聖書外典の記述でありながら
カトリック世界では必要不可欠な信仰の中心をなす
出来事のひとつが「聖母マリア被昇天」。
現在は8月15日が「被昇天祭」になり、祝日となっています。
キリストの使徒たちの手によって
Giosafat(ヨザファト)の渓谷にある墓地まで運ばれた
聖母マリアの亡骸をたたえた棺。
棺が墓地に置かれると
たくさんの天使を引き連れたキリストが姿を現して
聖母マリアの魂を天へ引き揚げます。
芸術作品ではキリストの姿は父なる神として描かれることも多く
大天使ガブリエルが棺の蓋を開けて
聖母マリアの肉体を自由にすると、魂は肉体と融合して
晴れやかに天空に上っていくように描かれます。
天使に伴われて聖母マリアが天に昇ると
その後にはシンプルな空の棺が残され、
棺の中にゆりの花やバラの花が
咲き乱れているように表現されます。
これは聖母マリアの肉体ごと天空に召されたことを示しています。
ゆりの花もバラの花も聖母マリアの代名詞として
宗教絵画の中ではよく用いられるモチーフです。
この晴れやかな儀式になぜか居合わせず、
遅れて登場するのがトンマーゾ(Tommaso)。
彼はキリストが復活して使徒の前に現れたときにも信じられず、
脇腹の傷口に指を当てて、
身をもってその傷とキリストの復活を実体験した男。
聖母が天に召されるその瞬間を見逃したために
やはりその出来事が信じられず、
そんなトンマーゾに対して
聖母マリアは「証」として
自分の腰紐を与えるというエピソードも残されています。
この聖遺物である「聖母の腰紐」は
フィレンツェの隣街プラート(Prato)の
大聖堂に保管されていることもあり
このエピソードは特にフィレンツェを中心とする
トスカーナ地方では好んで描かれるテーマでもあります。
フィレンツェのアカデミア美術館所蔵の
Francesco Granacci(フランチェスコ・グラナッチ)の
「腰紐の聖母」は
そんなトンマーゾのエピソードと被昇天を描いた作品のひとつ。
元々は東方正教会の祝い事が
6世紀ごろヨーロッパに伝わったもので
当初は1月18日に祝っていたもの。
東ローマ帝国時代に8月15日に制定されたあとは
スペインやイタリアを中心に崇敬されていきます。
その後1500年代以降の反宗教改革の時代に
特にドイツを中心にバロック美術と融合して
盛んに信じられるようになり
1950年教皇ピオ12世によって教義として定着。
昇天のその瞬間まで神にその身を捧げる盲目の信仰。
天に召されることを心から受け入れる晴れやかさ。
聖母マリアの厚い信仰が表現される1シーンです。
私は個人的にこの「聖母被昇天」が好き。
Tiziano(ティツィアーノ)の傑作。
初めてヴェネツィアを訪れたときに
夏の暑さを逃れるように入ったフラーリ教会で
衝撃的に感動した華やかで清々しい作品。