東北アルパインスキー日誌 ブログ

東北南部の山での山スキー、山歩き、山釣りなどと共に、田舎暮らしなどの話を交えながら綴っています。

48年前の古いヒマラヤの記憶 1975年10月

2024年06月09日 | ヒマラヤ
19歳で社会人山岳会の門をたたきクライミングを初めて3年目、ネパールのアンナプルナサウス(7219m)の北峰の未踏ルートを目指した登山隊に参加したが、厳しいナイフリッジに歯が立たずあえなく敗退。
今思えば無謀な計画でとても我々が手に負えるルートではなかったが、この頃からヒマラヤ至上主義の世界に足を踏み入れてしまった。
当時はヒマラヤと仕事のどちらが大事かと言われると仕事を捨てて参加するのが常識だった。こんなヤクザ的な山屋の世界にいたが結局自分では物にならず、ヒマラヤ登山は中途半端な結果で終わってしまった。その後2隊が同じルートを目指したが成功していない。
(一部のスライドは同行したTさんより)
 
 
 
アンナプルナサウス (7219m) 北峰
背景はアンナプルナ1峰(8091 m) 南壁
この尾根の突破に2週間位を要した。
「トサカ尾根」と称するリッジを辿る。
固定ロープは有るが落ちると果たして止まるのか?
中央の1段目のバンド迄達して退却。
C2を眼下にルートは続く。バックはマチャプチャレ( 6,993 m)
アンナプルナ内院のファング(7616m)
北峰に至る急峻なアイスリッジを目指したが敗退。
C2付近にて足跡の様なものを発見。
平均年齢25年位のシェルパレスのビンボー登山隊。つまり、シェルパを雇う金がなかった。
 
【関連サイト】 東北アルパインスキー日誌
 
コメント
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