ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

庄野潤三【夕べの雲】

2013-12-07 | 講談社

歳をとったと思う瞬間がある。
体力的なことももちろんそうだけれども、何より、「今、この時のことを、泣きたくなるほど懐かしく思う時がやがてきっとくるだろう」と感じる時に、そう強く思う。
この本には、そういう時間が閉じ込められている。

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 夕べの雲

 著者:庄野潤三
 発行:講談社
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文筆家とその妻、娘ひとりと息子ふたり。
山の上の家に越してきたばかりの五人家族の暮らしが描かれていく。
学校に通う子供たちの遊び。
ささやかな日々の食卓の楽しみ。
暮らしの中での人と人との関わり。
庭木や通い慣れてくる山の道の季節の移り変わりにつれての出来事や物想い。
照る日、曇る日、空模様が様々であるように、彼らの日々も小さな出来事の連続で、その中に刻まれる緩やかな喜怒哀楽はごくごく当たり前の普通の生活であるからこそ、かえって愛しく、懐かしい。
同じ体験をもつわけでもないのに懐かしいのは、この穏やかな日々が刻々と過去になり、やがては遠く去っていく時間であることを誰もが知っているから。
昨日と同じようにみえる盛りの花も、一輪枯れては一輪咲きと、花弁の上には時が流れている。
人もそれを取り囲むものも変わり、不変のものなどない。
わざわざ言うまでもなく、また半ば忘れているけれど、思えばやはりせつない事実で、その上に営まれる家族の暮らしの和やかさはかけがえのないものだろう。
時代も変わり、人の暮らしも変わり、家族の形も変わる。
それが良いとか悪いとか思うわけではない。
ただ、この本の中にはこの家族のこの時間が残っていく。それが嬉しいと思える1冊。
解説ではこの作品がイタリア語に翻訳されていることに触れられていた。
訳者は須賀敦子さん。
この本は彼女が選んだ本でもあった。





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