朝の慌しい雰囲気も一段落し、
洗濯物が各ベランダではためき出し、
午前のまろやかな陽の光を気持ちよく感じる頃、
突然、街頭でつんざくような笛の音が聞こえ始める。
ぴぃろろろろろ~~~~~っ!!
????なんだなんだ?
しばらく間を置くと、再び
ぴぃろろろろろ~~~~~っ!!
…どうした?と少々不安になって窓下を覗く。
そこにはきっと、青いつなぎを着たおっさんが、
ちょっと変わった自転車を押しているの見るだろう。
そう、これが研ぎ屋さん。
小刀から肉包丁、はさみとなんでもあれ、その場で
さくっと研いでくれる、便利屋さんなのだ。
パンフルートという、随分古臭い笛を吹き鳴らし
(南米ではサンポーニャという名で民族楽器として親しまれる)
ゆるり、ゆるりとまんべんなく街中を廻る様子。
管楽器の原型。古代ギリシャ時代より親しまれる。
頼まれると引いてきた自転車やバイクの車輪の回転を利用し、
刃物の刃先を削ってその場で研いでくれる。
単純明快なる、素朴なお商売なのである。
● 古い商売、消え行く商売
言うまでもなく…この研ぎ屋は絶滅危機にある職種の一つ。
そもそも露天商というもの自体が禁止されるようになった。
もちろん商店とのトラブル、食品衛生法、消費者保護法
違法だとかの話がつきないからだろうが、尽きるところ
税金うんぬんの話になるんだろな。
観光名物ともなっているラストロ(蚤の市)なんぞ、昨今
「各自が個人事業主としての届出が必至」としたところ、一挙に
店舗数が半減したという話。
… なんとなくあいまい、うやむやなコトはすべて暴かれ、
切り捨てられる今の時代なんだ。(そのくせお役人、政治家の
けしからんうやむや話は放置されるのが常でしてw)
↓この動画にて、残り少ない研ぎ屋さんの活躍の様子を見れる。
Vea en acción a uno de los últimos afiladores de cuchillos de España BBC MUNDO
● ガリシア地方から飛び出した勇者たち
元来、この移動式の研ぎ屋商売はガリシア出身者の生業
とされていた。
イベリア半島北西、ポルトガルの上あたりの地方。
今でこそ「サンティアゴ巡礼道」が世界的に有名になり、
この地出身の洋服やさん「ZARA」も日本で人気、
近年の発展振りは注目されるところ。
しかしここ、実は長年に渡ってヨーロッパの中でも
最も貧しい地域の一つであったのだ。
地勢が険しく、気候の厳しい痩せたこの地に縛られて
細々と生き残る宿命を蹴りちらし、自ら体力だけを頼りに
飛び出した彼らは、まさに冒険者だったことだろう。
↓この研ぎ屋さんらへのオメナージュとして作られたドキュメンタリー
映画あり。アイトール・レイ監督脚本による2013年作品。
(以下予告編。英文字幕あり)
農工具を中心として肉屋魚屋の刃物類、彼らの需要は確実にあった。
スペイン国内に限らず、国外主に中南米へと渡航する者も多く、
遠いかの国々にて、まったく同じ研ぎ屋の笛の音が聞こえるのはそのせい…
● おっさん、おばさんを遠い目にさせる笛の音…
そして時は現代。農工具はすべて機械化され、
研磨機の導入によってこの研ぎ屋の需要はなくなり、
高齢化した研ぎ屋の諸氏も一人一人と姿を消していった。
冒頭に書いた「研ぎ屋の笛の音」というのも、
実は自分自身最後に聞いたのはいつか…思い出せない。
という話をすると、必ずや盛り上がるのが大体40代後半
以降の、「最近やたら昔話をする機会が増えた世代」w。
「うわーっ懐かしい!!」
「子供の頃を想いだすわ…」などとけたたましくなり、
やがて遠い目であの頃-まだペセタ通貨の時代で、
道に沢山子供がいて、暗くなるまで遊んでたのどかな時代-
と長く語ってくれるのだ。
…そしてついついこの国の滞在が長くなってしまった私にも、
このどこか物悲しいような笛の音が、心に染み入るようになってしまった。
いつかどこかで、ここスペインの思い出を語る時、
ふと耳の奥で小さく聞こえるんだろうと思う。
また懐かしいと感じるものが増えたのは、年齢を重ねた
証拠なんだけどw。