蝸牛の歩み

「お話」を作ってみたくなりました。理由はそれだけです。やってみたら結構面白く、「やりたいこと」の一つになっています。

うつむかない

2015-07-15 18:57:12 | 日記
 電車から降りて、駅の階段を下る時も、少女はずっと考えていた。街灯が点灯し始めている道をゆっくり歩き、家についた。夕食をとった時も彼女は物静かだった。普段からそうだったので、父も母も気にはしなかった。
 「ごちそうさま」と言って食卓を立って自分の部屋に入った。
 自分の部屋があることが嬉しかった。
 今日の私の行動はあれでよかったのだろうか。
 最初のお年寄りに対して、私は素直に席を譲ることができた。その人が、お礼も何も言ってくれなかったことも気にならなかった。
 二人目の時、私は少しためらった。疲れていたこともあった。朝練もあり、放課後の文化祭の準備では、何人かの人の身勝手さが目に付き、つい、「私がやるから」と言ってしまった。
 電車の中ではみんな疲れたふりをしていた。それまでスマホをいじっていた人も、おじいさんが近くに来ると、寝たふりをし始めた。
 私はなんてお人よしなんだろう。結局、小さな声で「どうぞ」と言った。
 おじいさんは、降りる時に私の方を向いて「ありがとう」と言ってくれた。
 またおじいさんが私の前に立った。私は意固地になってしまった。もう、立たないぞ、と思った。お人よしの自分が嫌だった。でも、寝たふりも、できなかった。私にできることは、おじいさんの顔を見ないように、ずっと下を向いていることだった。
 あと一駅になった。降りなければならない。私はうつむくのを止めて、おじいさんの顔を見た。立ち上がった私にむかって、おじいさんはにっこり笑って、「ありがとう」と言ってくれた。
 私は、心の中で「そうじゃないんです」と思ったが、言えなかった。押し出されるようにしてドアを出た。
 振り返ると、おじいさんは、私の方を見てまたにっこり笑ってくれた。
 私は涙が出ているのに気が付いた。
 お風呂に入ろうと思った。お風呂の中で大きく伸びをした。パジャマに着替えて、寝ることにした。
 まろが来てくれた。まろは、もうおじいちゃんの歳になる猫だ。辛い時や弱っている時に不思議に来てくれる。まろの顔を見て言った。
 私どうしたらいいんだろう。
 まろは、にゃーとないた。
 さあねぇ。っていうことかな。
 私らしくってなんだろう。意固地なところも私。優しいところも私。私の中にはたくさんの私がいる。
 寝よ。明日は明日だ。私はもう、うつむかない。

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4 コメント

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いろんな私 (SUGAR SHIOYA)
2016-10-20 12:58:12
この夏、3万円を拾って届けてあげた人がケーキを焼いたからお礼です、と家族分を持ってきてくれました。
二か月以上経っていましたが、お庭の花も添えて持ってきてくれ、ご先祖様の仏前にもお供えしました。

財布を落とした時、無事にそのまま戻ったことがあって、その時のお礼のような気持と、もし息子が将来お財布を落とした時、どうぞいい人が息子に返してくれますように、という気持ちでお財布を届けに行ったのですが、こういうのをPAY FORWARDというのだそうです。
PAY BACKはそのままその人へのお返しで、人からしてもらってうれしかったことを他人にすることをPAY FORWARDという、と何かで読みました。

人がみんなPAY FORWARDの精神で生きていけたら、この社会はうんとよくなると思います。
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ありがとうございます (まろ)
2016-10-20 13:16:34
えー、コメントをいただくというのは極めてまれでして、感謝でございます。実は、吉野弘「夕焼け」(ハルキ文庫『吉野弘詩集』)という本がありまして、少女の「その後」を勝手に想像して作りました。PAY FOWARD、いいですね。ホントにそんな世界になるように微力を尽くしたいです。
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借金 (SUGAR SHIOYA)
2016-10-28 12:36:05
山口さんがエッセイの中でこういう物語を紹介していらっしゃいました。

ドイツに赴任中、息子が結核にかかりその治療費をねん出するのにとても苦労した男性を同僚のドイツ人が見て、「私の息子も同じ病気で戦時中に亡くなった。今はストレプトマイシンさえ飲めば治る病気だ。その薬代を私が出してやるから、息子に飲ませなさい。その費用を私にださせてもらっていいだろうか」と申し出たそうです。
それに対して、「YES, YOU MAY」と返したそうです。日本語でならとうてい言えないことばです。「あなたはそうしてよろしい」だなんて。
そして、「でも、あなたは奥さんになんていうのですか?」というと、「給料袋を落としちゃった、とでもいえばいいさ」と返ってきたそうです。
「私は決してこのことを忘れない。そして必ず将来必ずお返しする」というと、「いや、忘れてくれ。どうしても返すというなら、君が返せる経済力をつけたときに、今の君と同じように困っている人々にたいして返してくれ」と付け加えたそうです。

そして、彼は借りた以上のお金を多くの人に返したそうです。「永遠に借金は終わらない」けれども、私はあの時の感謝の気持ちを生涯忘れない、と結んでいる文章を山口さんは紹介されていました。

私は読みながら涙が止まりませんでした。
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捨てたものではない (まろ)
2016-10-28 21:28:58
 がっくりくるような事柄が多くなりつつあります。自分の差別的な意見を堂々と書きつける人、それに対して批判的なことを書くと、ネチネチ絡んでくる人。政府の応援団のような人がこんなにいるとは・・。
 でも、こういう話を読むと、「捨てたもんじゃない」と思うのです。心の平衡が保てます。いい話をありがとうございました。
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