読もうと思って手に取ったものの、妙に強面な雰囲気を持つ本で、ページを開くまでにちょっとかかりました。
やがて一国となる満州を取り上げたシリーズの第1部。
最後のページまで読み終えても、楽しいと思うシーンはありません。
かといって、湿っぽいわけでもない。
とても乾いた印象です。
過剰に何かを書き込むことのない、坦々とした描写のためかもしれません。
風の払暁―満州国演義〈1〉
著者:船戸与一
発行:新潮社
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時は昭和3年。
日露戦争に勝利し、大陸に進出した日本が、満州の地で列強と利権を争っている頃。
張作霖のきな臭い死から、日本が満州領有の方向へ進んでいく時代のうねりが描かれます。
歴史好きならばいざ知らず、日本の近代についての本にはそうそう手が出るものではありませんが、歴史小説となれば話は別。
いったん読み始めれば、先が気になります。
大まかな歴史の流れはわかっていても、それでも先が気になるというのは、時代に人が絡むから。
時代の渦をつくるのも人なら、それに巻き込まれるのも人です。
読んでいて思ったのは、この時代は思う以上に近いということ。
満州帰りとか樺太帰りとか、抑留されていたとか、ちょっと考えただけでも祖父母の年代の親戚の顔が思い浮かびます。
この物語の背景には彼らが含まれているのだと思わずにはいられません。
著者が流れの中に目印として配置したのは、30代前半の長男を筆頭にした、名家・敷島家の4兄弟。
長男・太郎は外交官。
次男・次郎は馬賊。
三男・三郎は軍人。
四男・四郎は学生。
ことさら記号的な名前を与えられたこの兄弟たちは総じて受身、読み手がその時代に身を浸すための依代としてはうってつけの巻きこまれ型の登場人物たち。
歴史の表層の下、幾重にか重なる領域のそれぞれに配され、自らの置かれた階層を犯すこともなく、その中に漂うような彼らを通して、当時の満州とその周辺を重層的に読むことができます。
物語が動くのは、その境界線が乱されるとき。
間垣という名前の越境者が現れるときです。
敷島兄弟に少なからぬ影響を与え、物語の中に強烈な存在感を持って現れるこの男。
現時点で拮抗しうるのは、自身が、日本の両家の子息から馬賊の頭目へという大きな転身をした越境者である次郎だけのような気がします。
連れ歩いている元軍用犬のシェパードに「猪八戒」と名づけるような男ですし。
ですが、何かに固執する様子のない彼は、この先どんどん投げやりになりそうな気配もあり…。
しっかりしてくれっ!敷島兄弟!
とはいえ、まだシリーズの第1部。
なぜ、間垣が敷島兄弟に網を張るのか。
それぞれの場所で生きる兄弟たちにどのような出来事が降りかかるのか。
すでに定まった歴史にどう絡むのか。
この先、満州の地を背景に、敷島4兄弟と間垣の行動の軌跡がどのようなものを形作るのかとても気になります。
この本はこちらからいただきました。
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これ、全8巻なんだそうですね…。
私の大好きな児玉清さんが「まさに血湧き肉踊る」って言っていたので、読んでみようかと思ったのですが、8巻の予定と聞いて腰が引けました(笑)
ま、全巻揃ったら読んでみようと思っております。
近代物に苦手意識を持ってしまうのは、やはり自分の基礎知識の少なさにあるのかもしれません。
>読んでいて思ったのは、この時代は思う以上に近いということ。
そうなんですよね。
だから、まだ記憶も感情も風化していなくて、生々しいものがあったりします。
ちなみに、koharuの近所には、元満州国皇帝の弟のお妃さまが住んでました。
おうちの前が通学路だったです。
「まさに血湧き肉踊る」(声が聴こえそうです)の序章といったところ。2巻で踊るのかもしれません。
完結してない作品は待つのが辛いのですよね~
で、先生、とりあえず第1巻、いかがです?
>元満州国皇帝の弟のお妃さま
日本から輿入れされたあの方ですね。
通学路ですか…あの時代の延長が、ほんとに今なのだという感じです。