたいと思いました。
今年44歳になるオッサンが27年振りにMFJライセンスを取得。
やるからにはIB目指して
そして思いっきり笑顔で楽しんで
俺が尊敬している現役全日本選手から届いた年賀状に書いてあった一言は「前へ」
オゥッ!!