いつも代わり映えしない…と嘆きつつも、時々のご近所散策は楽しい。
あそこにあった店がいつの間に…とか、
あれ?こんな店あったっけ?
(街角アートの多い地区近くに住んでます)
お、この木はこんな立派な花が咲くんだ…
なんだこのラクガキ的なもんは…とか。
(お気に入りでしょうがない、元保育所の入り口のイラスト)
見飽きたと思っていた通りにふと見つけるもの、意外と多いのだ。
で。
ある日もいつものごとく、ご近所散策。
そして眺める見慣れた店の並び…花屋さん、靴屋さん、肉屋さん…その間に、なぜか見てしまった。
何百回も通ってる通りに、見たことない古ぼけたバルを。
…いや…バルを見たというより、「無人バルのカウンター内に独りボーっと立ったお婆ちゃん図」、が
サブリミナル効果的に瞬間目に飛び込んだのだ。
…え?…こんなとこにバルあったっけ?
再び引き返し、通ってみる。あった。
バル、その名は「El Panadero/パン屋」(爆)。
まあこんな風に、昔やってた商売を屋号にするバルは割と多い。
外観が薄暗く、築50年以上の建物によくある地味な黒鉄扉。
ガラス越しからは、さっきのお婆が同じ姿勢でいてるのが見えるのみ。
(ご本人には大変失礼だが、霊とかじゃなくてよかった…)
…勇気を出して…入ってみました!
● めくるめく昭和ワールド
割と広い。
そして何も無い。タベモノの匂いもしない。音楽なし。
カウンター角にノボーッと立つ、ムームードレスみたいのを着た婆。
話しかけようとすると、突然奥からその娘らしき小婆がいそいそと出てきてくれた。
「いらっしゃいませ?」
…そう、客が極端に少ない店においては、訪問者が客なのか、
いやどこかと間違えて入ってきた者、もしくはセールスの者なのか判断がつかず、
最初の挨拶に疑問符「?」がついてしまう…これは日本の場末の店でも同じだ。
更にこちらはどうみてもガイジン顔。
“言葉わかんなかったらどうしよう?”の小婆のひるみも感じる。
ふとみると、大婆はさっきは見えてなかったハンチング帽の爺客に、赤ワインを注いでいる。
じゃあ私も…と言いかけたが、そのスクリューキャップのボトルワインが、自分が学生時代
“目潰しワイン”と呼んでた、二日酔い必至の激安ワインだ。
「コーヒーお願いします。」
「あ、はいはい、コーヒーね、はいはいただ今!」
ほっとした小婆は今まで掃除に使ってたらしいモップを置くと、よたよたと
カウンター内で準備を始めた。
扇風機、椅子、カウンターどれも高級なものは一つもないが、“一つも捨ててない”調度品の数々…
時間が止まった、まさに昭和ワールドを作り上げていた。
この地区はサラマンカが建築ブームになっていた頃、建設関係の労働者が多く住んでいたらしい。
恐らく彼らのための昼定食を供して賑わっていたのか…やたら広い台所、そこから皿を出す
小窓が残っている。 当時はお腹を空かせた客らでわいわい賑やかだったことだろう。
安い合板のテーブル。…拭き過ぎて木目調デザインが消えまくり。
ミルクコーヒー(とあえて呼びたい)を供すカップと皿は60年代デザイン。
コーヒーの味は…意外にもふつーだった。
店内はシンとしており、台所の水音がチョロチョロと響くのみ。
なんか小婆に話しかけづらく、お代1ユーロを払って早々に出てきてしまった。
まさに閉店間近、最後の日々を送る昭和バルは、
私にはあまりにもノスタルジー色が濃すぎて、沈黙が重すぎたのかもしれない。
● いやそこで終わらないオチが
と、中途半端な“限界バル訪問”になってしまい、
いやこれではいかん、せめて小婆に昔話でも聴いて置かねば…と思いつつ
野暮用で日々は過ぎていく。
とある夕方、思い立ってこのバルに向かう。
すでに日は暮れはじめ、街灯がつき始める中。
“もうすでに閉店してるのでは…”というこちらの思惑を裏切り、
店内は意外にも煌々と電気が…
なんとそこには「小婆を囲むように、結構な人数の爺がビールを片手に朗らかに談笑」の図が!
(あくまでもイメージ図ですw)
常連らしき爺らは軽くカウンターに肘、片足ステップ掛けの「小粋なちょいワルポーズ」
でビール小瓶片手。
小婆の位置はまさに「お姫様状態」。誰かが言った冗談を受けて、艶色の笑顔で
弾けるように笑っている。昼間のモップ姿とは雲泥の差。
(上記描写は店前3回通って確認。すごい身内パーテー感にひるんでどうしても入れなかったw)
そう、ここは単に鄙びた、閉店を待つだけの寂しい限界バルではなく、実は
「シルバー世代の憩いの場」として立派に現役活躍していたのだ。
ノスタルジー~とか独り酔ってた自分がアホらしくなった。
●密かに、根強く、結構あるこれ系の場所
これらの“限界バル”がひっそりと、しぶとく生き延びる理由はあれこれある。
まずは「物件が自分名義」。
儲けは少ないが、家賃かからず、最低の経費でやってける。
そして「年金支給開始がすぐそこ」。
それまでは物件貸出せず、のんびりラストまでやっていく方針らしい。
割安のお値段で飲食提供するとあって、これらの場所が、シルバー系地元民の集会場所
になってるところは多い。
今年初夏で閉店した、私の自宅裏のバル「バレンシア」もそうだった。
やはり地味な店構え、古ぼけた店内で、客入るのか?と他人事ながら心配してたのに…
(古ぼけた装飾品は替えた形跡なし…)
実はここが「週末は熟年世代の歌って踊れるプライベート・スナックに変身」するのだと
連れて行ってくれたのは年配の友人Mさんだった。
金曜日のもう深夜。道に人影はほぼなしの住宅街。
バル「バレンシア」のシャッターは7割程下ろされ、そこから光が漏れている。
外から合図をするとガラガラと上げてくれるのは、秘密倶楽部のごときスタイル。
中には10人程の中年~老年世代の皆さん。皆さんウィスキーだの、ジンを片手に談笑中。
店奥のTV画面には選曲ページ表示で、“懐かしの70年代スペインポップ”リストを
結構真剣に吟味している。
(選曲姿は真剣そのもの)
やがて音楽がスタートすると、ごきげんの皆さんは“イェーイ!”という感じで
合唱しだし、踊りだす。
おそらく普段は自分の息子娘、あるいは孫らには見せないだろう、
寛ぎ切ったいたずらっ子のような表情…
いやはやこの“限界バル”がこんなホットな場所だったとは、予想もしなかった!
(その後、ほぼパンダ扱いされた新参者の自分。先に帰るな~の声を背に店を出たのは午前3時…
なんなのあの体力!)
…
…
経済危機以降、経営困難のバルが相次ぎ、閉店に追い込まれたバルはスペイン全国で3万件以上。
しかし閉店数も2015年あたりに頭打ちとなり、若干快復の兆しありとのこと。
人口比のバル軒数が世界一を誇るらしいこの国。
若者のバル離れ、個人経営店舗の経営難など問題はあるものの、
それでもしぶとく、世界最後の日になっても、恐らく絶対無くならないだろうこのバル文化。
その底力をまざまざと見せてくれた“限界バルたち”の報告が以上でした~