ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

渡辺誠【昭和天皇のお食事】

2013-04-15 | 文藝春秋

著者の渡辺誠さんはフレンチの料理人。
プリンスホテルで料理人としての一歩を踏み出し、その後、1970年から1996年までは宮内庁管理部大膳課に勤務。天皇の料理番といわれた秋山徳蔵さんに学んだ方です。

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 昭和天皇のお食事

 著者:渡辺 誠
 発行:文藝春秋
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ホテルでの料理人修業から一転、宮内庁でのお仕事。
同じ料理人としての仕事とはいえ、勝手も違えば、要求されるポイントもまるで違います。
そして何より違うのは宮内庁の大膳でのお仕事は天皇陛下のためのものだということ。
要求されるのは「妥協のない完璧な仕事」。
たとえば、グリーンピース。当然薄皮まで剥く。
ニンジンを糸のように切るとなったら、ほんとに糸のようにじゃなきゃあいけない。しかもすべてが同じ太さになるように。
丸く剥いたジャガイモなら真っすぐに転がらなきゃダメ。転がした時に曲がるようなジャガイモはどこかいびつに剥かれている証拠だから、即ゴミ箱行き。ジャガイモ剥きに自信のあった著者はがっくり。
すごい。いいじゃん、だれもお皿の上のジャガイモをわざと転がしたりしませんよ。食べようよ。…というのは、天皇の料理をつくる大膳を統べる秋山氏にはない考え方なのです。
だって、食べるのは、いえ、召しあがるのは天皇陛下だから。
天皇家ならではのエピソード満載です。
ああ、昭和天皇って「天皇」だったんだなぁとしみじみ思います。天皇に対しての周囲の人たちの心持ちが違うのですよね、きっと。
天皇陛下が納豆の糸引いちゃああかん、とか。

とはいえ、この本で語られるメニューは、晩さん会などの場合はともかく、日々のお食事は特別豪華なものではなく、昭和天皇がお好きだったものなども決して庶民の食とかけ離れてはいません。
お肉なら鶏肉が多いようですし、魚だってししゃもとかね。甘いサツマイモ(しかも皮つき)がお好きだったそうですよ。
今上天皇となるとまた違うのでしょうし、皇太子殿下となればさらに。
著者は宮内庁でのお仕事の後半は皇太子殿下の料理番だったそうで、そのエピソードもいくつか紹介されています。

そして、本の後半は、著者の修業時代のあれこれ。宮内庁に入る前、料理人を目指した頃、それ以前にさかのぼってのエピソードが語られています。
先輩料理人に指を落とされた(しかもわざと!!)なんてことも。
いや、なんだかウソみたいな話ですが、ホントに書いてあります。かろうじて指をくっつけてもらった後、その先輩を包丁を持って追い詰めたそうです。それも、なんだかウソみたいなホントの話。
もちろん、師匠との心温まるお話もありました。

なんだか、とても穏やかでカッコいい人です。
巻末の解説は映画監督の大林宣彦さん。
その中で、著者が「宮内商会、一同、社長のために一心にお仕えさせていただいております」と言ったエピソードがありました。
著者の渡辺さんが宮内商会ならぬ宮内庁に入ったのは22歳くらいのころ。二心なく天皇を敬愛してお勤めされていたことがストレートに伝わる1冊でした。




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