南区別所だいすき 浦和

このブログは、さいたま市南区別所の「青い稲妻」の研究レポートサイトです。
別所研究と見聞録の編集所です。

自治会総務部の呼びかけで「停電巡回」の打ち合わせがありました。

2011-03-31 22:36:57 | 別所見聞録
ゲリラ停電の趣がありますが
さっそく自治会が反応しました。 



第3自治会は「2グループ・4グループ」に該当します。
2~3人一組で5セットが組みあがりました。



真っ暗闇の歩き方に始まって、信号も消えて自動車に対する心得や灯火を持たない歩行者との関わりなど
予想される不慮の事態に対しての対応。まさかともいえない「御用提灯と呼子」の用意などが検討された。





際立っていたのは「まさか」の前置きが使われないことだった。
どんなこともあり得るが了解済み事項なのだ。



ぼくは、昨年の10月27日に浦和駅東口パルコ内のコミニティーセンターでの防災ボランティア講座を
受講して(8時間)非常時の市民の行動のイロハをおよそ理解することができた。
そのさいの最大重要ポイントは言葉を待つまでもなく「自助」ということだが、さらに重要なのは
自治会はどうすのかという「自助する自治会」ではないだろうか、つまり頼れる自治会であることが
被害をより少なくできる「装置」になるはづなのだ。    歴史の例をひいてみれば
古典的名作「稲むらの火」の教えは確信中の確信であって他は無いと断言できるのです。

この装置の一部がこれより実行される「停電巡回」なのです。
名付けて「別所 カラス組」といっては、冗談が過ぎると叱られそうそうですね。


加藤さんは 野方・鹿手も含める地域をおねがいします。




真一さんは「防災士」の認定をつい3週ほど前にうけました。
だから責任感とやる気と緊張は相当なものです。


およそ2時間 はからずも「自治会防災会議」が久々に現実感と真剣味を伴ってすすめられた意義大きい一日でした。



ところで、上記のようにその志を真に壮とするとして、当自治会の防災よう資材・医薬品などは
どうなっているのか?まさか巡回するための、乾電池の備えが手薄というようなことは・・・はたして。
それを日ごろからチェックしておくのも、コーディネイターの役目のようですね。


僕の家にはほんのすこしですが余裕があります。

2011-03-29 22:13:11 | 別所見聞録
すくなくともお茶ぐらいはあります。
世界レベルでは一日100円で暮らす人たちがおよそ9億人いるそうです。
僕の家はおそらく20億番めあたりかもしれません。

夫婦二人の生活です。
ふたりとも話し好きです。(ただ、家内が少し病気がちですが)
布団は2セットあります。
おおよそ10年の期間をとりあえず予定しています。欠点といえば
家内も僕もお酒が飲めません。
食事一切はぼくがつくります。(主夫業3年目)かぼちゃスープはけっこうおいしいです。
ベーゴマ・ぽんぽん蒸気船・絵本つくり・などなどの準備はできております。



住まいは
さいたま市 南区別所3-18-22
電話 048-861-0244(F同)
携帯 080・6762・1943

Eメール ad1579@jcom.home.ne.jp

gooブログ 「南区別所大好き 浦和」  青い稲妻



「ショートステー可能」と書いて・近々与野の赤十字に登録に行きます。

◎ このさいだから:パソコンをやりたい・やってみたい しりたい・さわりたい
          老若男女 だれでもいいよ、きてください。




一旦外に出たら、雨だった。またあいつの処に行ってみよう。

2011-03-28 21:21:19 | 別所見聞録
かなりの冷たい雨だった。



このオオトカゲをなんと名づけようか・・「アリーナドラゴン」とでもつけようか?

薄暮の雨もお似合いだった。

ぐるっと一回り話しかけながら隅づみを眺めまわした。












現代作品のいいところ、有難いところって、きょうの日のこんなに多くの事を感じた
ときなんかに打てば響くように、反応してくれることかもしれない。
さまざまな表情をみせてくれたし、一緒に考えてもくれくれた。

自分に何ができるのかを自問自答するばかりでなく、「アリーナドラゴン」よ
おまえさん「どうおもう」? 

そうしたらね、




かんたんだよ、お話するだけでいいんだよ、聞くだけでいいんだよ できたら、お前のうちによんだらいいじゃん、ホームステーもいいし、お茶だけでもいい。
きてくれなくてもいい、声をかけてあげなよ。

こんな声をきいたようなきがしたよ。




そーか、ありがとう それっていいね、サンキユー。

安心の気分で駅にむかった。


ひとだかりが有るので覗いたら、数人の若者がパンケーキもどきを売ってた。
もちろん募金が目的だが、一個250円を5個買ったら、袋要りますかと聞かれた。
この一枚にも震災の厳しさがあるのだ教えられたが、「袋ください」といってしまった。









よき表情の若者たちだった。
これも日本の底力の主要素のひとつは間違いないと確信してホームにおりた。













4・お手伝い申込み所で、なにかできますか?と聞かれたらどう答えるか

2011-03-24 21:10:00 | 別所見聞録
この日2階で初老のマジシャンが手つきも鮮やかにカードを並べて
こうじょうをのべていた。



>役に立つ技術だね



ぼくは隣にいたおじさんと、なにやかや話をしながらその手練の技に見入っていた。

おじさんは袋を見せて「夜が寝られなくて、睡眠薬もらってるんだ」といってた。
クヨクヨするなといわれても、なかなかねつけないよといってたよ。

普段は、絵手紙なんてと思ってる方がいるかもしれないけど、こんなときには
主役きゅうです。堂々の存在感がありました。



ちいさな映画館が開設されてるようだったし、大道芸なんかいいだろうね。

なんでもいいから、人前でできること 身に付けておくといいようですよ
そりや~お金を稼ぐとなると話はちょっと変わるけど、クラスのみんなを笑わせる
ノリならなんとかできるんじゃないかな~。
ちなみに僕は「アクション紙芝居」が得意なんだよ。
去年の敬老会では、ばかうけだったんだ。
だしものは有名な語り物で「稲村の火」という江戸時代末期の安政年間に関西地方を
襲った大地震をテーマにしたお話だった。 いやぁ受けたね、102歳のおばさんが
ひっくり返るほどだったよ。
このさいだから、恥かきついでにもうしこんでおこうか。

この画像は双葉町の役所のデスクです。
ここで失われた、6000にんの行政事務をやっているわけなんだ。
正面の奥にいる人が、町長さんのようだった。このかけがえのない地域リーダーも
充分な睡眠がとれていないのは想像にかたくないし、体調にきを配ることもできないんだろうね。









3 機動隊 現地救助隊員  哲君からの伝言

2011-03-23 22:57:39 | 別所見聞録
この守備範囲にたづさわる方たちのほとんどが同じようでしょうが
と前置きがあって、寝床は隊のバスの中(むろん風呂なし)食糧は携帯のカンパンと
カンズメ。これが全てということだった。  銃を持たない戦場なのだ。





およそ10日交代の捜索体制で近く一旦かえってくるようだった。

2: むしろ、受け入れ側の情熱がそれらを上回っていた。

2011-03-23 21:42:31 | 別所見聞録
中に入って最初の熱気は右側からだった。
以前に「ジョンレノンミュージアム」のあったところが、物資の集配所で開梱と仕分けが
市場の様子さながらに展開してダイナミックにうごいていた。>



この風景はかつての日本にはなかった。 社会の前進に違いない。普段は静かで
口数の少ないはにかみ屋タイプの若者たちにに相違ないとかんじた。
その証拠に、がやがやしてる割には大声やばかごえがききとれなかった。

いい意味の無縁社会の主役でありもはやこれなくしては地球の自転もおぼつかない
ITの活動ぶりにも避難社会の回復のためにフル回転していた。




小学生と思しきこどもも「訪ね人」の画面にむかっていた。


メディアの子供へのマイク


2時の昼飯


さいたま市のよろずソウダンコーナーとお困りごと案内の張り紙





被害データーでは確かに、双葉まちの数字は多くはないが、原発の災害の直接被害ではおおきなその痛手の奥深さは想像を津波が乗り越えるほどのことにちがいないだろう。




単純な方法だが確実無比な「訪ね人のびら」が願い絵馬のようだ。




NTTの充電専用テーブルには情報のライフロープである{けいたい」が積まれていた。
これも「専用のコネクション」がないとだめだからなぁ!


このポスターに注目です。
僕が別所第三自治会の「防災・ボランティアコーディネーター」のこうしゅうを
受けた折に、講師としておはなしをしてくれた「ミレット・アレルギーのこどもを守る」
NPOの人たちが駆けつけてくれているんだということのメッセージなのです。 
 ミレットがんばれ


 

白幡中学・同級生の エノ君から電信が入った、アリーナは熱気に包まれている

2011-03-22 21:24:34 | 別所見聞録
13:00
与野に急行した。  先日の15日に申告にいったばかりだったが
この日はちょっと事情が違っている。
福島第一原発の膝下の町・双葉まちの大家族が役所ごと引っ越してきたのです。 


浦和駅西口の「やなせたかし作・うなこちゃん像」も濡れつつ、動き出しそうな
気配をみせていた。

電車の入ってくる一瞬の光景だが、若者がポールの先の集音器をスピーカーに
あてているところだった。





なにをしようと云うのか?・・ひょっとしたら映画の制作の一部にしようとしてのことかも
しれない。まあいいか。



新都心駅の改札は募金の箱の列だ。  ただの呼びかかけではなかった。



よく通った耳にも頭の芯にも響く高い声だった。 
これなら素通りするわけにはいかないだろう。



ホールの前に出ると緊迫感が伝わってくる。名勝負を期待して集まる心理に似てなくはないが共通点はなにもないのは明らかなのだが。

ボランティア参加者は入り口の受付で、自分のできること等を申し出るのが
さいしょにやることだが、この日はあいにくと物と必要人員が充分との説明があって
せっかくの「やらねばの気分」が届かないことになっているようだった。



それがボランティアステーションの位置です。
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福岡県警の哲君27歳 15日救助隊員として(岩手県)任務についた

2011-03-19 21:03:34 | 別所見聞録
任務期間の制限なし
粉骨砕身奉仕せよ!と送り出されたそうだ。彼には2歳になるかわいい女の子がいる。
余震のつづくなか、刻々と変化してゆく被災地の状況に、わずかずつ明るいきざしが
みえはじめてきた。
さいたまアリーナにも疎開時代さながらの移動を1500人ほどが入居したようだ。
この疎開方式を支持したい。
あの寒気きびしいなかで、飢えと不安にあえぐより、ぜんぜんベターな方法であることは
大島や三宅島の例がおしえてくれているよ。

別所第三自治会の防災・防犯の計画停電に対する巡回の計画の打ち合わせが今日
19日にあった。

物不足の「武蔵浦和周辺」をここ数日連続で観察してきたが。





こんなありさまが、とくに主要食品の棚が確実に「空っぽ」になっている。
とくに・・「こめ」だ。
>
あれほど、コメの消費が戦後最低きろくを毎年練り替えていてのに
あきれかえるほどにまたは米が哀れに思うくらいに、かいまくられてゆくのだ。

飢餓または飢えそのまえの空腹が即米にたいする、仁義も義理も恥じらいも弊履の如くに
捨て去ってかいまくるその絵柄は「滑稽」をとおりこして笑えるふうけいだった。
その上まだまだつづきそうなのが駅周辺の様子なのだ。



僕はといえば、この日はうちの若嫁からの連絡で、ノドの薬「イソジン」とヨウ素のたっぷり
入ったわかめを求めて店内を走り回った。すこしオーバーだがイソジン1,100えんは
すぐに有ったが、わかめがなくて「モズク」を2個入手して
、意気揚々と引き上げた。これは「放射能対策」だそうで、ヤフーの知恵袋からのぱくり
だそうであった。



からっぽのガラスケースの写真を何枚みてもしかたがないが、
あれほどモノ余りのぜいたく社会が見るも無残に変貌したすがたをまのあたりにするのは
自分の姿も含めて、滑稽な芝居をみているようだった。





帰り際にのど飴(だいすき)を4個かってなめながらかえった。
ゆうゆうと社会のありさまをみているようだが、一抹の不安もかくせなかったが
それには、毎日毎日、このすがたを見にくることが、自らのタフを養う良い方法ではないか
としばらくはこの作戦をつづけるつもりこきめたのだった。






3月10日・・・ やっぱりやってきたんだ*3月11日14:45分有史以来の国難が

2011-03-15 22:08:08 | 別所見聞録


10日は中浦和駅の偽装爆発物のことで駅に行って人とおりようすをみた。

浦和地域のここ数年の激変ぶりは随所に、大モグラの姿で出没しだした。

かつてはありようのなかった奇形の事件がそれなのだ。

まあ、こんなこともあるんだろう!
そんな気分であくる日の新聞を切り抜いてブログ扱いとしてスクラップにとじたのがこのことだった。そこまではよかったが
強烈なかつて体感もなにもないけたはずれの「地震」に遭遇したのが。11日の14:45だった。



 僕ら自治会の昼間の防犯見回りが終了して「おつかれさま」とあいさつして通りにでようとした
その時が、歴史の始まりだった。

名状しがたい数分の間ののちに、ラジオで 初動の状況をかろうじて感知することができた。







 余震の収まったころあいは,3~40分たったころだろうか。

総務部の和田氏と行動をともにした。



まず、高齢者宅をひととうり巡回して安否をたしかめた。



自治会長さんが緊張の表情で、買い物袋を提げて戻ってきた。
ひととおりの説明を受けたが、まだ余震が続きひとまずは自宅に戻って
自体の推移を見守ろう、連絡・交信は連続して情報を絶やさぬようにしよう。




申告と納税は15日(火)まで・・そ~だ さいたまスーパーアリーナへ行こう

2011-03-10 22:14:34 | 別所見聞録
10:00 別所より自転車を駆って急行した


自転車置き場の広場には「コモドオオトカゲ」が這っていた。
寒気の晴天にきらきらと光っていた
製作者のプレートをみそこねたがかなりの腕のしかもかなり名のある作家とお見受けした。



 堂々としてわるびれてない ためらいもてらいもない
 手足の太さは作家自身の大地への手作りの波動をつたえたいためかびたっときめていた
  顔がひとなつこかった
   ステンレスだがやわらかくできていて乗ってあそびたくなった
    こどもは新型の恐竜とおどろくだろう。



   ふと我に返って 申告会場にいそいだ。


 とぼけて盗み撮りをした。 ここは「個人情報漏えい厳禁」中の厳禁会場だ。



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地域にお住まいの皆様・別所町会参加の皆々様

全国の別所・別府の地域活動の皆様。