ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

海堂 尊【スリジエセンター1991】

2013-08-07 | 講談社

『ブラックペアン1988』、『ブレイズメス1990』と続いた、権ちゃんの悪行暴露シリーズの完結偏。

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 スリジエセンター1991

 著者:海堂尊
 発行:講談社
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医療には金がかかる。金額によって享けられる治療が異なるのは自明のことだとする「モンテカルロのエトワール」こと天城。
医療には金がかかる。それでも、医療の場においてはすべての患者が平等だという信念を表明する「帝華の阿修羅」こと高階。
『ブレイズメス1990』に始まった対決を描いた完結編は、日本の桜宮にモンテカルロの桜は根付くのか否か、というよりは、いかにしてスリジエ・ハートセンター設立は阻まれたのかを読む作品です。
センターがないことはわかっていますのでね。

チェスの駒を小道具に取り入れたりと、雰囲気をそれらしく盛り上げるのがほんとにお上手です。
紫水晶と黒曜石のチェスセットに、たったひとつ赤い騎士の駒。
なんだ、それ、と思いつつ、ノせられて読んでしまう。
特にこの作品は読みたいポイントと読ませたいポイントがたまたま一致しているのか、近作になかったほどドキドキしながら読んでしまいました。
スター揃いの桜宮サーガのなかでも天城先生は随一の綺羅星ですし、権ちゃんはワタクシにとっては全シリーズ通しての御贔屓ですし。
でも、二つ名の大きさに差がありますよねぇ。片やモンテカルロ、片や帝華。
それでも、権ちゃんが好きですけれど。

他の作品をふくめて考えても、演説と物語のバランスがよく、なんといっても権ちゃんの出番が多いこの『ブラックペアン1988』、『ブレイズメス1990』、『スリジエセンター1991』は好きな作品となりました。
エコヒイキのために、権ちゃんのちょっと若い時を描いたものであることに気持ちがいってしまいますが、このシリーズはちゃんと若い世良先生の出発点を描くことで「極北」のシリーズにつながり、「極北」で花房が世良先生と行くことを選んだ理由がわかる1冊。花房の眼中にそういう意味では将軍が存在していなかったわけなのですね。ちょっとくらいは揺らいだかもしれないけど。
また、この完結編には『ジェネラル・ルージュの伝説』が時間的に含まれているので、あの日、病院に長たる人々がいなかった理由のすべてがわかります。
さらに、『ケルベロスの肖像』が『螺鈿迷宮』と直に繋がる物語であると同時に、権ちゃんへの復讐を描くものであったことの背景がくっきりします。
「天城先生、愛されているなぁ」とつくづく思う1冊。
天才外科医。「星」を二つ名に持ち、天駆ける騎士とも表わされる男。これほど燦然と輝いてしまうと目が眩みますけれど、今回、高潔さとそれ以上に卑小さを晒してまで敵対した権ちゃんですら、結局のところ、天城先生を愛しているわけですし。
マリツィアの物語もまた別にかかれるんでしょうねぇ。それは「裏・ケルベロスの肖像」にあたるらしい『輝天炎上』のなかに入るのでしょうか。
これも、いずれ読みたいと思います。
読みたいといえば、渡海先生と権ちゃんの再会はないものでしょうか。『モルフェウスの領域』で生存確認はできてるし。

それにしても、なんと枝葉の多いシリーズであることか。
振り出しの『チーム・バチスタの栄光』なんて、今思えば番外編の気がしてしまいますね。
『螺鈿迷宮』はともかく、気分的には後から出てきたもののほうが、むしろ幹になってしまったような感じ。
良い読者でもない私に言われたくないでしょうけど。
ああ、でも、『ブレイズメス1990』で桐生先生は一応天城先生に会ってはいるのか。
うーん。天城先生も忘れていたかもしれないけれど、桐生先生は忘れてないんだろうなぁ。
今読み返すと、そういう記述が見つけられるのかしら。




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