静寂の中で

　私の住んでいるところは、やや高台にある。窓から、市街地が見える。ひときわ高いビルには、五つの赤い灯りがともされている。航空機のためのものだろうか。
　マンションも立ち並び、其々の家に明かりがともっている。
　マンションやビルの間を縫って電車が走っているのが見える。ここから見ていて、動きのあるものと言えばそれぐらいのものだろう。
　道路も見えず、したがってヘッドライトを照らしながら走る車も見えない。
　学生の時に暮らしていたアパートの小さなベランダからは、山の方へと昇ってくる車が見えた。

　高速道路も遠いから見えない。夜になるとすべての音が消えたようになって静かになる。
　時折、どこか近くの家の住人だろうか、とんでもない大きなくしゃみの音が聞こえてくるときがある。

　ところが、つい一週間ほどまえから、夜の9時きっかりにトランペットの音色が聴こえてくるようになった。誰がどこで吹いているのか全く分からない。ただ、上の方から響いてくるという感じはある。ニュースにも新聞にも取り上げられていないというのも不思議だが、確かに聴こえる。

　一番最初は、映画「朝な夕なに」に使われた曲だった。こういう時に、歳をとっているというのは良いことで、あの映画も見たし、あの曲も聴いた。演奏が終わると、また静寂が戻って来る。
　三日、同じ曲が続いた。

　四日目に「主よ人の望みの喜びよ」が始まった。

　今日の9時には何の曲が流れるのだろうか。