ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

やっぱり冬の狐はかっこいい。 北森 鴻 【瑠璃の契り 旗師・冬狐堂】

2008-02-16 | 文藝春秋
  
冬狐堂のシリーズは、長編(『狐罠』・『狐闇』)より短編(『緋友禅』(記事))のほうがいいと思うのは好みの問題でしょうか。
想いをこめてつくられた道具に宿る力がきゅっと締まった形で差し出される気がするのです。


 瑠璃の契り 旗師・冬狐堂
 著者:北森 鴻
 発行:文藝春秋
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薄い文庫で、『倣雛心中』、『苦い狐』、表題作『瑠璃の契り』、『黒いクピド』の4つ。
今回の陶子さん、古物商としては致命的だというハンデを負うことになったようですが、少しくらいハンデがあってちょうどか?というくらい、出来過ぎにかっこいいです。
「女狐め」と、なめてかかってくるやつに言わせることができたら、陶子さんの勝ち。
硝子さんや、我蘭堂の越名さんの出番もたくさんあります。
前作『緋友禅』よりも、登場人物たちの過去につながる作品が多くなっています。
それだけ、定着したシリーズということかもしれませんね。

『倣雛心中』はくせものの古物商から、陶子さんに持ちかけられた商談の顛末。
何度も返品されてくる有名作家の人形。婉然たる微笑に隠された秘密とは。
『苦い狐』は陶子さんの画学生時代の思い出にまつわる物語。
若くして亡くなった画学生時代の友人の追悼画集が復刊されたのはいったいなぜか。
「冬狐堂への道・第1歩」編というところで、なるほど苦い。
『瑠璃の契り』は、硝子さんの思い出編。
タイトルの瑠璃は切子の色です。作家が作品にこめる想い、物が伝えるメッセージをめぐる物語。陶子さんのキツイ一発も炸裂しています。
『黒いクピド』では、陶子さんの師匠で、離婚した夫のプロフェッサー・Dが登場。
プロフェッサー・Dが陶子さんに1体の人形を競り落とすことを依頼し、その後、彼が姿を消したと、陶子さんに知らせが入って…というお話。
これも「冬狐堂への道」含みです。

私お気に入りのプロフェッサー・D。
少しがっしりしすぎとも思いますが、ついショーン・コネリーをあててしまいます。
どんな役にも一度は想像してしまうショーン・コネリー。
ジェレミー・アイアンズも私としては捨てがたいのですが、リカちゃん人形を持っているところを想像すると、ショーン・コネリーのほうがいいかな、と。
ジェレミー・アイアンズだと、ちょっとコワい雰囲気で人形が似合ってしまいそうなので。
そのD教授の出番の多い『黒いクピド』ではちょっと印象に残る登場人物も現れました。
この人はこの先も出るのかしら。微妙な位置の敵役として、出番があっても良さそうです。

作品としてはやはり表題作の『瑠璃の契り』でしょうか。
古物商としての陶子さんの目利きも冴え、硝子さんとのつながりもきっちり描かれます。
何より、この世に生み出された美しい物の持つ力をくっきりとみせ、その上で、物と関わる人の気持ちこそが価値を決めるという、このシリーズの基本姿勢が表れているような印象の作品。
硝子さんの話になっているので、最初に読むにはどうかと思いますが、シリーズの代表作としてもいけそうな気がします。

そして、まだこの頃は、三軒茶屋にあのお店があるのですよ。
とはいえ、陶子さんも硝子さんも強いお酒のカクテル派なので、登場頻度は池尻大橋、香月さんところのほうが多いのですけれど、それぞれ、マスターとバーマンとしか出てきていません。
シリーズをぐっちゃり混ぜすぎない程の良さというところですね。
それにしても、お酒に強い…。






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10 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
同感です (むぎこ)
2008-02-16 07:14:59
そう、このシリーズ長編より短編の方が好きですね

なんでかなあ

これはまだ未読また図書館探してみようと思います

そうそう話は違いますが
「紅水晶」ってよんだことありますか?蜂飼耳というかたの?
返信する
Unknown (樽井)
2008-02-16 22:17:59
同感ですね。「狐闇」もすごく良かったけれど、短篇のほうが切れがある気がします。逆に、蓮城さんのは長編で一度読んでみたいです。
 今回、自分的には、タイトル作ももちろんいいんですが、苦い狐、過去の画学生だった頃の友達の思い出が出る作品がすごく良かったです。
 あれは、絵を描く人にはたまらない(いい意味でもそうでない意味でも)部分があって、きました。
返信する
むぎこさま (きし)
2008-02-17 02:05:49
短編のほうが締まっている気がするのですよね~。

「紅水晶」、未読です。詩人だったか、俳人だったかの方の小説ですよね。週間ブックレビューの何かで見た覚えがあります。
オススメですか?
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樽井さま (きし)
2008-02-17 02:09:30
蓮丈さんのほうは、確かにミステリとしての印象ががっちりしているので、長編で読みたいですね。
私もそう思います。

『苦い狐』。苦かったですね。
樽井さんは絵も描かれる方でいらっしゃいましたか?
だとしたら、苦さも一層…。
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友人が (むぎこ)
2008-02-17 06:22:18
はまっているようです
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なるほど。 (きし)
2008-02-18 00:14:17
お友達が。
はまってしまう、ある種の魅力がある作品ということでしょうね。詩人は強烈ですし。
私はどうでしょう。読んでみようリストに追加です。
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そうそうそう (むぎこ)
2008-02-19 08:00:36
「全てがFになる」「笑わない数学者」・・のレビュー書きました
笑わない・・のほうは解説が北森さんなんですよ!
これがいいんだなまた
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おお。 (きし)
2008-02-19 20:50:48
解説から読んでしまいそうです
ぜひ、TBを…と思ったら、できる記事がありませんでしたね。
さっそく拝見に行かねば。
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短編 (koharu)
2008-05-22 05:53:09
骨董になるものというのは、長い年月をもって愛されるだけの力がある。そういう物に込められた思い入れや歴史をいったん自分の中に取り込んでから商品として扱う陶子さん……ものに込められた思いが重たいから、この長さが丁度いい、長編だったら辛いかも…なんてこと読みながら考えてしまいました。

陶子さんが扱う物たちは、現れるべくして現れる…そんな感じがします。つくも神化しているに違いない。

プロフェッサーDは、私の中では、なぜかハリソンフォードです。 リカちゃん人形と共に頭の中に勝手に現れました。
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koharuさま (きし)
2008-05-23 01:05:18
短編がいいと感じる理由に納得です。長編になると、ものに込められた思いに加えて、ものに絡む欲がべらぼうに重くなってきますしねぇ。

>つくも神
なっていそうですね~。となると、陶子さんは巫女さん体質。あのアルコール摂取はある種のお清めでしょうかね。
それにしてもハリソン・フォードは盲点でした…。
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