しばらく沈黙が続いた後、夢は、また話しだしました。
「あのね、四小さん。わたし、四小さんとの約束果たせなかった、ごめんね。」
「え、わたし、夢ちゃんと何か約束した?」
四小が、『そんなことあったかしら。』というような顔で夢を見ながら言うと、夢は、
「うん。あの鉄棒で逆上がりができなかった時・・・・・」
と、遠く校庭の向こうに見える鉄棒を指さして、
「四小さん、わたしを励ましてくれたよね。覚えてる?」
と、四小に訊きました。四小が、『ああ、そういえば。』と思い、
「ええ。」
と答えると、夢は
「あの時、わたし、心の中で思ったの。卒業までに、逆上がりできるようになるって。
でも、だめだった。できなかったの、どんなに練習しても。」
と下をむき、地面を見ながら四小に言いました。四小は、夢を慰めるように、
「いいのよ、できなくたって。本当はね、わたし、思っていたの。逆上がり、
できるようにならなくたって別にいいって。だから、気にしないで。わたしの方こそ
ごめんなさいね。励ましたつもりが、なんか夢ちゃんに負担かけちゃったみたいね。」
と優しく話しかけました。夢は、顔を上げて大きく首を振って言いました。
「ううん、そんなことない。あの時、四小さんが励ましてくれたおかげで、わたし、
一所懸命練習できたもの。あれがなかったら、わたし、できなかった。ありがとう
四小さん。」
「どういたしまして。」
四小は夢の言葉に、にこっと笑って答えました。四小と語りあううちに、夢には
四十三年前の一年生の頃のことが、次々と思い出されてくるのでした。時間は
またたく間に過ぎていきます。四小と語りあいだして、どのくらいたったでしょうか。
ふと気がつくと、空は茜色に染まり、もう、夕方になっていました。夢は、
「いけない、もうこんな時間、帰らなくちゃ。」
と、あわてて立ち上がり、おしりの汚れをはたくと四小に言いました。
「四小さん、久しぶりに会えて、それだけじゃなくお話することもできて、すごく
すご~くうれしかった。まさか、お話できるとは思ってなかったから。本当に
今日はありがとう。また、来るから。待っててね。」
「ええ、楽しみにしてるわ。」
夢は、
「またね。また、必ず来るから。」
そう、一人呟くように言うと、四小の方を振り返り振り返り帰っていきました。
四小は、夢の帰って行く後ろ姿を見送りながら、「ほぅーっ」とひとつ小さなため息を
つきました。そして呟きます。
「わたしは、あと、どれくらいこうしていられるのかしら。」
その眼からは、涙が幾重にも重なって零れ落ちていました。