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カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

3月23日

2014-03-23 17:33:55 | ついのべ三題ったーより
小学三年生の時夏休みの初日に私を祖父母の家に預けた両親は、そのまま二度と姿を見せにくる事はなかった。私は幾通もの書簡をポストに投函しながら、宵の明星と呼ばれる金星の輝きの下、いつまでも二人が私を迎えに来るのを待ち続けた。
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父ちゃんの伝説

2014-03-23 17:23:56 | 即興小説トレーニング
『お嬢さんをオレに下さい!』
 言い慣れない言葉に不安を覚えて何度も何度も練習を重ねた末に本番に望んだオレは、実にお約束だが、本番でうっかり『お父さんをオレに下さい!』と言い間違え、親父さんもとい『お父さん』に無言のままぶん殴られ、結婚を誓い合った相手に『仕切り直しだこの阿呆が!』と散々に蹴り回された。

 そんな訳で数日後に仕切り直し、今度は何とか結婚の許可を貰えたオレは、その晩親父さんにこっそり部屋に呼び出された。
「済まんな、式前の忙しい時期に」
 階下の店から持って来たのだろうか、テーブルの上には葡萄酒の瓶と二つの杯が置かれていて、オレは促されるまま椅子に座って杯を一つ取る。
「忙しいのはオレよりむしろアイツや親父さんの方だと思うんですがね」
 花婿なんぞ式の飾りですよ飾りなどと答えるオレに、親父さんはいつもの無愛想な表情でオレの杯に葡萄酒を注いでくれた。次に自分の杯に葡萄酒を注ぎ、それに口を付けるのを確認してからオレは自分も杯を取って呟いた。
「それにしても、よくもまあ結婚を認めてくれたもんですね」
 数年前、街道際で瀕死の怪我を負って死にかけていたオレを拾って看病してくれた上、自分が娘と経営している食堂兼酒場である『琥珀(アンバー)』で雇ってくれた親父さんとその娘、エレンにオレは頭が上がらない立場なのだ。
「あいつが良いと言うんだから良いんだろう、おれが口出しする問題じゃない」
「でも、正体も分からない男が面倒を引っ張り込んでくるとは思わないんですか?」
「面倒なんぞ珍しくもないぞ」
 殆ど感情の動きを感じさせない口調で淡々と語る親父さんに、それでもオレは更に問い掛ける。
「…… 後悔、しませんか?」
 すると親父さんは珍しく、殆ど投げやりと取れるような表情になって乱暴に杯の中身を空けてから言い捨てた。
「後悔なんぞするのはもう飽きたし、理不尽が被さってくるのはおれの責任じゃない」
 そう言う星回りなんだよおれは。そんな風に言いながら再び杯に葡萄酒を注ぐ親父さん。
「だから、エレンを育ててくれたんですか?」
 なるべくさり気ない口調を装ったが、さすがに親父さんの表情が強張る。
「気付いていたか」
 オレが頷くと、親父さんは観念したように話しはじめる。

 親父さんは少しばかり特殊な体質の持ち主で、そのせいで一箇所に長い間留まることが出来ないのだそうだ。また、その特殊な体質のせいで色々な面倒を背負い込む事しばしばで、結果的に何度も家族として暮らしてきた愛する人を失ってきたのだと。
「そして厄介なことに最近は教会の連中もそういう血筋の人間を捜しているだろう。だから昔、関所を通る際に少しばかり面倒なことになりかけたんだ」
 エレンとは、その時出会ったと親父さんは続ける。
「どうやって正体を隠すかと悩んでいたときに、いきなりおれの服の裾にしがみついてくる小さな手があってな。見ると小さな女の子だったから『父ちゃんはどうした?』と聞いたんだ。
 そうしたらエレンは『父ちゃんココ!』と親父さんにしがみついて離れなくなったのだそうだ。慌てた親父さんが周囲に呼びかけても親らしい相手はいない、更にエレンと親父さんの髪や瞳の色が同じ色だったせいで『母親が居なくなったから途方に暮れてるのかもしれないが、実の父親だろうあんた、しっかりしなよ』と諭される始末。
「その時つい、子供連れなら役人の追究を誤魔化せると考えてしまったおれは、あいつを連れたまま関所を越え…… 、それからずっと一緒に暮らしてきたわけだ」
「なかなかに壮絶な経緯ですね」
 だからもう、縋り付いてきた子供だろうと瀕死の行き倒れだろうと、取りあえず面倒見ることに大した抵抗はないと話を締めくくった親父さんに、オレは何も言えなかった。
 本当ならオレは、何故オレが死にかけていたか、何から逃げていたのか、そして、これから何をしようとしているのかを親父さんに話すべきだったのかもしれない。だが、親父さんは特に興味も示さぬままにこう言った。
「お前が話したいなら、いずれ話してくれ」
「…… はい」

 そして結婚式当日、小さな店に溢れんばかりの人々が集まる中、酒と、親父さんが作った料理がふんだんに振る舞われる中、誰一人として普段の姿を想像できないほど美しい花嫁の姿が話題になった。
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