ワニの昼寝

　電車に乗りこんだら、優先座席が空いていた。私も、もう坐ってもいい年齢だ。向かい側に若者が座ってスマホをいじっている。こらこら、お前は年寄か?妊娠でもしているのか?男のくせに。私は気が弱いので注意はしない。注意はしないのだが、思わず、注視してしまった。
　
　若者はラコステのポロシャツを着ている。だが、ロゴマークと、ワニが少し大きい。緑色のワニが赤い口を開けているはずなのだが、口を閉じている。口から何かはみ出ている。手が出ている。どう見ても人間の手だ。ワニが口をもごもごさせると、手は吸い込まれていった。そのままもごもごしている。よくかんで食べるようにと親に教育されたワニらしい。

　しばらくすると、ワニは大きく口を開けた。あくびでもしているのだろうか。そのまま口を締めてしまい、とろんとした眼になった。満腹になると眠たくなるのは人もワニも変わらないようだ。
　もう少し見ていたかったけれど、目的地の駅についてしまった。未練がましく振り返ったが、後ろに長身かつ長髪の若者が立っていたので見ることは出来なかった。

　老人のささやかな楽しみを邪魔するとは最近の若者のマナーはなっていない。