ふらりとバーを訪れて、「こんな日はどこかへ行ってみたいですね。」と言うと、老人と言ってしまうには強靭さを漂わせる、どこか得体の知れないバーテンダーが「どんなところへ?」というしぐさをみせる。
やがて差し出されるカクテル・グラス。
満たされた酒を飲むうちにいざなわれるのは「ここではないどこか」。
そんなふうにして、慧(けい)くんは違う世界を味わってゆく。
妖しくも美しい世界。
恐ろしくも甘美な時間。
それを筆を尽くして綴った連作短篇集。

よもつひらさか往還
著者:倉橋 由美子
発行所:株式会社講談社
『花の雪散る里』、『果実の中の饗宴』、『月の都に帰る』
『植物的悪魔の季節』、『鬼女の宴』、『雪女恋慕行』
『緑陰酔生夢』、『冥界往還記』、『落陽原に登る』
『海市遊宴』、『髑髏小町』、『雪洞桃源』、『臨湖亭綺譚』
『明月幻記』、『芒が原逍遥記』
典雅な雰囲気のある慧くんは、私のイメージでは平安貴族の青年。
優しく、険しいところのない彼は、誘われるまま、異境の女たちの柔らかな胸元に身を委ねてしまう。
無防備なうっかり者で、女たちに甘え、知らずに傷つけたりもしてしまうが、恨まれたりはしない。
この世の者ではない女たちは、慧くんに優しい。
『髑髏小町』では、慧くんのもとにしゃれこうべがやってくる。
桃色の舌を持つ愛らしいしゃれこうべとのちょっとコミカルかと思えば、ふと闇が差し込むような物語。
『海市遊宴』が好きだ。
黄色の不思議な海に浮かぶ蜃気楼。
そこにいるのは、慧くんと従姉妹の舞さん。
ふたりは深いところで互いを理解しあいたいと思っている。
雨の音を聴きながら、並んでただ横たわるふたり。
『分子レベルで理解できるような人とはもうそれ以外のことをする必要もない。でも慧君を失いたくない。時には床を並べて夜の雨を聴く。それができたので嬉しい。』
だが、その後、舞さんはこうも言う。
『でもこれがいつまでも続くわけではないのが哀しい……我、今はじめて哀しみを知る』
切ない。
天然ボケの慧くんを責めるわけにもいかないが。
あちらこちらの世界で楽しんではいるが、それはやはり彼岸であり、一歩間違えば還らぬ人となってもおかしくない瀬戸際で遊んでいる慧くんはなかなかおもしろい。
付かず離れずのガイドをする九鬼さんもとらえどころのない人(?)。
名前も怪しければ、その経歴も怪しい。
冥界の女王とイイ仲だったり。
作品の不可思議な感触に、読み終わった時、自分がどこかに行って帰ってきたような気分になった。
しかし、まだ読んでない本がたんとあり・・・。がまんしてます。
さて、よもつひらさか・・・黄泉平坂ですよね・・・近所にあります。看板あるよ。ここが「黄泉平坂です」って・・・。通勤で良く通る国道のちかく。
神話のふるさとで、道路工事が古墳で進まない、市立病院作ろうとしたら円噴でた・・・とか。
寂れた神社黒塗り菊の御紋のくるまがなにげにとまってたり・・・。
うちの近くにはさすがにありませんが、随分丁寧に手作業でする道路工事だなと思っていたら、遺跡が掘ってたって時はありましたね。先輩が混ざって作業しててびっくり
この『よもつひらさか往還』は短篇なので、ゆるゆる読み進めていくのにうってつけ。
何かのオムニバスで取り上げられていた作品も入ってました。いずれ、ぜひ。…刷り込み??