ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

パトリシア・A・マキリップ【影のオンブリア】

2012-12-05 | 早川書房
 
ファンタジーの醍醐味は、別の世界がまるごとひとつ本の中に出来上がっているのを読むこと。
そういう気持ちにさせてくれる作品です。

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 影のオンブリア

 著者:パトリシア・A・マキリップ
 発行:早川書房
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逆からいえば、そうではないファンタジーにいかほどの価値があるでしょうか。
この作品で最後に出来上がる世界の全体像の美しさにうっとりします。
でも、映像化などをしても、その画面は、案外普通な感じに仕上がりそう。
画面を構成するような事物自体は、そう珍しいものではないのです。
全体としては、中世のヨーロッパでしょうか。
雑多なものが散乱して至るところが臭うような石畳の街路に、衛兵の立ち並ぶ城の回廊。
そういった絵になる部分もファンタジーの気分を盛り上げてはくれますが、それ以外がこの作品、この世界の魅力なのです。
地層化した世界。
堆積し、醗酵するがごとき時間と物語。
いくつもの領域の境界で、何が起きるのか。
物語る言葉も、登場する人物たちも、この世界を成り立たせるためにあります。
闇に魔術が潜み、人を惑わす都。
タイトルの示すとおり、描かれるのは都であり、幼い王子も美しい妾妃も、扉を描き続ける貴公子も、幽霊たちも、すべてそれを描くために登場するのです。
昨今よく聞く、キャラが立っている、であるとか、軽妙な会話が魅力、だとか言われるものとは対極にあるような作品。
それがいいとか、わるいとかではなく。
好みですよね。その時の読みたい気分とか。
たいていの場合、私は、この作品のようなタイプのほうが好きですが。

なんとはなしに、乾石智子さんの作品の評判が良かった理由が思い出されます。
夜の写本師』は、世界を描こうとしたタイプの作品であり、乾石さんはそれを書ける作家さんというわけですね。
ああ、それでも、ちょっともったいない気がしてしまいます。
ひとつの世界のありようだけでなく、人の物語も書けそうなのに。
というか、『夜の写本師』は人の物語として書かれているはずの部分にもうちょっと熱っぽさがほしいなぁ、と。
ともあれ、2作目『魔道師の月』でしたか、それも楽しみです。

マキリップも、次は何を読んでみようかなぁ。
今更ながら、ファンタジーが読みたくなりました。
現実逃避?
まあ、その気分がないとは言いませんが、楽しい気分で本を読みたいなと。
そろそろ、年末ですしねー。









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