ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

姜 尚中【あなたは誰?私はここにいる】

2012-05-05 | 集英社
 
絵画を「読む」か、「感じる」か。

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 あなたは誰?私はここにいる

 著者:姜 尚中
 発行:集英社
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よく言われることですが、どちらにしても、その先に続かなければ、作品に出会った意味は半減するのかもしれません。
読んだ、あるいは感じたものをどう考えるか。どう頭の、あるいは心の中に収めるか。
この本では、日曜美術館の司会をされていたこともある著者の「その先」が丁寧に語られていきます。

タイトルは、デューラーの自画像に出会った時の思いから。
このエピソードは印象深い出来事であったらしく、本の一番初めにおかれています。
ちょうど作品の中の画家と同じ年頃だった著者は、この出会いから「ここ」、自分のいる世界の探求することを思い定めたのだそうです。

作品の中から画家が見つめてくる。
これは誰もが思うこと。けれども、その視線をどのように受けとめるかは千差万別。
問いかけられている。問い詰められている。
その視線を受け入れて、自分自身の内面に降りていくこともあるでしょうし、画家が見つめていただろう鏡となって、画家を取り巻く環境やその内面に向かっていくこともあるでしょう。
正解、不正解がある事柄ではないはずです。

著者が言葉を尽くして丁寧に語っていく自身の体験も、学術的というわけではありません。
「読む」よりは、「感じる」に近いほうでしょうか。
作品を前にした時の強い思いから始まり、それを感じさせたもの、感じた理由を、作者と、作品と、自分と、自分のいるこの世界との関係の中に探っていきます。
核を成すのは著者の専門である学問もさることながら、心に深く刻まれているお母様の折々の姿と、執筆の時期からか東日本大震災だったように思います。
なすすべもないほど大きく圧倒的なものに人はどう対するのか。
そのさまざまなかたちの試みを作品のなかに見い出し、著者自身の記憶、体験を重ねながら、思いは深められていきます。
取り上げられている作品は絵画から陶芸まで。

はじめに わたしたちは今、どこにいるのか
第一章 おまえはどこに立っている
 アルブレヒト・デューラー『自画像』、ディエゴ・ベラスケス『女官たち』ほか
第二章 生々しきもの
 ギュスターヴ・クールベ『石を砕く人』『世界の起源』ほか
第三章 エロスの誘い
 グスタフ・クリムト『ダナエ』、エゴン・シーレ『縁飾りのあるブランケットに横たわる二人の少女』ほか
第四章 白への憧憬
 白磁大壺、長谷川等伯『松林図屏風』ほか
第五章 不可知なるもの
 マーク・ロスコ『シーグラム壁画』、パウル・クレー『思い出の絨毯』ほか
第六章 死と再生
 ピーテル・ブリューゲル『死の勝利』『バベルの塔』ほか
第七章 生きとし生けるもの
 伊藤若冲『群鶏図』『貝甲図』、熊田千佳慕『メスを求めて』ほか
第八章 祈りの形
 アルブレヒト・デューラー『祈りの手』、円空『尼僧』ほか
第九章 浄土的なるもの
 与謝蕪村『夜色楼台図』、ジャン=フランソワ・ミレー『春』ほか
第十章 受け入れる力
 ルーシー・リーの白釉の陶器、沈寿官『薩摩焼夏香炉』ほか
おわりに ここで生きる

作品に対しての著者の言葉は、美術品の解説、批評としては必ずしも普遍的なものとは限らないかもしれませんが、それが気持ちの深いところからやってきたものだと信じられる真摯さがあり、素直に共感して読むことができました。
版が重ねられているというのも納得です。


[読了:2012-04-20]




参加しています。地味に…。
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