朝になるまで

「四つ葉」「血清」「夜は短し」がテーマ

　彼は周囲にどれほど危険だと諭されようと、彼女の病を癒やすには月の見えない夜にしか見付けられない四つ葉の薬草が必要なのだと言いながら夜の森を一人で彷徨う。そして、時折街で彼と出くわした相手は彼女がどれ程に美しく繊細か熱を帯びた口調で語られる。
　だが、病が癒えたら彼と結婚するのだという彼女の姿を、実は誰も見た事がないのだ。

玉座に侍る猫

「天使」「水」「癖」がテーマ

　見た目は優美だが態度が巨大極まりないので思わずメタロトンと名付けたアイツは、猫の分際で水浴が大好きで、まず始めに水の具合を確かめるように前足を片方水面に浸してから泳ぎ出す姿はとても猫とは思えなかった。やがて歳月は過ぎてアイツがいなくなり、俺も嫁を貰って子供が出来たが、息子は水浴が大好きで必ず片方の掌を水面に浸してから水に入る。

取引

「黄」「噛み癖」「甘党」がテーマ

　ヤツは卵をたっぷり使ったケーキがお気に入りなので、毎年この時期になると『食わせろ』と家にやって来る。俺はケーキをテーブルに置いてからはずっと納屋に隠れているので奴がどんな風に食事をするのか見た事は無いが、翌朝にはケーキの消えた皿に奴が置いていった血石が数粒乗せられてているのだ。山で遭った俺を食おうとした奴と、俺の持っていたケーキが気に入った奴との、これは正当な取引だ。

月見て跳ねる

「月」「悪趣味」「猫も杓子も」がテーマ

　俺の生まれた国では丸い月を見ながら丸い物を喰らうのが秋の年中行事だと教えたら、同僚はクッキー、後輩はブドウ、そして上司一家は肉団子スープを肴に月を見上げてみたらしいが、食が進む以外は特にどうという感慨も抱かなかったそうだ。これは月に対する東西文化の認識違いか、単に俺の説明が悪かったのか、悩むところではある。

贄の少女

「蛾」「ケーキ」「愛らしい」がテーマ

　このケーキはいつも美味しいねと微笑む彼女はとても愛らしく、それ故に僕は力なく微笑むしかない。ケーキには通常の人間なら即死しかねない猛毒が混入され、彼女の体は長年をかけて慣らされた毒が全身を巡っている。要人暗殺に彼女のような少女を使う話はたまに聞くが、相手が人間であるだけましだと思う。彼女は長年掛けて『味付け』され、毒を含んだ人間を好んで喰らう化け物の餌にされるのだ。

OH!マイダーリン

「青」「悪趣味」「災い転じて」がテーマ


　村の皆が万聖節の仮装用に黒や紫やカボチャ色の衣装製作に余念の無いこの時期、彼女だけは悪趣味な程に輝く青いパーティードレスを仕立てていた。彼女の愛する亡き夫は青いドレスが好きだったので、もし彼が現世に現れたらすぐに判るように、そして例え死者の世界であろうと彼の住む世界で共に暮らそうとの思いからだったが、彼女に気付いた夫は元々蒼白い顔から更に僅かな色さえ失い、即座に姿を消した。

紫煙の向こう側で

「煙草」「マシュマロ」「癖」がテーマ

　今じゃもう煙くらいしか操れないんだと笑う彼は、子供にせがまれるままに咥えた煙草から漂う煙の形を変えてみせる。マシュマロのように丸まった塊が次々と象やキリンに姿を変え、最後には天馬となって飛び去っていく姿を歓声を上げながら夢中で眺める子供達は、彼がかつての戦争で常勝将軍と呼ばれていた英雄だと言うことを知らない。

崇拝と、失墜と

「首筋」「前髪」「猫かぶり」がテーマ


　彼女は長い髪を掻き上げてその白い首筋を晒し、僕に向かって微笑みながら一言「お預け」と言い放つ。そして僕は灼け付くような飢餓感を押さえ込みながら彼女の前に跪く。人間の女性をありのままに愛し、その美しさだけでなく儚さも、醜さすらあるがままに保とうと決意した哀れな吸血鬼の姿がこれだ。

彼と怪物の伝説

「恋しい」「落し物」「猫かぶり」がテーマ

　ダンジョンで遭遇した人間の彼に恋した怪物は、小さな猫に化けて彼に拾われ、一緒に暮らすことになった。怪物は猫の姿のまま大きくなり続け、やがて獅子と変わりない大きさになった辺りで街では飼えなくなった。だから彼は怪物と共に旅に出て、今でも一緒に旅を続けている。そんな伝説が昔からこの街にはあった。

外野の感想

「制服」「扇風機」「シュレディンガーの猫」がテーマ

　儀礼服は着用したら痛まないように服地に並んだ金ボタンを外してからクリーニングしなければならない。独り者には辛いこのボタン付け外しを邪眼の君が、しかも隊長服で行っていたのを同僚が目撃したのが噂の始まりだったが、もし二人に子供が生まれたら目の色が何色になるのかは既に賭けの対象になっていて、それに対して気が早いと突っ込みを入れる隊員は一人もいない。