風の向こうに  

前半・子供時代を思い出して、ファンタジィー童話を書いています。
後半・日本が危ないと知り、やれることがあればと・・・。

風の向こうに(第三部)四小編 其の六

2010-04-12 22:13:39 | 大人の童話

しばらく沈黙が続いた後、夢は、また話しだしました。

「あのね、四小さん。わたし、四小さんとの約束果たせなかった、ごめんね。」

「え、わたし、夢ちゃんと何か約束した?」

四小が、『そんなことあったかしら。』というような顔で夢を見ながら言うと、夢は、

「うん。あの鉄棒で逆上がりができなかった時・・・・・」

と、遠く校庭の向こうに見える鉄棒を指さして、

「四小さん、わたしを励ましてくれたよね。覚えてる?」

と、四小に訊きました。四小が、『ああ、そういえば。』と思い、

「ええ。」

と答えると、夢は

「あの時、わたし、心の中で思ったの。卒業までに、逆上がりできるようになるって。

でも、だめだった。できなかったの、どんなに練習しても。」

と下をむき、地面を見ながら四小に言いました。四小は、夢を慰めるように、

「いいのよ、できなくたって。本当はね、わたし、思っていたの。逆上がり、

できるようにならなくたって別にいいって。だから、気にしないで。わたしの方こそ

ごめんなさいね。励ましたつもりが、なんか夢ちゃんに負担かけちゃったみたいね。」

と優しく話しかけました。夢は、顔を上げて大きく首を振って言いました。

「ううん、そんなことない。あの時、四小さんが励ましてくれたおかげで、わたし、

一所懸命練習できたもの。あれがなかったら、わたし、できなかった。ありがとう

四小さん。」

「どういたしまして。」

四小は夢の言葉に、にこっと笑って答えました。四小と語りあううちに、夢には

四十三年前の一年生の頃のことが、次々と思い出されてくるのでした。時間は

またたく間に過ぎていきます。四小と語りあいだして、どのくらいたったでしょうか。

ふと気がつくと、空は茜色に染まり、もう、夕方になっていました。夢は、

「いけない、もうこんな時間、帰らなくちゃ。」

と、あわてて立ち上がり、おしりの汚れをはたくと四小に言いました。

「四小さん、久しぶりに会えて、それだけじゃなくお話することもできて、すごく

すご~くうれしかった。まさか、お話できるとは思ってなかったから。本当に

今日はありがとう。また、来るから。待っててね。」

「ええ、楽しみにしてるわ。」

夢は、

「またね。また、必ず来るから。」

そう、一人呟くように言うと、四小の方を振り返り振り返り帰っていきました。

四小は、夢の帰って行く後ろ姿を見送りながら、「ほぅーっ」とひとつ小さなため息を

つきました。そして呟きます。

「わたしは、あと、どれくらいこうしていられるのかしら。」

その眼からは、涙が幾重にも重なって零れ落ちていました。