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社会統計学の伝統とその継承

社会統計学の論文の要約を掲載します。

岩井浩「アメリカの1930年失業センサスについて-『失業調査表の検討』-」(関西大学経済・政治研究所『雇用・失業問題の研究(Ⅱ)』「研究双書」68冊)1989年3月

2016-10-09 17:42:24 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
岩井浩「アメリカの1930年失業センサスについて-『失業調査表の検討』-」(関西大学経済・政治研究所『雇用・失業問題の研究(Ⅱ)』「研究双書」68冊)1989年3月(『労働力・雇用・失業統計の国際的展開』梓出版社,1992年)

 本稿の内容は,以下のとおりである。
アメリカでは,1930年4月に失業センサスが実施された。具体的には,1930年4月の人口センサスに「失業調査票」が組み込まれる形態がとられた。
それまで,失業者に関する調査と言えば,センサスの調査票に失業項目を挿入する形で1880年センサスから初めて実施され,1890年センサス,1900年センサスに継承されていた。採用された方式は,有業者方式(平常に収入のある職業に従事している者)であった。しかし,この方法は,10歳以上の有業者に対して調査前年に失業していた月数を述べさせる質問で,その際,失業者,失業期間の規定が不明確だったがゆえに,調査に対する回答は非調査者の主観的判断に依存するケースが多く,その信頼性には幾多の疑問が投げ変えられた。この弊を改善する目的で,1930年人口センサスは,「人口センサス票」とともに「失業センサス票」をそなえ,失業調査が独自の課題として位置づけられた。採用された方式は従来と同様の有業者方式であったが,「調査員が訪問する前日の実際の失業」が調査されるようになり,この点で労働力方式への転換の契機が含まれていた。

 このような失業センサスが実施されるまでには,どのようなプロセスがあったのだろうか。1930年の第15回合衆国人口センサスの企画・設計に際し,アメリカ上院「教育・労働委員会」は,アメリカの失業に関する公聴会を開催した。労働統計局長スチュアートは,公聴会の証言などにより,労働統計局の失業推計に不十分さが多くあることを認め,現実に存在する失業状態を把握するためにはアメリカ全体にわたる包括的な失業調査が必要であるとの認識から,1930年アメリカ人口センサスが失業センサスを抱き込んで実施されなければならないこと強調した。
 当時,世界恐慌が資本主義諸国を震撼させていた。各方面からの大きな期待のなかで実施された上記の失業センサスの結果は,意に反して各界から厳しい批判を蒙った。それは有業方式にのっとって得られた調査結果が満足のいく成果を収めなったからであった。このような背景のなかで,労働統計局が中心となって「雇用に関する大統領諮問委員会」が組織され(1930年10月),雇用・失業統計の改善,充実化,とりわけ労働力方式の採用が検討された。これを契機に労働力方式による失業調査は,1933年以降の「ニューディール」政策の手段としての失業救済調査と救済失業の諸形態の研究,また各州・市の失業調査の過程で形成されていくことになった。

 筆者は上記の解説を行った後,「「失業調査票」の企画・設計について」「合衆国センサスにおける「失業調査票」と失業分類について」「失業センサスの結果と評価について」と順に考察している。

「「失業調査票」の企画・設計について」では,調査票の設計をめぐって,合衆国センサス局と「アメリカ統計協会の政府労働統計に関する委員会」(以下,労働委員会と略)との間に見解の対立があり,筆者はそれを中心に調査票設計の概要を紹介している。具体的には,「失業センサスに関するセンサス諮問委員会」による失業調査票の提案,それに対する労働委員会の3つの批判論点の提示(①自営業者が対象に含められていること,②職業が通常パートタイムベースであるものが調査対象に含められていること,③調査時期が調査員訪問の一日前であることから生ずる問題),労働委員会による調査票案の対置と勧告,労働統計委員会の勧告の立場からのセンサス局提案への批判,センサス局による当初のプランの実施主張である。
「合衆国センサスにおける「失業調査票」と失業分類について」では,失業調査票と調査報告,調査員記入心得,失業調査票のためのコード化心得を中心に,失業調査の調査標識(調査項目)の基本的枠組みと諸規定(調査単位,調査標識の規定),その分類標識,分類方法が紹介されている。失業調査票の基本的調査標識は,「商務省センサス局第15回合衆国人口センサス:1930年失業調査票」にもとづく説明である(p.111)。注目すべきは,失業調査の結果にもとづく次の7つの基本的指標分類である。

クラスA:仕事がなく,かつ働くことができて,求職している者
クラスB:仕事をもっているが,給与なしのレイオフ者(病気か自発的失業の者は除く)
クラスC:仕事がなく,働くことができない者
クラスD:仕事をもっているが,病気か障害のために失業している者
クラスE:仕事がなく,求職していない者
クラスF:仕事をもっていが,給与なしの自発的失業
クラスG:仕事をもち,就業していないが(休暇など),給与の支払いを受けている者

「失業センサスの結果と評価について」では,調査結果(合衆国階級別・性別失業回答,特別調査区の性別失業階級[1931年1月]),失業センサスの概念と方法の問題点(失業センサスの企画・設計),調査項目(有業者の規定,失業者の規定と失業の階級分類)に関する主要論点の紹介がある。大規模に,多くの期待が寄せられて実施された失業センサスであったが,結局,この調査が失業者数を過小評価している,1930年失業センサスと1931年の失業特別調査との失業者数(同一の都市地域)に大きな乖離があるなどの問題点が指摘された。いきおい,10年ごとの人口センサスに付随させて,時々の経済状況によって変動する失業者の調査を行うこと,人口調査票と失業調査票を分離して運用することが適当でない,失業調査票の対象者となる者が調査員訪問の一日前の情報で左右されるのは妥当でない,失業センサスの調査標識(質問項目)は有業者,仕事の有無,失業(休業,離職)理由などの回答で,調査員と被調査者の間で主観的に判断され,裁量されてしまうことが多いなど,調査結果の正確性,客観性に疑問がよせられる結果となった。

岩井浩「失業救済と労働力方式」『統計学』第57号,1989年9月

2016-10-09 17:40:04 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
岩井浩「失業救済と労働力方式」(『統計学』第57号,1989年9月(「失業センサスと労働力方式」『労働力・雇用・失業統計の国際的展開』梓出版社,1992年)

 労働力方式の雇用・失業調査(労働力調査)の原基形態は,1930年代の世界第恐慌と大量の失業者の排出を背景に,「ニューディール政策」政策,とりわけWPAの雇用計画のもとで実施された失業救済調査,州・市の失業センサス,失業調査の実施過程で形成された。本稿は,「ニューディール」期の代表的な州失業センサス(マサチューセッツ州,ミシガン州失業センサス)をとりあげ,その基本的概念と方法,その雇用状態の規定と分類を検討し,労働力方式の基本的形態と特質を考察している。

 まず,マサチューセッツ州失業センサスについて。目的は,州の355の都市と町における1934年2月に失業者数に関する信頼すべき情報を得ることであった。センサス結果は,人種,性,年齢,全ての失業者の平常の職業,失業の原因と期間別で分類された。この失業センサスと関連して,ボストン市民の1933年後半6か月間の健康センサスが実施された。調査対象は,355の都市と町の人口集団,家族調査・健康調査は全ての年齢人口,失業調査は14歳以上の人口である。調査単位は世帯である。調査時期は,1934年1月2日(実際には10日までに全州にわたって実施され,遅れたものは5月1日までに全調査完了)。

実際の「家族調査票」(p.174)と「個人失業調査票」(p.175)が掲載されている。後者の調査表では,14歳以上人口の雇用状態に関し,完全に失業していたか,政府事業計画か私的事業のいずれかに臨時に雇用されていたか,パートタイムで雇用されていたか,が調査された。調査項目は,名前,世帯主との関係,性,人種,平常の職業,平常雇用されている産業,当座の職業,失業期間,失業の理由,働く能力と就業希望であった。総人口は14歳以上人口と14歳未満人口に分類され,前者はその調査期間における雇用状態によって,失業者(完全失業者,政府計画への臨時の就業者,私的計画への臨時の就業者),雇用者(パートタイム就業者,フルタイム就業者),非求職者に分類された。前二者が雇用可能人口である。センサスでは「健康センサス」が実施されたこともあり,特に病人・障害者の雇用状態が検討され,分類された(雇用者,失業者,非求職者)。「失業の理由」に関しては,①経済的条件,②季節性,③障害,④自発的離職,⑤その他,に分類された。

 次に,ミシガン州人口・失業センサスについて。主要目的は,職業階級別の失業の範囲の正確な推定を得ることと,1930年以来生じた職業の主要な変動,仕事の変動,労働の場所の移動の可能な限りの完全な描写を得ること,であった。あわせて1930年合衆国失業センサスの結果との対比を目的に,失業労働者の個人的,職業的特性と有業者との特性の比較ができるように15歳以上人口の雇用状態の特性の詳細な分析が意図された。さらに,失業者が出た社会的背景を明らかにするために,州人口の特性と構成に関する項目が用意された。調査対象は,人口の社会的特性に関しては,ミシガン州の全人口,失業調査に関しては15歳以上人口であった。調査時期は,1935年1月14日以前の1か月であった(実際の調査は1月14日より多少遅れ,一部は4月にずれ込んだ)。

調査表の基本的枠組みは以下のとおり(pp.180-81)。調査票は主に二つの部分から成る。第一の部分は被調査者の基本的属性,第二の部分は就業・失業の状態に関する項目である。失業センサスでは,調査時点で15歳以上人口の雇用状態が以下のように分類された。すなわち,雇用可能者は,「雇用者(a.収入のある就業者,b.無給家族従業者,c.休業者)」と「失業者(d.前職ありの完全失業者,e.前職なしの完全失業者,f.事業救済従事者)」である。これらは1930年失業センサスの調査結果との比較の必要上,雇用規定と分類は後者に準拠した。ミシガン州の失業センサスでは,就業者は,収入のある就業者,収入のない就業者,一時的休業者に分類され,失業者は,求職活動を条件とし,前職ありの失業者,前職なしの失業者,事業救済者に分類され,労働力方式の基本概念と方法が盛り込まれた。ミシガン人口・失業センサスの基本的調査結果は,その総括表が掲載されている(p.183)。

岩井浩「失業救済調査と労働力方式の形成-『失業救済調査表』を中心に-」『経済論集』第39巻第2号,1989年7月

2016-10-09 14:46:12 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
岩井浩「失業救済調査と労働力方式の形成-『失業救済調査表』を中心に-」『経済論集』(関西大学)第39巻第2号,1989年7月(『労働力・雇用・失業統計の国際的展開』梓出版社,1992年)

アメリカにおける労働力方式の失業調査の概念と方法は,1933年以降の「ニューディール」期の各州・市の調査統計部と州・市の失業救済機関の協力によって実施された多くの失業調査,失業センサス(とりわけ1935年の「ミシガン州人口・失業センサス」)と1937年失業センサス(失業登録センサスとチェック・センサス)を契機として発展した。それは,一定年齢以上の人口の現在の雇用状態(就業,失業,非求職の状態)の把握を調査目的とする。このような方式の失業調査,失業センサスの基本概念と方法の形成に影響を及ぼし,その基礎的・端緒的形態を生み出したのは,FERAとWPAが実施した,失業救済を受けている家族と構成員に関する「失業救済調査」(失業救済機関の救済台帳にもとづく調査)の調査研究であった。「失業救済調査」は,家族を調査単位として,その構成員が調査される。それゆえに,失業問題はおのずから個人の失業状態と家族(世帯)のそれの双方で研究される。

 本稿では,FERA(連邦緊急救済局)あるいはWPA(雇用促進局)による失業救済受給者の調査と救済受給者の諸形態の研究が考察されている。両者の「失業救済調査」は,1933年10月の第一回「失業センサス」をはじめ,1934-35年の都市での救済受給者の調査,1933-35年の地方(農村)での救済受給者の調査,1935年3月の都市・地方をあわせたWPAの救済労働者センサスなどがある。「失業救済調査」の基礎には,救済家族の雇用可能性と雇用状態の諸概念の規定と調査方法の研究がある。「失業救済調査票」の作成は,その研究を踏まえて行われた。筆者は,その「失業救済調査票」にそくして,失業救済調査における救済受給者の「雇用状態」の規定とその調査標識の検討を中心に,(1)失業救済センサス,(2)都市の救済受給者の調査,(3)地方の救済受給者の調査,(4)失業救済と労働力方式の順で,当該問題を考察している。

 「(1)失業救済センサス」では,1933年10月に実施された「失業救済センサス」が,調査票(pp.138-9)を軸に,紹介されている。失業救済受給者の台帳にもとづいて,失業救済状況を調査票に記入したのは,関係救済機関の職員である。
 調査単位は,救済受給の家族または世帯と非家族居住者である。調査項目は,(1)救済提供の機関の名称,(2)家族または非家族の居住者の名前と住所,(3)家族または非家族の居住場所,(4)人種,(5)家族構成員の世帯主との続柄,性,年齢,非家族の居住者の性,年齢である。センサスでは,このような救済家族・非家族居住者の一般的特性が調査された。その社会・経済的特性(学歴,職業,産業,収入,雇用状態など)の調査は,1933-35年の都市地域・地方の救済受給者の調査,救済労働者センサスで実施された。調査結果は表の形で本文中に掲げられているが,特徴として1930年人口にしめる失業救済家族員数が10%を超える大都市が多数をしめ,また白人に対し黒人のその割合は3倍を超えた。ただし,失業救済センサスと1930年人口センサスとの対比において,時間的,社会・経済的状況の差異,両調査の家族の定義の違いなど,種々の問題が指摘され,また救済データそのものの客観性を検討する必要性が問われた。

 「(2)都市の救済受給者の調査」では,都市地域の救済受給者,救済労働者の特性を調査したFERAによる研究(1934-35)が紹介されている。その成果は,『救済受給者の職業特性の調査』(1934年5月),『都市救済人口の変貌する諸局面の調査』[WPA](1935年),『救済労働者センサス』[WPA](1935年3月)である。本文では,後者の2つが,調査票を中心に取り上げられ,考察されている。 

 調査目的は,都市救済台帳の労働者の雇用経験と職業的特性に関する情報の収集であった。調査者の主要な関心は,前職があって,求職していたと回答した失業労働者の状況(副次的救済を受け,私的産業に雇用されていた者と多くの都市センターで救済の残余グループを構成する長期の失業者の実態解明)の把握であった。調査方法には,標本調査法が採用され,FERAの調査監督官の指揮のもとに調査員による面接法によった。調査時期は,1934年5月であった。調査標識は,以下の項目から構成されていた。救済家族の属性と社会的特性,救済受給者の雇用状態,16歳以上のすべての者の肉体的,精神的障害の有無,失業労働者のなかの非求職者に対してその理由。筆者は以上の調査設計を示し,特に重要な「救済受給者の雇用状態」について詳述したあと,調査の結果表を一覧(「8都市における総失業労働者と16-64歳の救済失業労働者」)している(p.155)。付随して,連邦失業救済事業計画(WPA)の遂行のために「救済労働者の技能目録の作成を目的とした「救済労働者センサス」(1935年3月)の紹介がある。

 「(3)地方の救済受給者の調査」では,1933年10月の合衆国失業センサスと同時に,地方の救済世帯と非救済世帯の諸特性の比較を目的に実施された「地方救済世帯・地方非救済世帯の調査」(1933年10月)が紹介されている。19州が選択され,13のタイプの農業地域を代表する47の標本郡で実施された。その成果は,WPAの調査研究シリーズ(Ⅱ)『救済世帯と非救済世帯との比較研究』として公刊された。救済世帯はさらに急増したため,調査研究は継続して実施された。1935年1月とそれに続く月の「9の農業地域を代表する138の標本郡」での調査がそれである。地方救済受給者は,都市でのそれとは異なる固有の特徴があるので,筆者は地方救済人口の変動の調査の雇用状態に関する「調査票」を中心に,救済受給者の雇用状態の変動,雇用状態の諸特性の問題を考察している。

 以上のように1933年から始まった「ニューディール」期のFERAとWPAの失業救済調査(「失業救済センサス」「都市の救済受給者の調査」「地方の救済受給者の調査」「救済労働者センサス」)および救済受給の諸形態,諸特性の研究は,連邦の失業救済政策遂行のための基礎資料を提供し,失業調査方式の発展に,とりわけ労働力方式の基礎概念と方法の定着に大きな役割を果たした。この調査と研究の過程では,1930年合衆国失業センサスの概念と方法との突合せ,それらの調査結果の比較,対照が行われ,救済受給者家族とその構成員に関する調査時点での現在の雇用状態を把握するための「調査票」の設計・運用が試みられた。
本稿は,それらの調査表に立ち返りながら,この時期の失業調査の実態を解明した貴重な論文である。

芳賀寛「所得分布不平等尺度の現代的形態」『経済分析と統計利用-産業連関論および所得分布論とその適用をめぐって-』梓出版社

2016-10-09 14:39:12 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
芳賀寛「所得分布不平等尺度の現代的形態」『経済分析と統計利用-産業連関論および所得分布論とその適用をめぐって-』梓出版社(「所得分布不平等尺度の現代的形態-アトキンソン尺度について-」『統計学』(経済統計学会)第56号,1989年)

 筆者は本稿の課題をアトキンソン尺度について,社会厚生関数との関連性に重点をおきながら仮説例を用いて説明し,方法論的観点から検討することとしている。筆者の整理によれば,所得分配の不平等についての統計的研究は,(1)分布関数を特定化し,その関数をあらわす式に含まれるパラメータによって所得分布の不均等度を計測するもの(パレート常数,ジニ集中指数)と(2)分布関数の特定化(=分布法則の定立)を前提とせず,もとの所得データから直接に分布の不均等度を測定するもの(ローレンツ曲線,ジニ係数)とに大別できるという。

アトキンソン尺度は,所得分布全体の不均等度の判定方法から(ジニ係数に代表される),所得階層別の不均等度の判定方法への転換点に位置し,所得分配の不平等に関する社会厚生的視点の価値判断を導入している点に独自の性格をもつ。1970年代以降の所得分布研究(豊田尺度など)では,アトキンソン的不平等判定の導入が傾向となっている。社会厚生的見地からの不平等尺度論は所得分布の不平等度の実際の測定にいかなる意義をもつのか,また所得分布の不平等に関する経済分析にどの程度寄与したのか,以上が筆者の問題意識である。

 構成は次のとおりである。「1.はじめに-所得分布研究の概要-」,「2.アトキンソン尺度の定義・公式と計算例」([1]定義および均等分配等価所得,[2]公式と計算例),「3.アトキンソン尺度と社会厚生関数」([1]社会厚生関数の凹性-所得分配平等化の重視-,[2]ローレンツ曲線の交差とアトキンソン尺度-パラメータεの変動の意味-),「4.むすび-“現代的”不平等尺度の特徴と問題点-」。

アトキンソン尺度は,次のように定義される。
A=1-ye/μ μは平均所得額,ye は均等分配等価所得である。

後者は測定対象である所得分布から生じると想定される社会的厚生と同一水準の厚生が完全均等分布の場合に実現されたときの1人当たりの所得である。この概念は,次式で定義される。
U(ye)=(1/n)ΣU(yi), U’ > 0, U”< 0 U(ye)は社会厚生関数

この式は不平等な所得分配のもとにおける各人の所得yi からもたらされる厚生の平均値に等しい社会厚生を,平等な分配によって達成するにはどの程度の所得額があればよいか(ye)を表す。

 均等分配等価所得はこのようにその中身を点検すると,ある一定の型の社会厚生関数を媒介項として得られ,所得分配に関する評価・価値判断を前提としている。この尺度を所得分布の不均等度の測定のためには,社会厚生関数の型の特定化が必要であるとして,筆者はその式を示している(省略)。さらに日本の家計調査(1980年,86年),イギリス,西ドイツのデータを使って計算し,不均等度を判定している。

 アトキンソン尺度の特徴の一つは,ローレンツ曲線が交差する場合に不均等の比較が困難になるという問題を,所得分布と社会厚生とを結びつけて解決することにある。筆者はこの事例を簡単な数値例を使って説明している。その前段でローレンツ曲線が交差しない場合を吟味しているが,それによって明らかにされたことはローレンツ曲線が交差しないときには,社会厚生的見地からの不均等度の判定とローレンツ曲線によるそれとが同等になること,そのための前提条件として社会厚生関数の凹性(所得格差の縮小の重視)が必要なことである。

 ローレンツ曲線が交差する事例では,所得分布に関する2つの数値例,すなわち「y1=10,y2=y3=y4=30」と「y1=y2=y3=15, y4=55」と社会厚生との対応関係に焦点を絞り,パラメータε=0.5の関数型とε=5のそれを使ってアトキンソン尺度を計算すると,2つの関数型でU(ye)の大小関係が,したがって社会厚生の大小関係が逆転した編亭結果が出る。このU(ye)の大小関係が逆転する理由は,高所得層にウェイトがかかる所得分布ほど,εの変動による社会厚生の変動が大きくなることにある。

要するに,二本のローレンツ曲線が交差する場合の計算には,アトキンソン尺度におけるεの値の小から大への移動は相対的な意味での高所得層に偏った分布を不均等であるとする価値判断が内在的に含まれるのである。

筆者は最後に要点を与えている。(1)アトキンソン尺度による不平等度の判定では,所得分布の均等化が良とされ,この点でこの尺度は社会厚生的視角から所得格差の縮小を積極的に評価するものさしとして考案されている。(2)アトキンソン尺度はそれまでの尺度論におけるトータルの不平等度の判定から所得階層別の不平等度の判定への転換の契機となったが,この階層別視点の不平等尺度論への導入を可能したのはパラメータεの機動性である。アトキンソン尺度の独自性,すなわちそれ以前の尺度に対する比較優位をこのパラメータεにもとめる見解があるが,それ自体は妥当な評価である。(3)しかし,このことはアトキンソン尺度による不均等度の判定が,所得分配の不平等に関する経済研究に有意義であるとただちに意味しない。アトキンソン尺度が依拠する厚生(効用)概念は客観的に論証されていない(社会厚生関数の不確実性[所得分配にあり方に関する厚生経済学の判断の回避])ので,その有用性に期待をかけるのは拙速である。(4)実務レベルではアトキンソン尺度の実践的機能は評価されていない。それはパラメータεの値が不確実な厚生関数に依るからである。筆者は全体として,アトキンソン尺度による所得分布不均等度の地域間比較あるいは時点比較は,所得分配の不平等に関する経済分析に有効でないと結論付けている。構成概念の媒介によらない単一尺度による計測を所得分配の不平等に関する実質分析と連携させて用いれば一定の意義をもちうることまでは否定できないけれども。

吉田忠「(第12章)農業統計を予測に使う」『農業統計の作成と利用(食糧・農業問題全集 20)』農山漁村文化協会,1987年

2016-10-09 14:35:01 | 6.社会経済統計の対象・方法・課題
吉田忠「(第12章)農業統計を予測に使う」『農業統計の作成と利用(食糧・農業問題全集 20)』農山漁村文化協会,1987年

 農産物の需要動向や価格変動などの予測は,どのように行われるのだろうか。予測とは過去の時間的な変化を前提に,その傾向を将来に外挿して推測することである。統計資料の数値を時系列で並べ,そこに一定の秩序,規則性が認められれば,それを将来に時間的に得院長して予測値をもとめることができる(ように見える)。時間の変化が示す統計的規則性の存在が大前提である。そのうえで通常は,原データに最小二乗法を適用し,回帰方程式をもとめ,この式を使って予測値をはじき出す。本稿はこの方法のもつ性格,その意義と限界を明らかにすることである。
構成は次のとおり。「1.予測とは何か」「2.最小二乗法による需要関数の求め方;①点のバラツキの「真中」を通る直線を求める-最小二乗法-,②需要関数と需要の所得弾力性」「3.確率モデルの導入による需要予測;①確率モデルの導入と最小二乗法,②最良の推定量としての最小二乗法,③回帰線による将来予測-再び「帰らざる河」への舟出-」

 最小二乗法(The Method of Least Squares)は平面上に散らばる2種類の変数(例えば消費支出と米類あるいは生鮮肉への支出)のN個の点に関し,そこに示される点のバラツキの真中をとおる直線(Y=a + b X)で表すときに適用される方法である。ここであるXに対するY(-)を考え,YとY(-)との差を偏差dとし,この偏差二乗和を最小とする直線(Y=a + b X)のaとbを導き出すと,その一次方程式が回帰方程式となる。これを需要関数とみたてると,経済成長などのある安定した比率での消費支出総額の伸びを予測することができる。回帰式の右辺のXは予測可能なので独立変数として先に値を入れると,それに対応したYの値が形式的に決まる。この関係のゆえに,XはYに対する説明変数,Yは被説明変数と呼ばれる。
      
回帰式のあてはまりの程度は,決定係数 R2 で測られる。この値が低いときに,それを1.0に近づける一つの方法は,直線以外の関数形(両対数線形[一時]方程式)をあてはめることである。両対数線形の需要関数が好んで使われるのは,あてはまりのよさよりも,支出弾力性一定という性質による。しかし,筆者によれば,これはおかしな話で,種々の嗜好や消費パターンをもつ人間集団では,消費支出ないし可処分所得の一定率の増加に対し,例えば生鮮肉支出の増加率はさまざまであり,さらに嗜好や消費パターンの時間的変化を考えると,事態はさらに複雑である。支出弾力性をひとつの数値で代表させることは強引すぎ,本末転倒である。

 最小二乗法は,上記のように,偏差二乗和最小という基準で,平面にばらつく点の真中をとおる直線をもとめる方法である。ここで「偏差二乗和最小を最小にする直線が真中」であるというのは,約束事でしかない。これこそが最良だということを数学的に証明することはできない。最小二乗法による回帰分析は,確率モデルを導入する前の算術平均と全く同じ性質をもった方法である。したがって,最小二乗法も現実の社会科学的実証分析に戻るか,それとも形式的数理的理論の方向に進むかの分岐点にある。

 後者の方向のたどり方は,算術平均の場合と同じである。すなわち,数値の集団を代表する算術平均に関して,算術平均こそ本来のあるべきもので,それ以外は例外的とするためにとられた方法は,その数値を真値と偶然誤差からなっているとみなすこと,すなわち確率モデルを導入ないし擬制することであったが,これと同じことが回帰線をもとめる場合にも行われている。需要関数において,誤差項である確率変数が正規分布にしたがうとする仮定は,より進んだ手続き(たとえばある形の需要関数のあてはめの是非を確率的に判断する[検定する]など)を適用する場合には必要かもしれないが,最小二乗法が想定されたXとYとの本来の関係を表現する方法としてベストであることを示す目的には,必ずしも必要ではない(筆者は,若干の制約をもった確率変数一般であればよい,と述べている)。

 もっとも確率モデルを擬制すれば最小二乗法による回帰直線の係数は最良線形不偏推定量(BLUE)となる。そう言えるのは確率モデルの擬制があらかじめ前提とされるからである。最小二乗推定量がベストになるのは,最初に設定された仮定にもとづく部分が大きい。