カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

無茶しやがって

2010-01-08 06:01:53 | 危機的状況を切り抜ける30の方法

「…… まあ、昔の話はともかく、拙者が訊きたいのは、神殿で不祥事を起こした人間でも、場合によっては復学を許されるのかということなのだが」
「それは状況によりますね。許される場合もありますが、許されない場合もあります」
 ザロンが本当は何が言いたいのかを充分に承知しながら、それでもハリーはそんな風に答えることしか出来なかった。
「そうだな 、詮無いことを訊いてしまった。忘れてくれ」
 項垂れるザロンに、ハリーは決心したように一つ頷いてから、常に身に付けている革製の手甲を外して左手の甲を晒してみせる。月明かりに淡く浮かび上がる神殿の紋章。
「貴殿の相棒殿が、未だこの紋章を失っていないのなら、或いは希望があるかも知れません」
 神殿で学んだ何よりの証、精霊界との契約印。滅多なことでは他人の目に晒されることのない紋章に目を見張るザロン。
「気を遣わせてしまったようだな、済まない」
 ザロンの言葉に、ハリーは手甲をはめ直してから首を横に振って見せる。
「いいえ、貴殿が自分の相棒殿に出来るだけのことをしたかったように、私も貴殿の質問に出来るだけ答えたかった。それだけです」
「奴の為ではない」
 今度はザロンが首を横に振り、呟くように言葉を続けた。
「拙者には拙者の過去や思惑があって、それ故、奴に惨めな死に方をして欲しくないだけだ。それだけのことに過ぎん」
 自分の父親と大して歳の変わらぬ男が浮かべる苦い笑みに、ハリーはどう答えればいいのか判らなくなる、その時。
「いやー良い話じゃないか」
 ハリーが連れてきた獣の両前肢を手に取り、ぺんぺんと拍手をさせながら言ったのはアルベルトだった。派手な動作で身構えるザロンに対して、ハリーは脱力しきった口調で言った。
「とりあえず、フェルから手を離してください」
 すっかりアルベルトを上位者と認定したらしく、弄り回されながらも鼻を鳴らして甘える獣に冷たい視線を向けるハリー。
「フェルって言うのかこいつ、可愛いな」
「指の二、三本を食い千切られても、まだそんなことを仰る自信がありますか?」
 主人の視線に身を竦め、気を取り直したように唸りはじめる獣の態度に慌てて身を引くアルベルト。
「それで、何か御用ですか?」
「いや、ハリーが悪い男に騙されたらいけないなと思って。まあそれは取り越し苦労だったようだが」
 久し振りだな隻眼将軍、そんなアルベルトの言葉にザロンの雰囲気が一変する。
「…… 拙者を、その名で呼ぶな」
 霜の降りたような口調に思わず身震いするハリー、だがアルベルトの方は、よほど面の皮が厚いのか平然としたまま答えた。
「嫌だな将軍、おれとお前の仲じゃないか」
「やはり、あの時に殺しておくべきだった」
 どうやら本気で剣の柄に手をかけるザロン、しかしアルベルトは平然としたまま優雅にハリーの手を取ると、もう片方の手を翻してザロンの顔に何かの包みを投げ付ける。そのまま視界を潰されて呻きながら顔を覆うザロンを残して駆け出す。腕を掴まれたまま訳も判らず一緒に走るハリーは、不意に暗がりから現れて二人に、特にハリーに向かって手を伸ばしてくる人影を容赦なく打ち倒すアルベルトの姿に愕然とするしかなかった。
「…… ここまで来れば、大丈夫か」
 やがて足を止め、心なしか真剣な表情と口調でハリーと向き合うアルベルト。
「お前がザロンを信じたのは間違っていない。あいつはそう言う男だ。だがな、だからと言って奴の背後にいる連中まで信用できるかと言えば、そうじゃない」
 王都の貴族に、特に王族に関わる以上、それを決して忘れるな。アルベルトの言葉に思わず質問を投げかけようとしたハリーは、眼前の男、かつては王室騎士団長を勤めていた男の、普段は決して伺うことの出来ない厳しい眼差しに射すくめられて言葉を止める。
「まあ取りあえず、今日は部屋に戻って休め。殿下が心配なさるから、明日は普段通りに振る舞って余計なことは言わんでくれよ」
 じゃあなフェル、また今度遊ぼうぜ。などと最後には普段通りの口調に戻って歩み去っていくアルベルトの背中を呆然と見送りながら、ハリーは主人を案じるように鼻を鳴らして擦り寄ってきた獣の首を抱きしめながら我知らず呟いていた。
「フェル、どうやら今の私には知らないことが多すぎるようだ」
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お前に背を預けるぞ

2010-01-07 18:12:48 | 危機的状況を切り抜ける30の方法

夜になってからハリーが約束の場所に赴くと、既に大男は城壁に背を預ける格好で待っていた。
「来てくれたか」
 顔を上げるザロン。ハリーは自分の傍らに立つ獣がザロンに対して警戒の意を示さないのを確認してから挨拶する。
「先ほど助けていただいた礼が遅れました、有難うございます」
 そう言ってから、殆ど子犬にしか見えない獣の頭を撫でてやるハリー。甘えた声で鳴きながらハリーの脚に頭を擦り付ける獣の姿に対して、ザロンは不審気に眉をひそめて訊ねる。
「拙者の目には、”これ”がお主とはじめて見(まみ)えた際に遭遇した獣と同じものに見えるのだが」
 それにしては大きさが…… などと続くザロンの言葉に答えず、さっそく本題に入るハリー。
「ギリアムという貴殿の相棒ですが、拘召(こうしょう)の呪言を使いこなせると言うことは、神殿で学んだことのある能力者ですね」
「そうらしい」
「らしい、とは?」
 するとザロンは、いきなりハリーから視線を外し、星空を仰ぎ見ながら言葉を続ける。
「はっきり言ってしまうと、拙者は奴が昔、どう言った暮らしをしていたのかを良くは知らないのだ」
「そうですね。あの男に関しては、元はそれなりの家柄で、神殿で何らかの問題を起こして放逐される前に逃げ出した。それ位しか判りません」
 多分にはったりを交えた言葉だったが、そのまま難しげに眉をひそめてしまったザロンの態度から察するに、あながち的外れではないらしいと判断するハリー。
「拙者が奴と出会ったのは、ずいぶんと昔のことだ。薄汚れた格好で道端に踞っていてな、はじめは行き倒れか、さもなくば物乞いと勘違いした」
 見かねたザロンが手持ちの食糧を少し分けてやろうとすると、ギリアムは光を失っていない瞳で睨み付けて来るなり『施しは受けん!』と叫び、次の瞬間、盛大に腹の音を響かせる。
 決まり悪げに赤面しながら顔を伏せたギリアムに、ザロンは無言で再び食糧を差し出してみせた。流石に今度は我慢しきれなかったのか、引ったくるように受け取るなりがつがつと食べはじめる。
 さりげなくザロンが手渡した革袋に入った水を悠々と飲み干し口を拭ってから、ギリアムは思い出したように自分の服の袷に手を突っ込んで何かを取り出し、ザロンに放った。
「礼だ、受け取れ」
 見ると、それは宝石を嵌め込んだブローチだった。細工の繊細さといい、使われている宝石の質といい、かなり名のある貴族の紋章だろうと見当を付けるザロン。
「これを売れば、暫くの間は安楽な暮らしが出来るのではないのか?」
 当然の問いかけだっただろう、しかしギリアムの答えはにべもなかった。
「金が尽きたら、どうなる?」
 言葉を失うザロンに、ギリアムは先ほどと同じように強い光を宿した瞳を向けながら言った。
「遅かれ速かれ野垂れ死ぬなら、たとえ気紛れでも情けをかけてくれた貴様にそれを託した方が良い」
 どうやら本気でそう思っているらしいギリアムに、ザロンは一つ大きな溜息をついてから答える。
「今の拙者の手持ちでは、この紋章に足りるだけのものをお主に渡すには足りない」
 だから拙者が借りを返せるまで、お主と行動を共にしよう。そんなザロンの言葉にギリアムは目を見張り、やがて酷くふてぶてしい表情になってから言った。
「判った、そうしてやろう」
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壁際に追い詰められる

2010-01-04 22:40:18 | 危機的状況を切り抜ける30の方法
 ある程度は覚悟していたが、ハリーにとって第三王子殿下の護衛という任務は色々な意味で容易なものではなかった。まあ、当の本人が普段からドレス姿であることには不本意ながらすぐに慣れたが、他の王室騎士隊員、特にハリーと大して歳の変わらない連中からの風当たりはかなり強く、うんざりするような嫌がらせを何度も仕掛けてきた。
 気持ちは分からなくもない、王室騎士隊員ともなれば名門貴族の子弟がたくさん在籍していたし、そんな子弟達にとってローランドの姫など、いくら格式は高くても実質的な権力や財力など、下手をすれば裕福な地方領主にも劣る存在でしかない。そんな時代に取り残された田舎者が、こともあろうに自分たちを差し置いて第三王子殿下の護衛に任命されたのだと連中が考えれば、好意的でいられる方がおかしいだろう。
 とは言うものの、第三王子殿下であるはずのマティアスは何故か王室の公的行事に一切関わらず、公務らしきものも特にないまま、王宮図書館の一室に閉じこもって日がな一日古い本をめくっているか、さもなくばハリーを伴って王都に出るかのどちらかだったので、実際は護衛に付かされたとしても栄達など縁のない閑職でしかなかったのだが、どうにも隣の芝生は青く見えるらものしい。
そんなある日、いつものように殿下のお供として王都に出たハリーは、途中で合流してきたアルベルトに半ば無理矢理『休暇』だといって単独行動を命じられた。王都に来てから気の張り通しだったハリーを休ませようとしている意図は充分に感じたので、どうせまた男二人で、自分のように若い娘を連れて行くのは憚られるようないかがわしい場所に行くつもりだろうと何となく予想しながらも、有り難く命令に従うことにした。
 特にこれといった目的もなかったが、ローランドのような辺境で暮らしていては決して目にすることもない、沢山の人と物とが行き交う王都の繁華街の賑わいを肌で感じながら歩いていると、さすがに心が浮き立つのを感じる。
 そろそろ何処かで食事を摂ろうか。そんなことを考えて足を止めかけたハリーは、自分が数人の男たちに尾けられているのに気付いた。さりげなく裏道に進むと結構な速さで後を追ってくる。あまり尾行は得意ではないようだったが人数が人数だし、何より相手が相手だったので、一度は話し合いをしなくてはならないと覚悟を決めたハリーは、そのまま王都の周囲を囲む城壁近くまで走った。
「それで、私に何の御用ですか?」
 もはや姿を隠そうともしないまま追いかけてきた王室騎士隊の制服を着た数人の男たちに取り囲まれたハリーが呼吸一つ乱さぬまま訊ねると、男の一人がいきなり叫んだ。
「生意気なんだよ、お前!」
 ハリーと違って激しく息を乱しながら、それでも勢いに任せて田舎者とか女のくせにとか貧乏人とか言いたい放題を喚き散らす男たち。
 さてどのような対応をすれば後々の禍根をなるべく残さずに済むか、などとハリーが真剣に考えはじめた頃。
「男が集団で若い娘を責め立てるとは、恥というものはないのか?」
 いきなり降って湧いたような人影から、そんな声がかけられた。ハリーが眉をひそめる間もなく色めき立った男たちが”貴様には関係ないだろう!”と怒鳴りかけ……、自分たちより優に頭二つ分は大きい人影の巨大さに息を呑む。
 大剣を背負い、深く被った帽子と鼻の下まで隠したフードで殆ど顔が見えないその男は、まるで巌のような、感情というものを感じさせない口調で言い放つ。
「もしも恥がないというのなら、そのような卑怯者に剣を帯びる資格はないぞ」
 剣の柄に手をかけることもないまま、しかし躊躇いのない足取りで近付いてくる男の姿に気圧され、捨て台詞を残す余裕もないままに逃げ散る男たち。後に残されたハリーは、もしも相手が本気になったら絶対に勝てないと覚悟しながら男と向かい合う。
「…… 助けて頂いたことになるのでしょうか、ザロン殿」
「ほう、覚えていてくれたのか」
 ほんの少しだけ男の口調に感情が滲んだことに安心しながら、ハリーはあくまで平静を装いつつ言葉を続けた。
「今日は、あの賑やかな相棒殿と一緒ではないのですね」
「拙者とて、常に奴と行動を共にしている訳ではない」
 そこでザロンはようやくハリーの動揺に気付いたらしく、微笑みのようなものをその表情に湛える。その時はじめて、ハリーはザロンの右眼が眼帯で覆われていることに気付いた。
「そう身構えるな。先ほどの遭遇は偶然だし、例の仕事を請け負ったのはあくまで奴だ」
 ここでお主に手出しをする気はない、それは誓おう。ザロンの言葉に頷いたハリーは、思い切って更に質問を重ねる。
「それで、私に何か訊きたいことでもあるのですか?」
 ハリーの勘の良さに驚いたらしいザロンが一瞬だけ言葉を失っていると、聞きようによっては極めて呑気な声がハリーの名を呼んで近付いてきた。
「おーいハリー、そんなところで何やってるんだ?」
 相変わらずドレス姿の殿下を伴い、逢い引きか?などと余計な一言を付け加えるのを決して忘れないアルベルトの姿に気付いたザロンは、何故か極めて表情を険しくながらハリーに何事かを囁きかけると、返事も待たずにその巨体からは想像も付かない素早さで駆け去って行った。
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ダメージを受け膝をつく

2010-01-02 19:17:17 | 危機的状況を切り抜ける30の方法

 隊長が自分に向かって何か囁きかけてくるのは判ったが、何を言っているのかまでは理解できない。そんな状態で、ハリーは眼前のテーブルで繰り広げられるカード賭博を呆然と見詰めていた。
 勝負はどうやら小太りの旦那が圧され気味らしく、男は奇妙に人懐こい笑みを浮かべながら、たまに傍らの娘が展開した札を覗き込んで何枚かを追加するのを好きにさせる。
「おれの手が剣の騎士と棍棒の3、それに聖杯の5、アンタの手が剣の8と聖杯の2、それに棍棒の4…… 、こちらの勝ちだ」
 それじゃ悪いなと言いつつテーブルに載った銀貨を自分の方に引き寄せる男。
「もう一勝負だ!」
「おれは良いけどよ、アンタもう賭ける金なんか無いんじゃないのか?」
「これを賭ける!」
 殆ど叩き付けるような勢いで旦那が投げて寄越した宝石付きのマント留めを拾い上げると、男は何やら不安そうに自分を見詰めてくる娘に軽く頷いて見せてから答える。
「一回だけなら、受けて立つぜ」
 テーブルに音を立てて銀貨が積み上げられてから、再び手慣れた動きでカードが配られる。男のカードは剣の9に伏せカード、旦那のカードは金貨の6と8で、勝負に出るには弱い数字だった。
「もう一枚」
 男は言われたとおりにカードを一枚テーブルに広げ、途端に旦那の表情が緩む。カードは棍棒の6だった。男は肩を竦めながら自分の伏せカードをめくってみせる。現れたのは剣の女王、どうやら男のツキもここまでだと確信する野次馬連中。ところが。
「それじゃ、おれももう一枚」
 全く臆することもなく言い放つなり、男は更にカードを一枚テーブルに放つ。途端にどよめく一同、現れたのは剣の2、男の勝ちだ。
「さて、これで終わりの約束だったな」
 ごく無造作に銀貨を革袋に詰めはじめた男に、往生際悪く絡んでくる旦那。
「あのマント留めは金貨10枚の価値があるんだぞ!」
「でもあの石、偽物だぜ。細工もちゃちだし、質に入れても銀貨3枚が良いところだ」
 実にあっさりと実も蓋もないことを言い放ちながら娘と共に席を立った男は、ここでようやく自分たち二人を見詰める冷たい視線に気付いたようだった。
「何だコリン、いたのかお前」
「相変わらずお元気そうで何よりです、アルベルト隊長」
 いやおれもう隊長じゃないしと答える男に、コリンと呼ばれた隊長は冷徹な口調で、完璧な引き継ぎはまだ終わっていませんと切り捨てる。

 ということは…… つまり。
 父上、母上、兄上、それにウィル、どうかハリーに現実を認める強さを与えてください。

 家族の顔を一人一人思い出しながら殆ど天を仰ぐようにして祈りかけたハリーは、次の瞬間反射的に自分の剣を柄ごと抜いて、男が連れていた娘に背後から掴みかかろうとした旦那の腹に突き込んでいた。
「ほう、良い判断力だ」
 顔色を変えたのはコリンと呼ばれた隊長で、アルベルトと呼ばれた男はごく無造作に白目を剥いて倒れた旦那を踏み付けつつ、笑顔でハリーに向き直る。
「察するにアンタがローランドからの護衛か、随分と頼りがいのある嬢ちゃんが来たものだな」
「…… ハリエッタ・フォン・ローランドです。ハリーとお呼び下さい」
「判った、宜しくなハリー」
 屈託のない男の態度に一瞬だけ和みつつ、これからのことを考えれば決して避けては通れそうにない事実を確認しようと口を開きかけるハリー。その時。
「早速助けられてしまったね、ハリー」
 ドレス姿の娘が、その優雅な容姿にはやや似つかわしくない低めの声で話しかけてきた。どう答えればよいのか判らぬままハリーが言葉を探していると、柔らかく微笑みながらこう続ける。
「わたしの名前はマティアス、普段はマティと呼んでくれて構わないよ」

 これから宜しくと挨拶してきたフランク王国第三王子殿下に対して、その時の自分がどのような受け答えを行ったのか、ハリーは良く覚えていない。
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鈍器で後頭部を一撃

2010-01-01 23:32:33 | 危機的状況を切り抜ける30の方法

 誠に申し上げ難いことだが、第三王子殿下の御歳は君よりも上だ。
 隊長の言葉と曖昧な表情に極めて不穏なものを感じつつ、ハリーは覚悟を決めて問いかけることにした。
「何か問題でも、ございますか?」
[ああ…… 問題といえば問題だな、確かに問題だ」
 ハリーに向かってと言うよりは、己自身が常日頃から向かい合っている現実に対して愚痴をこぼすように呟く隊長。その姿の痛々しさにそれ以上の質問を投げかけられないでいると、流石に職務を放棄するわけにはいかないと思い直したのか顔を上げ、椅子から立ち上がる。
「とりあえず、殿下とお会いすれば君にも大体の事情が掴めるだろう。行こうか」
 そんな隊長の言動に色々と引っかかるものを感じながらも、素直に頷くハリー。
 王宮を離れて王都へ、更に繁華街を抜けていかがわしい印象の拭えない裏町へ。隊長に他意がないのは判っているが、まだ十七才のハリーは何となく身構えてしまう。
 やがて隊長は一軒の店の前で立ち止まった。『黄金の葡萄亭』という仰々しい看板を掲げた、どうやら旅籠と食堂、それに酒場を兼ねているらしいその店は、昼日中だというのに外の通りにまで店内の嬌声を響かせている。
「このような場所に、殿下がいらっしゃるのですか?」
 ハリーの言葉に、隊長はやや疲れたような表情で頷いた。
「君もはじめは少し驚くかも知れないが…… 、まあ、殿下は決して悪い方ではない」
 だから一刻も速く現状に馴染んで殿下をお守りしてくれ。そんな隊長の言葉に、ハリーが抱いていた違和感はますます膨れ上がる。はじめにローランドの王族として現れた自分を”貴方”と呼び、正式な部下として働くようになってからは”君”と呼ぶようになった程、言葉に気を遣う隊長が、どうして第三殿下に対しての敬称に関してはぞんざいなのか。
 しかし流石に面と向かってそのようなことを質問するわけにもいかぬまま、隊長の促すまま店に足を踏み入れるハリー。
 さして広くない店内は結構な人で溢れ返っている。野次馬じみた連中が注目しているのは、どうやら奥のテーブルで行われているカード賭博の成り行きらしかった。
 いかにも金持ちの旦那らしい太った男と差し向かいに座り、余裕に満ちた動作でカードを展開しているのは不思議な雰囲気の男だった。顔付きや動作から察するに隊長より年嵩のようだが、その眼が子どものように悪戯っぽく輝いているせいもあって正確な年齢を推察するのは難しい。傍らにはハリーと同い年か、やや年上くらいに見えるドレス姿の娘を座らせているが、奇妙に品を感じさせる娘が一体何者であるかなど、当然ながらハリーには想像もつかない。
「隊長…… 、まさかとは思いますが」
 最後の希望を含んだハリーの質問を、隊長は質問ごと打ち砕く。
「そのまさかだ」
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