「ワニが大きく口を開けるとチドリ(ワニチドリ)が口のなかへ飛び込んで歯をきれいにする。チドリは(口の中で)餌を取り、ワニはそのお蔭をこうむっていることを知っているので、チドリを害わず、チドリを外へ出したいと思うと、頸を動かして警告し、かまないようにするのである」『動物誌』アリストテレース 岩波文庫 下 p126-7
古くから本種は、ナイルワニと共生関係にあり、ナイルワニの口の中で歯に着いた肉片をついばむとされており、アリストテレスの博物誌にもこの習性が紹介されている。このためワニドリまたはワニチドリとも呼ばれている。しかし、ワニの背中にのることはあるが、ワニの口の中の肉片や食物のかすを食べるという習性については正確な記録がないため、現在では単なる言い伝えに過ぎないとされていることが多い。ウィキペディア「ナイルチドリ」
あっという間の事だった。くしゃみをしてしまった。そのため、歯の間の肉片を掃除してくれていたチドリの内、不幸にも二羽が、鋭い歯で噛みさかれてしまった。
故意ではない。全くの偶然ではあったが、チドリたちを怖れさせるのに十分だった。一羽も来てくれなくなった。歯の間の肉片が異臭を放ち始めた。ナイル川の気候からすれば当然のことだった。何度か水を飲みこんでは吐き出してみたものの、事態は改善しなかった。
最悪の場合、虫歯になるかもしれない。虫歯になって、何も食べられなくなり、死んでいった仲間がいたことは聞いていた。ああ、俺もそうなるのかなぁ、と思っているうちに何日かたった。
陸に上がって甲羅干しをしていた時、頭の近くでチッチッと言う鳴き声がした。眼を開けてみると、チドリが五羽ほどいる。一羽が語りだした。
「大変ですね。お困りでしょう。私たちが掃除して差し上げますよ」
このチドリたちは、私がやってしまったことを知ったうえで、申し出てくれているのだろうか。訊ねてみた。
「知っています。そして、あれが不幸な事故であったという事もね」
「助かるよ、本当に助かる。じゃ、お願いできるかな」
大きく口を開けた。異臭がひどい。歯の掃除をした代償として手に入る新鮮な肉はどこにもないだろう。それでも承知で掃除をしてくれるという。嬉しかった。あとで考えたら、その過剰な嬉しさがいけなかったようだ。
また同じことをやってしまった。大きく口をあけすぎたことが、くしゃみを誘発してしまった。一羽が逃げ遅れ、片足を食いちぎってしまった。
私に話しかけてくれたチドリは無事だったようだ。すぐに飛んできてくれた。
「すまない」と言うのが精いっぱいだった。私はナイルの水底へと沈んでいった。なんでこうなのか。わざわざ助けに来てくれたチドリの足を食いちぎってしまうなんて、すまないではすまないことだ。ずっとここにいて死んでしまおう。あ、息が苦しくなってきた。これで死ねそうだ。
声が聞こえる。あのチドリの声だ。姿が見える。チドリは水に潜れないはずだ。そうか、俺は死んだんだ。だから見えるんだ。
「違います。大丈夫です。誰も傷ついてはいません。とにかく、早く上がってきてください。早く!」
チドリに叱られるとは思っていなかった。浮かんで行って、空気を吸い込んだ。陸にチドリがいた。五羽いる。全員、五体満足だ。足を食いちぎったというのは錯覚だったのか?
「私たちは普通のチドリではありません。一旦死んで霊になったチドリです」
「でも、ちゃんと歯の間から腐った肉を取り出してくれた」
「そうです。今私たちには実体があります。だから、肉を取り出せた。実体を与えてくれたのはあなたなのです」
「俺が?」
「そう、あなたは、歯の間の肉を取り除いてほしいという思いを強く持ちました。そして、其の思いが丁度私たち五羽分あったということなのです」
「五羽分の思い?」
「そうです。ですから、私たちは、足を食いちぎられたように見えても、すぐに再生します。ただ」
「『ただ』・・なんなんだ?」
「ただ、再生するためには自分のやったことに対する強い悔恨が必要なのです。あなたの場合、その悔恨は、死んでしまおうというほど強かった。片足が再生するには十分でした。さぁ、残った仕事をやらせてください」
俺は、口を開けた。あけすぎないように注意しつつ。
「終わりました。もう大丈夫ですよ。それから、他のチドリたちにも事情は話しておきましたから、これからは私たちは必要ありません」
「死んでも、誰かが必要としてくれたら甦れるのか?」
「そうです。強い強い願いがあれば」
それから何年か経ち、俺は死んだ。さて、俺は甦れるのか?俺を強く必要としている誰かがいるのか・・。
古くから本種は、ナイルワニと共生関係にあり、ナイルワニの口の中で歯に着いた肉片をついばむとされており、アリストテレスの博物誌にもこの習性が紹介されている。このためワニドリまたはワニチドリとも呼ばれている。しかし、ワニの背中にのることはあるが、ワニの口の中の肉片や食物のかすを食べるという習性については正確な記録がないため、現在では単なる言い伝えに過ぎないとされていることが多い。ウィキペディア「ナイルチドリ」
あっという間の事だった。くしゃみをしてしまった。そのため、歯の間の肉片を掃除してくれていたチドリの内、不幸にも二羽が、鋭い歯で噛みさかれてしまった。
故意ではない。全くの偶然ではあったが、チドリたちを怖れさせるのに十分だった。一羽も来てくれなくなった。歯の間の肉片が異臭を放ち始めた。ナイル川の気候からすれば当然のことだった。何度か水を飲みこんでは吐き出してみたものの、事態は改善しなかった。
最悪の場合、虫歯になるかもしれない。虫歯になって、何も食べられなくなり、死んでいった仲間がいたことは聞いていた。ああ、俺もそうなるのかなぁ、と思っているうちに何日かたった。
陸に上がって甲羅干しをしていた時、頭の近くでチッチッと言う鳴き声がした。眼を開けてみると、チドリが五羽ほどいる。一羽が語りだした。
「大変ですね。お困りでしょう。私たちが掃除して差し上げますよ」
このチドリたちは、私がやってしまったことを知ったうえで、申し出てくれているのだろうか。訊ねてみた。
「知っています。そして、あれが不幸な事故であったという事もね」
「助かるよ、本当に助かる。じゃ、お願いできるかな」
大きく口を開けた。異臭がひどい。歯の掃除をした代償として手に入る新鮮な肉はどこにもないだろう。それでも承知で掃除をしてくれるという。嬉しかった。あとで考えたら、その過剰な嬉しさがいけなかったようだ。
また同じことをやってしまった。大きく口をあけすぎたことが、くしゃみを誘発してしまった。一羽が逃げ遅れ、片足を食いちぎってしまった。
私に話しかけてくれたチドリは無事だったようだ。すぐに飛んできてくれた。
「すまない」と言うのが精いっぱいだった。私はナイルの水底へと沈んでいった。なんでこうなのか。わざわざ助けに来てくれたチドリの足を食いちぎってしまうなんて、すまないではすまないことだ。ずっとここにいて死んでしまおう。あ、息が苦しくなってきた。これで死ねそうだ。
声が聞こえる。あのチドリの声だ。姿が見える。チドリは水に潜れないはずだ。そうか、俺は死んだんだ。だから見えるんだ。
「違います。大丈夫です。誰も傷ついてはいません。とにかく、早く上がってきてください。早く!」
チドリに叱られるとは思っていなかった。浮かんで行って、空気を吸い込んだ。陸にチドリがいた。五羽いる。全員、五体満足だ。足を食いちぎったというのは錯覚だったのか?
「私たちは普通のチドリではありません。一旦死んで霊になったチドリです」
「でも、ちゃんと歯の間から腐った肉を取り出してくれた」
「そうです。今私たちには実体があります。だから、肉を取り出せた。実体を与えてくれたのはあなたなのです」
「俺が?」
「そう、あなたは、歯の間の肉を取り除いてほしいという思いを強く持ちました。そして、其の思いが丁度私たち五羽分あったということなのです」
「五羽分の思い?」
「そうです。ですから、私たちは、足を食いちぎられたように見えても、すぐに再生します。ただ」
「『ただ』・・なんなんだ?」
「ただ、再生するためには自分のやったことに対する強い悔恨が必要なのです。あなたの場合、その悔恨は、死んでしまおうというほど強かった。片足が再生するには十分でした。さぁ、残った仕事をやらせてください」
俺は、口を開けた。あけすぎないように注意しつつ。
「終わりました。もう大丈夫ですよ。それから、他のチドリたちにも事情は話しておきましたから、これからは私たちは必要ありません」
「死んでも、誰かが必要としてくれたら甦れるのか?」
「そうです。強い強い願いがあれば」
それから何年か経ち、俺は死んだ。さて、俺は甦れるのか?俺を強く必要としている誰かがいるのか・・。
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