カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

パペットマスターの最期

2013-12-31 04:04:48 | 即興小説トレーニング
 口元を抑えながら喉の奥から這い上がってきたものを吐き出すと、掌が泡の混じった鮮血で染まった。酷く肺をやられたらしく、どう足掻いても長くは保ちそうにないが動揺はない。
 今の彼がただ思うのは、これからただ一人で生きていかなければならない最愛の息子の過去と、そして未来についてだった。

 生まれると同時に母を失い、自身も成人するまで生きられない程に虚弱な肉体しか持たなかった息子は、医療施設の一室で外気に当たることも太陽光を直に浴びることも無いまま、ただ静かに外界について記された本を読みながら己の肉体が力尽き、この世から解き放たれる時を待っていた。直に触れあうことも出来ない面会日には、思い通りに動かない身体に対する苛立ちや常に付きまとう倦怠感などは全く語らず、彼に向かって嬉しそうに読んだ本の内容を語って聞かせる優しい子だった。故に彼は幾度も神に祈り、やがて神が彼の息子の命を救ってはくれないのだと悟ると同時に神を憎み、その存在から背を向けた。
 この世界で知られる限りの医学だけでなく魔道や錬金術と呼ばれる禁断の呪法まで知識を広げ、非人道的との誹りを免れ得ない実験を幾度も繰り返しながら、徐々に狂気の深淵へと嵌り込んでいった彼は、やがて、この地上には息子を人間として生かしてやる方法が存在しないと認識した時点で完璧に狂った。

 例え父親である彼がいなくなってとしても、一人で生きていける力を。
 病み果てることも、老いることも、朽ちることもなく。
 明晰な頭脳と強靱な力を持ち合わせた人形の完成を。

 結果として彼は幾多の実験体から搾り取った血と臓物と生命そのものから、本来なら人類の英知の結晶と呼ばれるべき石を錬成することに成功して、同時に息子の肉体を造り替えた。
 当初は驚きながらも父親の技術に感嘆して一刻も早く『新しい身体』に馴染もうとした息子だったが、やがて己の肉体がどれだけの犠牲の果てに紡ぎ出されたのかを知って酷い衝撃を受け、ふさぎ込むことが多くなった。
 それと殆ど同時期に、息子の聞きつけた噂が真実であると知った神の信徒を名乗る教団が、教団の教理と神の定めた摂理に反する存在を抹殺せんと動き出したが、彼はそれを放置した。息子が甦った以上、彼は既に新しい研究に対する意欲も、彼が働く医療施設の存続にも興味を失って久しかった。むしろ、それは彼の息子を新たな実験体として不毛な研究を繰り広げる事を意味し、これから息子が自由に生きていくための障害にしかならないと判断したのだ。彼はただ待ち、やがてその日が訪れた。

 真実を知らされた息子は、ただの一度も見せたことない憎悪の表情を向けながら、彼の身体を容赦なく壁に叩き付けながら叫んだ。
「何故…… 何故私を死なせてくれなかった!何故化け者にしてまで生かそうとした!」
 最愛の息子の問い掛けに、彼はただ口元を歪めることしかできない。

 お前を愛していた。だから死んで欲しくなかった、生きていて欲しかった。

 そう言えたらどれ程にお互いの心が安らかになっただろうと思いつつも、彼は決して口には出せなかった。それが嘘であることを、彼は充分すぎるほど知っていた。
 憎かったのだ。
 妻を奪い、また彼を残して死んでしまう息子が。
 世界の醜さを知らぬまま、汚れることもなく美しいまま消えていける筈だった息子が。

 だから、与えてやりたかった。
 酷暑を、厳寒を、突風を、憎悪を、悲哀を、喪失を、流転を、孤独を。
 苦痛と、苦味と、辛苦を、刻みつけてやりたかった。

 そして、その果てにこそ、彼の息子は知るだろう。
 世界の神聖さと、その真の美しさを。
 春の日溜まりの暖かさと、秋の実りの豊かさと、友愛の素晴らしさを。
 
 やがて誰かと出会い、ただ一人で死んでいくだけの身では味わうことの決して出来なかった苦しみと楽しみを知ったとき、彼の息子の手は何を掴み取るのだろう。そして、掴み取ったものを失うまいと苦しんだ息子は、やはり彼と同じ過ちを繰り返すのだろうか。
 彼が息子に掛けた最後の呪いである、『彼と同じ人形を造り出す呪いの結晶』を、彼の息子は愛する者に対して使おうとするのだろうか。

 その答えを知る術のないことを半ば残念に、残り半ばで安堵しながら、彼は這いずるように操作盤の前まで進むと操作を始める。ここからは聞こえないが現在の施設内は突入してきた僧兵達の破壊と殺戮の只中にあるはずだった。

 殺すがいい、破壊するがいい、ただし私の息子以外を。
 何なら私も手伝おう。

 再び口元を歪めながら、彼は操作盤の入力を終えると最後にスイッチを入れた。途端に鳴り響く警報と施設破壊の告知。僧兵たちはさぞ驚いただろうが、既に出入り口は封鎖してある。

 やがて閃光と轟音の只中に崩壊していく医療施設の中枢にただ一人残った男が最後に何を呟いたのか、知る者は誰もなかった。
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