ゆっくりと世界が沈む水辺で

きしの字間漫遊記。読んでも読んでも、まだ読みたい。

時差300年の恋。原田康子【満月】

2009-08-29 | 新潮社
 
8月末ともなると、夏の気分にもあきらめがつきます。
どうせビールは一年中飲んでいるし、もう風は秋だし。
と、思いつつ、「夏はタイムトラベルもの」をもう1冊。
 
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 満月

 著者:原田 康子
 発行:新潮社
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高校教師のまりは、ゆえあって祖母・貞子さんとふたり暮らし。正確にいえば貞子さんの家に居候中です。
未だ矍鑠たる貞子さんが取り仕切る生活は、合理的かつ情緒豊か。
たとえば、お月見の夜には、季節を愛でる料理が食卓に並ぶ、そんな毎日です。
そこへ突如現れたひとりの男。杉坂小弥太重則。
シャクシャインの乱」のおり、調査のために蝦夷に渡ったという弘前のお侍だと名乗ります。
仲間たちを逃がすために蝦夷に残ってから数年がたったものの、望郷の念は断ちがたく、ひとめでもいいから懐かしい故郷へ帰りたいとアイヌの婆の呪い(まじない)にすがったというのです。
およそ300年の時差。
まりは100%変質者と決めてかかりますが、彼からはぼろが出るどころか、疑えば疑うほどに本物らしい。
右も左もわからぬくせに、歩いてでも御城下に行く覚悟の薄汚れた二本差しの男。
帰りたかった御城下どころか、見慣れたものひとつとてない場所へ投げ出された動揺を抑えて身の上を語る小弥太を、貞子さんは本物の武士として扱い、面倒をみることにします。
居候ゆえ決定権のないまりは口もろくにきかないほど小弥太の存在を拒否していましたが、武士らしく質実剛健でありつつ、繊細な誠実さを備えた中身に、清しく逞しい見た目の青年・小弥太をしだいに受け入れ、さらには心惹かれていきます。
呪いの有効期間は1年間。
ふたたび、秋の名月が夜空に浮かぶとき、彼らはいったいどうなるのか。

タイム・トラベラーものらしい、ファンタジックな恋物語です。
この作品が出版されたのは単行本時で昭和59年。1984年です。
大まかな時代でいえば現代とはいえ、もう25年前ですから、まり自体がタイム・トラベラーである感じがします。
貞子さんは、ある意味、普遍的な理想像をイメージさせる存在なのでそう感じませんが、まりの性格付けや、ところどころに現れる価値観や倫理観にはもはやずれがあります。
作中、かなり現代的で、おしとやかとは言いがたいと自他共に認めるお嬢さんとして描かれているまり。
確かにさばけた性格とはいえそうですけれど、今現在の状況と照らせば、なんと品行方正なお嬢さんであることか。
物語は終始まりの視点で語られるので、かなりきつい思いをしながら、それでもまりの傍にいることを望んだ小弥太が、彼女のどこに惹かれたものか、いまひとつはっきりとしないところが残念といえば残念です。

さて、この作品。
先日トラックバックをいただいた[電網郊外散歩道]のnarkejpさんの記事にあった『時の彼方の恋人』(こちらは時差400年のラブロマンス。)からの連想での再読です。
西洋では過去からやってくるのは騎士ですが、これが日本となれば当然お侍。
そういえば…というわけです。
満月 MR.MOONLIGHT」という映画にもなっていますが、これは未見。
今回、私が読んだ古本(1円!かなりしょっぱい色になっています。)の表紙は映画化が決まってからのもの。以前は別の表紙カバーだったと思います。
まりが原田知世。
貞子さんは加藤治子。
小弥太は時任三郎。
文庫の解説は映画の脚本家が書いていたのでわかったのですが、映画のほうでは物語に大きな変更を加えたようです。
アイヌの婆の呪いには条件があって、小弥太は女性と共寝すると、即、もとの時代に引き戻されることになっています。
これをどうするか。
映画ならば…より熱情的にするのは無理もないことですねぇ。
…てことは、原田知世のそういうシーンがあったということか。
知らなかったなぁ。




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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
なみさま (きし)
2019-05-25 01:29:54
はじめまして。いらっしゃいませ。
長いこと、ブログを放置しておりまして、いただいたコメントに気づかずにおりました。
申し訳ありません。
映画をごらんになっているとのこと、うらやましいです。

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Unknown (なみ)
2018-09-21 10:02:13
こんにちは。初めまして。
原田康子、満月でこちらにたどり着きました。
私は映画見ました。封切り直後の映画で。
また色々読ませて頂きたいので、読者登録させて下さいね。
返信する
narkejpさま (きし)
2009-09-01 22:08:36
以前からオススメいただいているその本は、後の楽しみに残してあります(笑)
古本で探せばあることは確認しているのですが、どうも状態が悪そうで、ちょっと手が出せずにいるところ。
…そうしているうちに読めなくなってしまうでしょうか?

返信する
タイムトラベルものといえば (narkejp)
2009-08-31 05:54:42
なるほど、日本では武士なのですね。マーク・トウェインの「アーサー王宮廷のヤンキー」が面白かったのですが、今は絶版になっているのかな。残念!!
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