カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

お日さまの裏側

2011-11-10 20:08:03 | ホラー書きによる一週間のお題
はしゃぎながら歩いている幾人もの女子高生が、そのうちの一人を示し合わせて仲間外れにしようとメールを送り合う。

先輩に紙カップ入りコーヒーを買いに行かされた男子学生が、こっそりコーヒーに唾を吐きかける。

ベビーカートを押した笑顔の若奥さんが、家に戻って笑顔のまま赤ん坊を床に叩き付ける。

みんなみんな、お日さまの裏側での出来事。
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眠る猫、遊ぶ猫

2011-11-09 19:24:36 | ホラー書きによる一週間のお題
狭いアパートのベランダで家庭菜園を始めたら鉢と苗が収拾の付かないレベルで増殖してしまい、洗濯物すら碌に干せない状況に陥って困っていたら、先輩が自宅の使っていない裏庭を貸してくれると言った。
まずは整地だとばかりに喜び勇んで借り物の鍬を振るって土を耕していたら、何だか良く判らないモノを掘り出してしまったので、取りあえずじっくり観察してみたところ、どうやら土に還りかけた猫らしいと判った。

※ ※ ※

「先輩!庭を掘ったら猫が出てきたんですけど!」
「ああ、そう言えばウチの歴代猫、昔は結構あそこに亡骸埋めてたな、忘れてたわ」
「忘れてたわ、じゃないでしょうが!祟られたらどうしてくれるんですか!」
「ああ大丈夫、祟らん祟らん」
「断言出来る根拠を示してください」
「いちいち細かい奴だな、ちょっと待ってろ」

※ ※ ※

「待たせたな、取りあえずコレを見ろ」
「これって先輩の猫アルバムじゃないですか、いったい何冊あるんですか」
「コレは滅多には他人に見せない別巻だ、ほれ」
「…… 猫、写ってないですよね」
「何を言う、こんなに楽しそうじゃないか」
「煙にしか見えません、つーか心霊写真ですかコレ!」
「だから猫だと言っているだろう」
「何処が猫なんですか」
「うちの猫は死んでからも暫くの間、こうやって家の中をウロウロしている」
「いや、だから」
「だが、大抵は一月もしないうちに気配が消えて、そうすると新しい猫がやってくる」
「あのですね、先輩」
「どうやら猫の輪廻は人間よりサイクルが早いらしいな」
「もしもーし」
「そんなわけで、朽ちかけた身体に未練たらしく留まっているような猫は家にはいない、納得したか?」
「…… 掘り出した猫、庭の隅に埋め直してきます」

※ ※ ※

少し深めに掘った穴に猫を埋め戻した僕は、ふと思い立ってアパートに戻ると、以前先輩から貰った短めのお香とマッチを持って再び先輩宅の裏庭を訪れた。そのまま掘り出してしまった猫の眠りを妨げたことを詫びつつ、庭の隅で土に挿したお香に火を灯して手を合わせる。

どうか安らかに眠って祟ったりしないでください。

そのお香が猫専用のマタタビ入りだと先輩が教えてくれたのは、お香の匂いを嗅ぎつけた近所中の猫が安らかな眠りを余裕で妨げる音量で騒ぎ出してからだった。
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ひび割れた硬貨

2011-11-08 21:12:42 | ホラー書きによる一週間のお題
そろそろ貸したお金を返してくれとヤツは言ったが、たかが小銭だろうがとオレは相手にしなかった。

そうしたら、たかが小銭でも毎日ジュース一本分のお金を二週間も渡していたんだから大金だとか、ヤツが生意気に口答えしてきたので、オレは切れることにした。そのまま持っていた小銭入れの中身を地面にぶちまけ、さあ拾えと促す。

ヤツは少しの間ためらっていたが、やがて膝を付いて小銭を拾いはじめる。そしてオレが借りただけの金額を拾い終えると立ち上がろうとした。
直後にオレはヤツの身体に蹴りを入れて転ばし、それがお前から借りた小銭と同じものだと証拠があるのか?印でも付いているのかと難癖を付けてやった。正しいかどうかなんて関係ない、生意気に口答えなんかして、オレの機嫌を悪くさせたヤツが悪いのだ。

普段から頭の鈍いヤツも、これでオレが金を返す気がないのに気付いたのか珍しく反抗的な目付きになる。だからオレは更にヤツを蹴った、蹴りまくった。ヤツは悲鳴を上げて転がるように走り出し、道路の向こう側に逃れようと車道に飛び出して。
そこに大型のダンプカーが突っ込んできた。

運が悪かったな、そんなことを考えながら自分の小銭を拾い集めたオレは、奇妙なことに気付いた。拾った小銭全てに、触れただけでそうと判る傷が付いていたのだ。何だか気味が悪かったので、オレは家に帰る途中のコンビニで買い物をして、あるだけの小銭を全部使ってしまうことにする。これでこの話はおしまいになる、おしまいになるはずだった。

傷の付いた硬貨はそれから何度も、何度も、傷を深めながらオレの元に戻ってくる。この前はとうとう傷の断面で指を切った。幾人もの手を巡って鋭利な部分など存在しない筈の硬貨の傷で、何針も縫うほどに深い傷を。

観念したオレは、傷の付いた硬貨と再会する度にヤツの墓前に硬貨を返しに行くようになった。そして、何年もかけて全ての硬貨を奴に返したとき、まともな形で残っているオレの手の指は、たった三本だけになっていた。
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記念樹

2011-11-07 19:27:30 | ホラー書きによる一週間のお題
むかしむかし。
地獄の血の池で苦しむ罪人達を哀れに思った仏様が、池の血を高く高く吹き上げました。
天に届いた血は夕焼けとなって空を染め、地に広がった血は赤い花となって一面に咲き乱れました。
その花の名は血吐き、つまり椿の花です。

※ ※ ※

私が通うことになった小学校は、校章に椿の意匠を使っていた。
山を削って造られたばかりの敷地には、当然のように歴史のありそうな銀杏の大木や手入れの行き届いた桜並木など存在せず、それなら別の花木をと奇を衒ったのかもしれない。
それから六年後、学校が新設されたときには一年生だった私たちが卒業する際、記念樹を植えようという話になった。
椿の花を、北国では真冬の二月に、卒業する生徒達の手で。

反対がなかった訳ではないらしいが計画は実行に移され、私たちは寒空の下、硬く冷たい土を無理矢理に掘り起こした穴に苗木を植え付けることになった。あの時の身を切るような冷たい風と、手にしたシャベルから伝わってくる容赦のない手応えは今でもはっきりと覚えている。
自分たちの置かれた理不尽な立場に対して、何となくではあるが不快な感情を抑えきれない同級生たちはしきりと、桜の方が良かった、とか、椿って縁起が悪い花なんだって、とか、口々に不満を並べたてていた。

誰かも判らない大人達の思惑に、訳も判らぬまま従わされることしかできなかった子どもの頃。

それから更に月日は流れ、久しく故郷を離れていた私が数十年ぶりに帰省した際の気紛れから、母校だった小学校を訪ねた時。
私たちが植えたはずの椿の苗木は跡形もなく、そこには綺麗に花開いた桜の木が並んでいた。
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狭間と向こう側

2011-11-06 16:17:52 | ホラー書きによる一週間のお題
まだ泳げなかった頃、うっかり浮き輪を離して水の中に沈んだことがある。

その頃は普段なら水に顔を漬けると咽せ返って鼻の奥の辺りに嫌な痛みを感じてばかりいたのだが、驚いて呼吸を止めたせいか痛みを感じることもないまま、ただ頭上に広がる水面を見詰めていた。無慈悲と言えるほど確実に外の世界と水の中を明確に分け隔てながら、絶え間なく揺らめくのを止めない水面。

水面に蓋をされたような空間では、水に拒まれた空気の泡がごぽごぽと音を立てながら地上に逃れていく。地上に降り注いでいるはずの強い日差しも、此処では柔らかな光の帯となって煌めきながら世界を照らしている。

何もかもはじめて見る世界は、多分ほんの十数秒で唐突にその終わりを告げた。側にいた父が沈んだ僕に気付いて引き上げてくれたからだ。

それから暫くして、僕は水に顔をつけても平気になり、やがて泳げるようになった。そして、あの時に垣間見た世界を再び体感しようと何度も何度も水の中に潜ってみた。

けれど、世界を隔てるように広がる水面の上にある『向こう側』の世界、地上とは明らかに異なる光に包まれた世界を垣間見ることが出来たのは、今のところ、その一度きりだ。



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炎の傷痕

2011-11-05 11:06:45 | ホラー書きによる一週間のお題
双子の姉が死んだ。
私の目の前でガソリンを被り、自分の身体に火を付けた。

小さい頃は見分けが付かない程にそっくりだった私たちだが、やがて徐々に、そして確実に全てが変わっていき、いつの間にか全くの別人になっていた。

陰気で引き籠もり勝ちの姉、社交的で快活な妹。
成績の悪い姉、校外模試でも上位者の妹。
運動が苦手な姉、短距離走エースの妹。
何が悪かったのかなど判らない。けれど姉は学校に行かなくなり、自分の部屋からも出てこなくなった。

父も母も、そして私も手をこまねいていたつもりはない。何とか姉を立ち直らせようと努力を惜しまず、そして恐らくは更に姉を追い詰めた。

元々は一つだったのだから、また一つに還ろう。
そう言って炎に包まれた姉がしがみついてきた手を私は躊躇なく振り払い、姉は一人で燃え尽きていった。

どうして、別々ではいけなかったのだろう。
一つだったものが二つに分かれたのは、それなりの意味があったのだろうに。
二つに分かれてそれぞれに育ちはじめた以上、その切断面が再び完全に重なり合うことなど決してないのに。

私の左腕には、炎にに包まれた姉が最期に掴んできた時の痕が残った。
その傷痕だけが、一緒に生まれて一緒に育った双子の姉がこの世界に遺した、ただ一つの刻印。


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空には偽物のお月さま

2011-11-04 23:17:30 | ホラー書きによる一週間のお題
空には偽物のお月さま。

だから僕は、外した仮面を偽物の地面に叩き付けてから右手に持った偽物のナイフを振り下ろし、偽物の奴らを思う存分に切り刻もう。
阿呆のように空いた奴らの口元から悲鳴が迸ろうと構うことはない。奴らはいつだって僕の哀願を嘲笑い、奴らのしたいようにしてきた。だから今度は僕の番だ。

奴らの肉体にずぶずぶと沈み込んだ刃は殆ど抵抗なく肉と骨を断ち切っていく。あまりに簡単すぎる気がしないでもないが、カッターで消しゴムを刻んだことしかない僕には、これが精一杯なのだろう。血も滲む程度にしか流れ出していないが、僕だって血の海なんか見たくない。

バラバラになっても何事かを喚き続ける奴らを僕は躊躇なく踏みにじってから、首だけになった奴らの一人を選んで髪の毛を掴んで持ち上げる。もう口答えしても殴られないのだからと喚き声も無視して、今まで散々言われてきたことを言い返してみる。

汚いゴミクズ、邪魔なだけの役立たず、何で生きてる、死ねよ、さあさあさあ。

首だけになった奴らの表情がぐしゃぐしゃに歪む。傷付いたのか、僕に向かって同じ事を言っていた時は笑ったくせに。

面白半分で笑いながら僕に死ねと言い続けた奴らが、首だけになって死ぬことも出来ないまま僕に許しを請う。もちろん僕は許さないまま笑ってみせる。偽物のお月さまの守護の元、短い偽物の夜を味わうために。

やがて夜は明け、本物のお日さまの光に晒された偽物のお月さまは跡形もなく消え去る。
そして本物のお日様が照らす本物の世界では、奴らは誰も死なないまま僕を刻み続けるのだ。


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