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社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

吉田忠「(第6章)農業をめぐる事実をどうとらえるか」『農業統計の作成と利用(食糧・農業問題全集 20)』農山漁村文化協会,1987年

2016-10-09 14:14:49 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
吉田忠「(第6章)農業をめぐる事実をどうとらえるか」『農業統計の作成と利用(食糧・農業問題全集 20)』農山漁村文化協会,1987年

 農業は自然的事物と社会的事実に分けて理解することができる。前者の観点からみれば,農業は自然物である作物・家畜の栽培・飼育をとおして人間に有用な農産物を作る社会的行為,あるいはその集合としての産業部門である。したがって,農業生産は自然そのもの,あるいは自然の循環という基盤の上に成立する。後者の観点からみれば,農業は農産物の加工・販売においては言うまでもなく,その生産においても社会的な関係をとおして経済的に営まれる。自然的事物も社会的事実も,その内容は一筋縄ではいかない。

 筆者の関心はとくに社会的事実のほうにあるが,重要な区別は社会を構成している人間や組織に関して,特定の個体にあらわれる状態としての社会的事実か,それとも全体の集団的な動きにあらわれる状態としてのそれかである。

 日本農業をとりまく条件の悪化という問題を考えるとき,それはまず個々の農家・農協の経営や事業の悪化としてあらわれる。特定の個体にあらわれ,農業の根本に関わる社会的事実は,「典型的事例」として示されなければならない。しかし,一般的にはそうした社会的事実は,集団現象の形態をとってあらわれる。そしてこの集団現象は,社会的集団現象として,また地域的集団現象(地域的重層構造)とに区分して理解することができる。

 それではこうした農業をめぐる社会的事実は,近代社会においてどのように把握されてきたのであろうか。筆者はその方法を,次のように概念化して示す。

<記録>  個人の記録→組織的制度記録→業務統計
統計調査    (統計資料)
<調査>  実態調査    (実態調査資料)
<測定>  単なる測定 → 科学的測定 (測定資料)   
 
 筆者のこの概念図の説明は具体的事例をあげての説明になっているので,興味深い。すなわち,個人的記録では,2人の農民の記録(後藤善治『善治日誌』,河瀬義夫『土に生きる-農業簿記と共に40年』)が,<調査>では二宮尊徳の「報徳仕法」が紹介されている。二宮尊徳に始まった農村調査は,明治維新後も,農村振興策樹立のための調査という性格を報徳仕法から継承した(前田正名の「農事調査」[明治22-25年]参照)。しかし,この種の調査は調査目的が行政と結びつき,調査対象と調査方法が主観的で,客観的現象を把握する方法として不完全であった。それが試験場や大学のような組織に身をおおく専門的調査研究者によって改善され,農業・農村の実態を知ることを目的とした,あるいは行政の基礎的資料蒐集を目的とした調査が行われるようになる。筆者は,このような客観化された目的と方法のもとに,社会的事実のうちの特定の個体的現象ないし地域的集団現象を対象に実施された調査を,実態調査と呼んでいる。そして,そのような調査の嚆矢を明治30年に札幌農学校助教授。高岡熊雄によって行われた開拓農家の調査をあげている(高岡熊雄『北海道農論』裳華書房,1899年)。明治中期以降には,このような方法を吟味した農業・農村調査が行われるようになり,それを全国的な農家集団現象としてとらえる見方も登場してきた。その代表的なものは,当時の農商務省農事試験場技師の斎藤萬吉のよる農家経済調査(明治42年,45年,大正2年)であった(斎藤萬吉『実地経済農業指針・日本農業の経済的変遷』「明治大正農政経済名著集(9)」農文協,1976年)。

 以上のように,近代社会では農業に関する事実のとらえ方は個人記録から調査へ,さらに実態調査へと進歩したが,同時に社会的事実の記録が単なる個人的な書き物から社会制度的なもの(政府・自治体のような社会的組織体による記録,具体的には土地台帳や戸籍の記録,業務統計など)となる。また自然的事物の測定に,科学的方法が導入されるようになる。社会的事実や自然的事物のとらえ方は,記録,調査,測定の3つの方向で進化を遂げるにいたった。

社会的集団現象の記録は,いつの時代にもある。奴隷社会,封建社会では,それがそれぞれの時代の社会権力者の支配の手段として,あるいその側からの要請として存在した。社会的集団現象の把握は他方,それをとらえる方法にもあらわれる。かつては人間や土地に関する社会的集団現象に必要な情報は,共同体内的な行政末端機構をとおして,日常的権力行政の一環として集められ,記録されていた。しかし,封建社会も末期になると,共同体は崩れ始め,人間や土地に関する情報が日常的行政をとおして収集することが困難なる。そこで,社会的集団現象把握の近代的形態である統計調査の方法が次第に定着するようになる。そのための前提条件は,「公共の福祉」のためには自らのプライバシーの一部を擬制にしてもよいという国民の自主性を前提として,政府などによる統計調査が法令にもとづいて制度化されること,また統計調査の実施が一般行政,とくに権力的なそれから切り離されることである。これらは歴史的に生み出された統計調査における方法的技術的側面である。

 最後に筆者は統計調査の歴史的社会的側面について解説している。社会集団現象を捉える際には,歴史的社会的側面と方法的技術的側面からのアプローチがありうる。前者は社会的集団現象の把握そのものが,歴史や社会のなかに因が法則的に組み込まれ,それによって制約されている面をみるということである。他方,歴史的に形成された把握主体は,与えられた目標と環境条件のもとでより効果的な方法を模索し,作りだす。社会集団現象の把握の過程は,このような目的合理的に作られた方法という側面をもつ。これが社会集団現象のとらえ方における方法的技術的側面である。筆者はそれらの具体的展開を,アメリカの第一回人口センサス(1790年),それに続く西欧諸国での人口センサス,さらにこの時期の家計調査の流行と経済統計の整備といった統計調査の展開のなかに考察している。

吉田忠「(第5章)農業センサスから農業構造をみる」『農業統計の作成と利用(食糧・農業問題全集 20)』農山漁村文化協会,1987年

2016-10-09 11:45:34 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
吉田忠「(第5章)農業センサスから農業構造をみる」『農業統計の作成と利用(食糧・農業問題全集 20)』農山漁村文化協会,1987年

 日本の農業センサスは1950年以降,西暦が0で終わる年に行われる世界農林業センサス,その中間年で農業だけを対象に行われる農業センサスとして実施されている。この農業センサスで農業構造を把握する場合,言うところの「構造」とは何かが問われる。筆者は,その使われ方が曖昧であるとしながらも,具体的統計資料との関連でどのように使用されているかを次のように整理している。(イ)農家を種別で見た農家構成(経営規模別,専兼業別,自小作別,経営組織別など),(ロ)農家世帯員をその就業状態別に見た構成(就業構造),(ハ)農業生産の担い手を見た構成(担い手構成),(ニ)ある農産物生産部門に関して,上記の意味での農業構造に担い手種類別・農家種類別生産シェアさらに各種生産技術の普及状況やその種類別シェアを加えて見る生産構造,(ホ)地域的に農業構造を見る農業の地域構造,あるいは特定地域を取り上げて農業の組織化を中心に,そこでの農業構造を見る地域農業構造。筆者の整理によれば,日本では農業構造が統計的概念にすぎない農家構成や農家人口構成と等置してとらえる傾向がある,という。しかし,それらは経済理論的概念に再構成して把握されなければならない。農家構成などの統計資料は農業の数量的全体像を与える重要な役割を果たすが,農業構造そのものではない。

 日本の農業統計は先進国のなかでも充実しているとの評価がある。調査単位が広汎であり,精度が高く,集計公表が迅速で,全農家を対象に詳細な項目を聞きとる農業センサスが5年ごとに正確に実施されているからである。なかでも農業センサスの評価は高い。そこには日本的特徴がいくつかみられる。一つはその基本的調査単位を世帯である農家(イエ)としていること,もう一つは農業集落(ムラ)を対象とする農業集落調査が農家を対象とする農家調査に付随して行われていることである。しかし,この論稿が書かれた以前から農業構造の変化が著しく,センサスがこの動きに十分に対応できない事情が出てきた。
この変化とは一部にみられる家族的農業経営の規模拡大や企業的経営化,多様な形態での資本制企業の発展,兼業化の深化と家族的農業の空洞化による各種の農業生産組織への参加や経営委託・農業委託の進展,多様な形態の農業生産組織や各種の企業形態をとった
受託組織の登場などである。

 問題はセンサスにおける調査単位がどのような社会的背景のもとで歴史的に形成されたか,その調査単位の概念がそのような問題点を内包しているか,現行のセンサスの改善にどのような展望があるか,である。

 農林業センサスの調査体系は,全体が農業に関する調査と林業に関する調査とに分かれ,前者に「農家」と「農家以外の農業事業体」を調査単位とする農業事業体調査および農業集落調査がある。上記に示した近年の農業構造の変化を考慮にいれると,農業センサスの中核をなす農業事業体調査においては,「農家以外の農業事業体」の重要性が高まっている。しかし,農業センサスでは「農家以外の農業事業体」調査は農家調査に付随して実施されているにすぎない。さらに,調査単位の規定にも問題があり,「農家以外の農業事業体」が1985年調査では9種に限定され(「農家以外の農業事業体」概念の混乱),その結果膨大な数の農業生産の担い手が調査対象から排除されることになった。筆者によれば,こうなった事情は「農家以外の農業事業体」概念が1950年世界農林業センサスに導入された経緯と関わる。その直接的契機は1950年に日本が世界農林業センサスに初参加したおりに,「農家」とともにそれまでに使われていた「準農家」を「農家以外の農業事業体」と呼び,「農家」と「農家以外の農業事業体」とをあわせて農業事業体(事業所概念)と呼ぶとしたことにある。「農業事業体」の定義は「農業を行う世帯およびその他の事業所」とされ,「農家」のそれは「世帯である事業体をいう」として与えられた。これでは農家の定義と農業事業体のそれとが互いに相手を前提とし,循環論法である。この矛盾は,農林業センサスのなかの林業センサスにおける調査単位や漁業センサスにおけるそれにも存在する。

 ところで農業センサスの目標は,農業生産の投入・産出量の総量把握とそれらが形づくっている農業構造の構造把握である。しかし,農業構造の大きな変化のなかで,明確な方向性をもたず妥協的に導入された農業事業体概念のもつ混乱が増幅し,また上記の総量把握と構造把握という目的間の対立が顕在化している。農業センサスの意義が後退しているかのようにみえるが,筆者はそれを云々する前に,センサスの目的の曖昧さや農業事業体概念の整理が必要としている。そのために必要なのは第一に,農業センサスの主目的を構造把握とし,総量把握目的はそれが許容する範囲で目指すようにすべきである。付随して,投入量で重要となる農地所有者を対象とする統計調査でのセンサスの補完が不可欠である。第二に必要なのは,農業生産の担い手のなかで農家以外の農業事業体の重要性が高まっていることに鑑みて,農業センサスは農家と農家以外の諸組織体を同じ次元でとらえなければならない時期がきているという認識をもつことである。

 筆者は最後に,農業センサスにおける調査単位の基本分類標識を考察している。歴史的経緯を経て,農家分類の基本標識はこの論稿執筆当時は次のようである。(イ)専兼業別分類(農業の兼業化傾向をとらえる標識),(ロ)経営耕地規模別分類,(ハ)農産物販売額規模別分類(以上,農家が担う農業経営の規模をとらえる標識),(ニ)経営組織別分類,(ホ)農業労働力保有状態別分類(以上,農業経営の規模をとらえる標識)。
このことを確認して,筆者はとくに経営規模の分類標識をとりあげ,検討を加えている。
経営規模を表す標識とそれぞれの長所,短所は,表として一覧されている。
(A)投入側面においてとらえる標識,(1)経営農用面積・経営耕地面積,(2)農業投下資本額[経営農用地資本額],(3)(家族)農業労働力数。
(B)産出側面においてとらえる標識,(1)農業経営粗収益,(2)農業経営純収益・農業所得。

 これらは経営規模の「代理変数」と呼ばれ,農業経営の経営規模の大きさを総合しうる共通尺度が存在しないために,一元的に分り易く示された標識である。

 農業センサスがその分類標識に経営規模をとりあげる視角は,筆者によると,2とおりある。第一は,農業経営の分析・診断の資料として農業センサスを役立たせる方向である。第二は,農民層分解の展開状況を全国・地域の統計数値に見ることで,農業構造の変革を展望する方向である。

吉田忠「(第4章)農産物生産費と農家経済を見る」『農業統計の作成と利用(食糧・農業問題全集 20)』農山漁村文化協会,1987年

2016-10-09 11:41:56 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
吉田忠「(第4章)農産物生産費と農家経済を見る」『農業統計の作成と利用(食糧・農業問題全集 20)』農山漁村文化協会,1987年

 農産物生産費調査,農家経済調査の利用を,農林行政との関連および個別の農家経済・農業経営との関連で考察した論稿。

 最初にこの2つの統計のプロフィールが与えられている。農産物生産費調査,農家経済調査とも行政との直接的関連のなかで開始され,その充実がはかられてきた。前者はこの論稿が書かれた時点で,米,麦類,野菜,果実,いも類,豆類,工芸農作物等,繭,牛乳,肉畜,鶏卵,ブロイラーなどに関して実施されている。後者は大正10年以降,農家の家計経済と所得経済の両面を含む農家経済簿記帳をとおして実施されている。また日本の農業構造の分析や個別経済とくに農業経営の分析・診断のための基礎資料に利用されている。両調査に共通しているのは,それらが行政と密接に結びついて発展してきたことである。

 生産費調査の嚆矢である米生産費調査は昭和6年に米穀法が改正され,支持価格の算定要素に米穀生産費が加えられた関係でスタートした。任意抽出法の導入(昭和31年),指定統計への指定(昭和35年)は,35年産米から米価算定に生産費および所得補償方式が導入されたことによる。また農家経済調査の実施は,小作問題激化に対応する基礎資料作成のためであった。この調査のその後に拡充は、農家経済の実態把握という行政側の要請によるところが大きかった。

 農業分野で価格政策との結びつきが顕著な生産費調査は,米穀の生産費調査である。この関係は食管制度のもとでの米生産費による米価算定を見るとよくわかる。かつての日本の農業の特徴は米作が中心で,それも畑作地帯の一部を除き,稲のモノカルチュアであった。したがって,農業所得の維持向上をとおした農家経済の安定に,米価水準は直接的効果をもった。こうした事情もあり,食糧供給の絶対量の確保の要請と境地での生産費により農産物価格が決まるという農産物価格論とがあいまって,間接統制の支持価格や直接統制の買入価格の算定基礎として米生産費が殊更,重視された(バルクライン生産費:生産費の安い順に生産量を累積し,生産量の80%に達したときの生産費がバルクライン80%の生産費とする考え方)。

 農産物の価格政策と生産費調査の結びつきは,上記の日本農業の特徴に見られるように,当初から政治的色彩をもっていたが,昭和40年代に入って米の過剰時代になるとその色彩はさらに強まったが,問題なのはそれが逆に価格政策と生産費調査との結びつきを壊したことである。それというのも,昭和35年に生産費および所得補償方式が導入されたとき,従来のバルクライン方式に代わる限界生産費的なものとしてマイナスワンシグマという奇妙な方式がとられたが,米過剰時代に突入した昭和44年の米価算定ではこのワンシグマが何の根拠もなく0.54シグマに引き下げられ,これを契機に生産費の算定方式だけでなく,自給物の評価をはじめ各種算定要素の恣意的操作が行われるようになった。さらに昭和46年には米価算定をより恣意的操作をもたらす必要生産量方式が導入され,米価算定は事実上,米生産費調査から切り離された。その後,米価算定は再び生産費を基準とする方式に戻ったものの,小手先的な算定方式操作や統計資料加工の実態が続けられた。

 米生産費による米価算定という立て前の破綻は,価格政策における単品主義の行き詰まりである。高度経済成長期以後の園芸畜産部門の発展や農業経営複合化の展開のなかでは,新たな総合的価格政策の必要性が問われることとなった。そこで必要とされるのは,個別的農産物の生産費調査ではなく,農業経営全体の収益性を対象とする統計調査である。しかし,日本には農業統計としての農業経営調査はない。もっとも,それに近いものとしては農家経済調査がある。

 農家経済調査は,所得部門と家計部門とが融合した農家を対象に,その全体的収支をとらえる調査である。その最大の役割は,農業と他産業との所得・生活水準の格差を把握することである。『農業白書』の冒頭の章の末尾では,農業の生産性と所得・生活水準を非農業セクターのそれと比較するために紙幅が割かれ,そこで農家経済調査のデータが使われている。また農業構造と農村社会の問題を取り上げた最後の章では,基幹男子農業専従者のいる農家と自立経営とを考察する節がおかれ,従来,後者の分析に農家経済調査のデータが寄与していたが,そのウェイトが小さくなり,それにともなってこの調査の位置づけが小さくなってしまった。農家経済調査は,自立経営に代わって農業の担い手として位置付けられた中核農家に関与しないからである。もっとも,筆者によれば,農家経済調査から自立経営の下限農業所得をもとめるやり方にも問題が介在していた。すなわち,自立経営として農業経営がとりあげられる以上,農家から農業経営に元入れされる経営要素がどれほどの農業所得を生み出すのかという収益性の視角が欠けていたというのである。

 以上の事態を受けて,農家経済調査を止めて本格的な農業経営調査の実施を望む声があるが,筆者は必ずしもそれをよしとしていない。なぜなら,農家経済調査は農業問題の分析,あるいは行政上の基礎資料として引き続き重要であるからである。また期待されている農業経営調査の諸概念について,その客観的評価基準が曖昧であるからである。

 最後に,筆者は農産物生産費調査や農家経済調査を個別経済とくに農業経営の分析・診断にどのように利用できるかについて,農業経営における生産性と収益性の関係の問題に焦点をしぼって,かなり具体的な言及を行っている。農業生産の総合的効率指標として農産物生産費を使い総合的な生産性の変化や生産技術の構造的特質を概括的にとらえることができるが,個別的農業経営にとってはそれがいかに収益性を変動させるかがわからなければ意味がない。この収益性を農業統計に見ようとすると,本格的農業経営調査が行われていない現状では農家経済調査にたよる他ないが,幾つかの限界がある(農家経済から擬制的に農業経営を分離し,収益性の指標を得ることができないわけではないが,農家が農業経営に元入れする家族労働力,自作地,その他の所有資産との関連でそれを捉えることができない,など)。いきおい,農業経営の観察は不十分にならざるをえない。結論的に言えば,農業経営の分析・診断に農業統計を利用する余地はほとんどない。しかし,個票の利用と再集計の可能性はあるとして,その例を掲げている。

 「本来的に地域的であり個別的である農業経営にとって,全国的な統計資料から得られる情報は,自らの経営における投入や成果の実態を全国的な水準や動向に位置づけてくれるもの,すなわち,分析・診断のための準備段階に属するものにとどまる。農産物生産費統計の再集計結果が示してくれる成果-要因の関連も,全国レベルで平均的に見られるものにすぎない。自らの,あるいは地域の農業経営の部門組織や経営管理に直接的な示唆を与えてくれる情報を得ようとすれば,統計資料から一歩踏み出した事実資料が求められなければならない」(p.111)。筆者はこのように,農業統計資料による基礎づけを基礎に各種の事実資料を最大限に利用することをもって,農業経営の分析・診断の可能性の展望としている。

吉田忠「(第3章)農産物の流通と価格を見る」『農業統計の作成と利用(食糧・農業問題全集 20)』農山漁村文化協会,1987年

2016-10-09 11:39:17 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
吉田忠「(第3章)農産物の流通と価格を見る」『農業統計の作成と利用(食糧・農業問題全集 20)』農山漁村文化協会,1987年

筆者は本稿で統計資料によって農産物の市場や流通を,またその変動をどのようにとらえるかを中心に,農産物価格問題をとりあげている。
最初に農産物の流通と市場構造の概念整理がなされている。農産物の流通は農産物がその物的形態を変えながら圃場・畜舎から食卓まで流れていく過程=物的流通過程(狭義の流通)と需給関係を背景に価格の形成と変動をともないながら農産物所有権が移転する過程=売買過程(市場)の両面をもつ。

農産物の売買過程は経済学的には需要と供給が向かい合い,そこで価格が形成される過程であるが,これを商業論的に見ると広告宣伝などの準備,せりなどの取引交渉,代金決済などの事後処理の過程(物的側面)をもつ。この売買過程の物的側面は,物的流通過程と同様,その機能実現のための機械や装置・施設(流通施設)からなる。農産物は外見的には,農家→産地食肉センター→消費地集配センター→スーパーマーケット→消費者,というように一連の流通施設を流れる。この流通施設の連鎖を流通機構である。この流通施設は,その所有ないし経営管理的な働きかけによって生きた経営組織体となる。市場構造は,このような生きた組織体に変換された流通機構のことである。現実の農産物の流通は,単一の市場からなっているのではなく多元的であり,それぞれの市場構造で各価格形成と物的流通をめぐる諸問題が複雑に錯綜して顕在化する。

 農産物流通の全体像を把握するには,統計資料が必要になる。まず流通機構の統計調査は,青果物に関しては青果物集出荷機構調査(昭和60年)のように段階別に,畜産物に関しては肉用牛流通機構調査(昭和58年)のように畜種別に,流通主体や流通施設の数,流通経路別の流通量などを捉える。青果物に関してはさらに,加工場での加工量,卸売市場での転送量,流通経費などの調査が毎年,実施されている(青果物[野菜,果樹]生産出荷統計,青果物卸売市場調査)。畜産物に関する統計としては,食肉流通統計,鶏卵食鳥流通統計,牛乳乳製品統計がある。

 これらの統計資料を基本に,これを各種業務統計,記録資料,実態調査資料で補完すると当該農産物の流通をめぐる量的全体像を描ける。また時系列をとることによって過去の量的側面にみられる諸特徴をフォローすることができる。しかし,この量的全体像だけからは,具体的な流通の制度や慣習の問題と変革の方向を探ることはできない。ましてや,新しい販路や有利な販売方法をとらえることはできない。

農産物流通統計は,次のような限界をもつ。第一に,対象分野が主要な青果物,畜産物に偏重し,それ以外のものについては手薄である。第二に,中央卸売市場や系統農協のように農業行政と関係が深い流通施設に関しては,業務統計資料を含め充実しているが,その関係が浅い調査対象では統計調査の実施が不十分である。第三に,農産物流通統計が捉えようとしているものは,ある時点の静態的流通機構であり,物的流通過程や売買過程をとおして流れる現実の姿をとらえることはできない。

 農産物価格は変動きわまりない。しかし,そこにはいくつかの特徴がある。第一は長期的需給構造を反映する側面,長期的な高騰,低迷,下落の傾向としてあらわれる部分である。第二は景気変動による食糧需要の増減,あるいは価格に対する農家独特の供給対応によって引き起こされる循環変動の部分である(エッグサイクル,ピッグサイクル,キャトルサイクルなど)。第三は消費の季節変化にもとづく一年周期の価格変動,すなわち季節変動部分である。
数理統計学は過去の価格変動に見られるあるパターンの繰り返しに注目し,数学的な仮定と形式化をくわえて現実の価格変動を上記の3つに分ける統計的方法を考案した。時系列解析がそれである。この方法は,移動平均法による循環の消去,最小二乗法による回帰直線の推定,連鎖比率法による季節変動指数の推定などの方法を順次適用して現実の経済的時系列をトレンド,循環変動,季節変動指数にそれぞれ独立に分解して示すものである。

 第二次世界大戦後,アメリカ商務省センサス局は大型コンピュータを駆使して膨大な計算をともなう時系列解析の新たな方法を開発した。これがセンサス局法である。日本では経済企画庁により,日本の事情にあわせてこれを修正した方法(EPA法)が開発された。筆者は参考に,このEPA法を使った昭和41年1月から54年12月までの月別卵価変動のトレンド,エッグサイクル,季節変動,不規則変動への分解例を掲げ,この結果を用いて農産物の需要構造における特質や変化を解明している。

筆者によれば,そのポイントは1972-3年の国際食糧危機と第一次石油危機を転機に卵価変動がその様相を変えたこと,とりわけエッグサイクル(周期25カ月から32カ月へ)に,また季節変動(波長の縮小)にあらわれたこと,その背景に採卵鶏経営者の飼料高・卵価安への対応を遅らせる姿勢がったことである。この時系列解析の結果を将来に延長して予測する試みがあるが,価格変動を引き起こす農産物の需要構造に大きな変化があれば,その予測はままならない。
最後に筆者は物価指数について簡単に触れている。注意すべきは総合指数である。ここではラスパイレス式の考え方,とくに銘柄のウェイト付けの意味に重点をおいた解説になっている。関連して総務庁消費者物価指数の特徴と問題点に言及している。後者に関しては筆者が私大の組合の執行部に入ったときのベア交渉での経験を引いて,官庁の消費者物価指数を交渉に使う際の問題点を述べている。要約すれば,ベア交渉には,消費者物価指数の難点(非消費支出[税金,社会保険料など]が無視されていることなど)を自覚しつつ,社会的に必要な生計費計算の積算が必要であり,そのためには家計簿運動が前提となる。

吉田忠「(2章)農産物需給と食糧消費を見る」『農業統計の作成と利用(食糧・農業問題全集 20)』農山漁村文化協会,1987年

2016-10-09 11:36:07 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
吉田忠「(2章)農産物需給と食糧消費を見る」『農業統計の作成と利用(食糧・農業問題全集 20)』農山漁村文化協会,1987年

 筆者は本章で農産物需給と食糧消費の問題を統計でどこまで解明できるかを、実例を示しながら示唆している。最初に注意すべきことを確認している。それは統計資料や統計指標を使って農業問題に接近するとき、既存の統計資料から出発してそれから把握可能な範囲に問題を限定してはならず、既存の統計資料でどの側面を明らかにしうるか、あるいはどの側面を明らかにしえないか、を確認する姿勢でのぞむべきということである。

 まず農産物需給の問題の解明である。農産物需給問題を農業問題の一局面としてとらえるとき、これは長期的構造的視角からとらえられなければならない。近代経済学でなされるような、「他の条件を一定に」して需要曲線と供給曲線のあてはめだけで問題に接近するのでは一面的の誹りを免れない。実際に調査を行うには、需要と供給とが現実に絡み合う過程を、需要者と供給者との固定によって観察しなければならない。

需要者サイドでみると、最終需要者としての家計集団あるいはまた中間需要者としての家族経営や企業の集団に関し、時点と範囲を固定して調査単位や調査項目を確定することで統計調査が可能になる。最終需要の全体像を与えてくれる実際の統計は、家計調査(総務省)と農家経済調査(農林水産省)である。中間需要者に関しては、事業所統計調査、工業統計調査、商業統計調査(以上は、この論稿執筆当時)ということになっているが、それらから得られる統計は部分的である。

供給サイドでみると、農産物は国内生産と輸入からなり、前者は農林水産省の生産統計から、後者は財務省の貿易統計からとらえられる。

 現状では農産物ないし食糧の需給構造での部門別段階別全体像(単年度実績)は、統計資料だけから把握されえない。そのためいくつかの統計資料を組み合わせ、さらに推計を加えて作成した加工統計資料が利用される。その代表的なものは、食糧需給表と産業連関表である。

 食糧需給表は、生産統計からの推計によって作成されている。具体的算出方法は、次のとおりである。
国内消費仕向け量=国内生産量+輸入量―輸出量±在庫増減量
粗食料=国内消費仕向け量-飼料用-種子用-加工用-減耗量
純食料=粗食料×歩留り
一人一日当たり供給量=純食料÷総人口÷365
 純食料の成分を科学技術庁「日本食品標準成分表」で換算し、一人一日当たりカロリー摂取量を算出

 ここで国内生産量、輸出入量、飼料用、種子用、加工用、総人口などの値は既存の統計資料から求められるが減耗量、歩留りなどは推計による。注意すべきは、推計で使われる係数の多くが「標準値」で、事実的基礎がないことである。特に歩留りは、牛豚では生体から枝肉へ、鶏卵ではからつきから液卵へというように農産物のある形態を前提としている。

 食糧需給表は供給に近い段階での需要構成に詳しいが、最終需要に接近するにしたがって粗くなる。しかし、この表は農産物ないし食糧の単年度需給実績を見るときに、よく利用される。
産業連関表からは農産物ないし食糧の需給実績の部門別段階別全体像を知ることができる。そこには食糧需給表では把握できない食品加工部門や外食部門の需要が、段階別に示される。ただし、品目別の需給実績は知りえず、また毎年作成されないという点で食糧需給表の利用価値に劣る。また産業連関表に表示されるのは事後的需給であり、需給ギャップの構造などを把握できない。

 筆者は次に実際に統計資料を使って食糧消費の全体像の把握を試み、またエンゲル係数を通じた食糧消費構造の分析を行っている。最初に家計調査で主要食糧(うるち米、パン、麺類、鮮魚、牛肉、豚肉、鶏肉、牛乳、鶏卵、生鮮野菜、リンゴ、みかん、外食)の家庭内消費の構造を検討している。検討の結果、米の消費が昭和30年代半ばから減少していること、50年代に入って牛肉を除く全部の食糧が停ないし減少していること、インフレによる価格騰貴によって生鮮野菜、鮮魚、リンゴ等でいわゆる高級化による急騰があること外食のシェアが大きくなっていること、こづかいのウェイトが高くなっていることなどが指摘されている。家計調査を基軸に、他の統計資料や実態調査資料を利用することで、ある特定の年における食糧消費の全体像を描くことができる。それを時系列に並べると、食生活の構造と要因に迫る需要な基礎的資料を得ることができる。

 次にエンゲル係数の利用である。家計調査でエンゲル係数を計算すると、所得ないし消費支出の高さと逆行的にこの係数が下がる規則性を観察できる。筆者が注目するのは、昭和39年のエンゲル係数の国際比較である。日本のそれが例外的に低い値になっている。その理由はこの時期にもまだ残っていた米食型食生活構造(米飯、味噌汁、漬物、魚の干物)にある。すなわち、この構造は比較的安価で成立しえたのである。

 さらに筆者は需要の弾力性の検討である。掲げられている表は、家計調査の付表にある年間収入階級別数値から割りだした用途分類項目の支出弾力性係数である。支出弾力性係数は、消費支出の総額の変化に対するそれぞれの項目への支出の変化の弾力性である。人によっては、ある食糧に関する需要の所得弾力性や価格弾力性をその食糧に固有なものとみなすが、その内実はある年の消費支出の変化とある項目の変化との間に見られる統計的規則性を支出弾力性という統計指標での要約にすぎない。一定の時系列データからもとめた支出弾力性には、弾力性算出のために利用した過去の期間の間のある食糧の消費構造が予測期間でも基本的に変わらないという仮定が前提としてある。現在のような激動の時代にこの前提が充たされることはほとんどありえない。それを確かめようとせず、支出弾力性がある食糧に固有なものと扱うことは誤りである。