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社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

横本宏「世帯の発達による生活費の拡大と物価-昭和49年全国消費実態調査報告をみて-」『国民生活研究』第16巻第2号,1976年

2016-10-16 11:19:29 | 10.家計調査論
横本宏「世帯の発達による生活費の拡大と物価-昭和49年全国消費実態調査報告をみて-」『国民生活研究』第16巻第2号,1976年(『現代家計論』産業統計研究社,2001年)

 筆者はこの論文の課題を,世帯の形成と発達にしたがって,生活費がどのように変化するかを,総理府統計局による全国消費実態調査(昭和49年)の結果から検討すること,この検討結果を消費者物価指数と生活実感のズレとの関係で考察することとしている。

 全国消費実態調査(昭和49年)には,子供構成別集計がある。子供構成別集計とは,対象世帯の世帯人員別の世帯を,さらに長子の年齢もしくは就学段階によってグループ分けをした表である(2歳以下の幼児,3-6歳の未就学児,小学生,中学生,高校生,大学生,子供が15-21歳で在学していない)。筆者はこの表から,3つの型の世帯の発達段階を抽出する。第一は,「3人世帯・2歳以下の幼児」から出発し,子供がひとりのまま成長していく系列,第二は,同じ「3人世帯・2歳以下の幼児」から出発し,その子供が「3-6歳の未就学児」になったときに2番目の子供が生まれ4人世帯に移行し,子供が2人のまま成長していく系列,第三は,3番目の子供が生まれる系列である。この3つの系列では,第二の系列が最も数が多く,典型的である。

 筆者は以上の世帯類型のなかから,典型的な系列である第二の系列の世帯について,その主要な家計収支額の中身を検討し,子供の人数が(したがって世帯の人数が)増加すれば確実にある種の支出を増やさざるを得なくなり,また世帯人員に変わりがなくとも子供の成長に応じて生活費は拡大することを確認している。増やさなければらない支出,生活費のなかで拡大する支出は,食糧費,教育関係費となっている。

 そこで「消費者物価指数と生活実感のズレ」の問題である。この問題は,しばしば,消費者物価指数の計算プロセスに介在する事柄として,たとえば,「非消費支出」部分である税や社会保険料が含まれないとか,住居費のウェイトが実際より小さいとか,といった事柄として議論されるが,筆者は別の角度から,すなわち世帯の発達に応じて生活水準の向上とは無関係に生活費が拡大することに,生活実感とのズレの根拠をみる。したがって,人々が,社会が必要とする指数には,物価変動が生活費に与える影響を測定した指数,物価変動も生活水準の変化もその他の要素もすべて含めた実態としての生活費の変化を測定した指数,そして一定の生活水準を維持するために必要な生活費の変動を測定した指数である。この3つ目の指数(生活水準維持指数)の必要性が,上記のズレとの関係で,提言されている。

 最後に,筆者は生活水準維持指数を根拠づけるために,制約された統計の範囲で(筆者自身が述べているように,かなり強引に),一種のコーホート分析の手続きを援用して,世帯の発達効果と生活水準の上昇効果を分析している。同一生活水準生活費は,基準年次の生活費に物価上昇分を加え,さらに世帯の発達による増加分を加えることによってもとめられる。後者の増加分は,夫婦だけの段階から長子が大学生となる段階にいたるまでのおよそ24-5年間の年間増加率からもとめられる。

 筆者は限られた資料の制約のもとで,上記の同一生活水準を示す指標についての提案を行っているが,それを現実化するためには,基礎的なデータをしっかり作らなければならないので,そのための組織的な取り組みの必要性を,論文の末尾で訴えている。

横本宏「家計調査における家計簿式方法について」『統計学』第25号,1972年3月

2016-10-16 11:17:12 | 10.家計調査論
横本宏「家計調査における家計簿式方法について」『統計学』(経済統計研究会)第25号,1972年3月

本稿の目的は,家計調査における家計簿式方法の検討であるが,本心は家計簿式調査方法の権威のベールを剥ぐこと,その含意はこの方法を否定するのではなく,正しく生かすために必要な条件を明らかにすることにあったようである(p.48)。叙述の順序はまずこの方法の提唱者だったエンゲルの見解を検討し,次にエンゲルの家計調査方法論の問題点を理論的に整理し,さらに家計簿式方法の現実的な問題点を検討し,最後に家計調査の方法を検討することの意義を示すという構成になっている。

 エンゲルは『ベルギー家族の生活費』で家計簿式方法での家計調査が,いわゆるアンケート式,質問票式調査よりもよいとした。エンゲルがこの方法を最善としたのは,家計の収支に関する事実をありのままに把握できるからであった。この方法によれば,原資料となる家計は「作られたもの」でなく,「理想計算」でもない「現実計算」となる。

 筆者はエンゲルのこの家計調査方法論を点検し,問題点を抽出している。第一はエンゲルの家計調査論が解析論であることである。解析のためのデータに関心があり,そのデータを獲得するための調査活動は等閑視されている。第二にその調査論に社会科学的視点が欠けていた。消費に関する数字を消費者自身から得なければならないとし,調査する側とされる側との関係が調査結果に微妙に反映することをみたのは卓見であったが,調査過程の分析がなかった。第三に,家計簿式方法以外の文書順問法,口頭順問法を「代用法」とみなし,むしろ軽視していたことである。日本にもことさら家計簿式方法を重視する傾向があり,例えば高野岩三郎の指導のもとに行われた「東京ニ於ケル二十職工家計調査」もその観点から評価されるが,筆者はそのことよりもこの調査が労働者世帯を対象としたこと,労働者と労働者組織の自主的協力のもとに行われたことが重要だったと述べている。

この論稿が執筆された時点のことであるが,家計調査が家計簿式方法で行われている国は少ない。ベルギー,チェコ,イギリス,日本の4か国であった(面接聞き取り調査を行っているのはアメリカなど9か国,簡単な記録簿と面接の併用がフランスなど8か国)。家計簿式方法が,それ以外の方法より,結果が精確であるというのは,必ずしも確かなことではない。イギリスでそのことを確かめた試験調査(1953-54年)があり,日本でもたとえば夫の「こづかい」が家計に占める割合は意外と高く,その使途ははっきりしない。家計簿式方式が絶対的にいい調査なのではなく,重要なのは被調査者がその調査の意義をどのように理解し,どのような協力を行うかである。

 最後に,家計調査の方法を検討することの意義を考察している。家計調査は国レベルでも地方自治体レベルでも盛んである。それらのほとんどは,家計簿式方法を採用している。しかし,そのような調査は必ずしも労働者の生活実態を浮き彫りにできていない。課題はなぜそうなるのかを方法の問題として批判的に検討し,その改善のための要求をすることである。また,労働者が自ら家計調査を実施することも劣らず重要である。