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妄人妄語 衆議院議員野田聖子さんの選挙公約消去 有権者・国民を愚弄するサイト一時閉鎖に抗議します!「非道」はどっち?

すいませんがコメントはご遠慮いただいてます。選挙公約に関する記事はカテゴリから「野田聖子批判」を選択してください。

その他のブログの新着記事

2005-05-23 16:31:30 | Weblog

というのがここのブログのトップにあるのに気がついた。

JUGEMやはてなダイアリーなどの新着記事へもいけるだけでなく、

それらをの新着記事を総合したものもある。


これは他のプロバイダも許可していることだろうが、あまりよそはやっていない

ようだ。


最近お気に入りが爆発気味で整理と登録を繰り返しているものにとっては、こう

いうのがあるとプロバイダをお気に入りに入れる手間も省けるし、いちいちプロ

バイダ名を入れて検索することもなく各社のブログの様子をうかがうことができ、

大変便利だ。


しかもお気に入りはなぜか増えそうもないので都合がいい

別にいろいろあったからといってここの受け皿を探しているわけではないです


一応


そういえばブログの引越しも便利ツールみたいのがあるみたいですね。


検索してみますか、「一応」ですが





山口文憲の裁判員と死刑を絡めた文は不謹慎ではないか。載せた朝日新聞も。

2005-04-28 14:52:44 | Weblog
お断り:このエントリーは誤って消してしまったので復活させたものです。もとは昨日アップしたものです。


自分にはこんなことはとても現実的な議論ではないと思われることが「現実味」を

帯びて主張されることがあっておどろかされることがある。


たとえば首都移転ということは今どれだけ論じられているか知らないが、かなり

多くの国会議員がこの問題に携わっていたのではないだろうか。


もっとも東京にこれだけいわゆるインテリジェンスビルや高層マンションが建って

しまったので、さすがにそういう議論も雲散霧消したであろうとは思うが、いずれ

にせよ自分にはもともと実現の可能性は低いものに思えた。


首都移転に関してはまたあらためて考えたいが、自分にはこれはとても実現は無理

だろうと思えるようなことがまじめに議論されるだけでなく、実現されそうなこと

もあって、裁判員制度というのがそれである。


なんともこの制度に関して不満を感じるのはこれが刑事裁判のみに適用されるよう

であることである。


自分は行政裁判にこそ適用されるべきものであって、行政を相手にするものであれ

ば、刑事・民事をとわず一定の割合で民間からの一定の基準を満たした裁判員が審

理に参加すべきだと思う。


「一定の基準」と言うと難しいが、今のままだと、選挙権さえあればだれでも裁判

員になる可能性があるのはどう見ても危険ではないだろうか。


自分は法律に無知であるが、そういう自分が裁判員になったら大変であろう。さら

に近所の危険すぎる人たち(わたしがそう思われてるのかもしれないが)がなった

ら、さらにまずいだろうと思う。よく考えてみると、近所に裁判員になるのにふさ

わしい人などいるだろうかとさえ思う。


一番まずいのは、たとえば「エッセイスト」の人の書いたものを読んでいると、こ

ういう人が裁判員になって大丈夫なのだろうかと思わせるものがたくさんあって、


皮肉なことに裁判員について論じている(ようである)「やりたくないな、と思う

人へ」と題された山口文憲の3月5日の朝日新聞夕刊に掲載された「エッセー」は

そのようなものの一つである。


まずこういう重要な問題に関して、死刑制度とからめて、まじめとも、おふざけと

もつかぬ(と自分には思える)文を書くこと自体、非常に恥ずべきことではないか。


自分は法律に詳しくないなりにまじめに考えているのだが、この人の書き方は裁判

員をやりたくない人は「刑の執行に加わる」ということを提案していて、非常に不

謹慎な書き方だと自分は思う。


この人は「死刑存置論者ではないので、裁判員のほうがまだましかな」などと書い

ているが、裁判員になることと、死刑執行に加わることの二者択一を迫る考えは一

体どういう考えに基づくのか、それとも、それをいちいち批判する人間にどういう

反応をするのか知らないが、この人は本当にまじめに考えてこの文章を書いている

のだろうか。


しかもこの人は「私は死刑存置論者ではない」としているが、「この国の死刑は

『密行主義』」などと書いているところを見るとまじめにこの国の死刑制度を批判

しているかのような部分もあるので、この文章全体をどのようにとればよいのか、

まじめに考えるとすれば非常に困ることになる。


自分の考えを率直に言ってしまえば、こういう文章は一種の思考放棄的文章であっ

て、それを読むものにもそれを進めているとしか思えないきわめてたちの悪い文章

に思える。


それならそうはっきり書けばいいものを、山口文憲は「裁判員と死刑執行人になる

のとどちらがいいだろう」などといった書き方で表現しているのでまじめにそう考

えて裁判員制度の方がいい、さらには裁判員制度はいい制度だとまで思う人もいる

のかも知れない。


山口文憲は実際に死刑に携わっている人の苦悩を少しでも考えたことがあるだろう

か。


自分は丸山健二の「夏の流れ」を読んだときなどにすこしは考えたつもりである。


また、大阪の小学校での大量の殺傷事件の被害者の遺族の気持ちを考えたことがあ

るだろうか。


文を書くというのはまずそういうことを考えることから始まるべきものではないだ

ろうか。


またそういうことに少しでも考えが及ぶなら、ああいう文章を書けるだろうか?


朝日新聞もあれを載せられるだろうか?


まったく自分には理解できない。一般大衆はああいう文でないと理解できないとで

も思っているのだろうか。


密行主義というが、日本では裁判は公開なのだし、刑の執行なら拘束時間も数十分

ですむ、というが、それほど日本では死刑が行われているわけではないはずだから、

刑の執行にはこれ以上、人手は入らないはずである。


とにかく自分には不愉快な山口文憲のエッセーだが、こういう文章に限って、まと

もな批判はしにくく、またそういう人ほど世間に影響力を持っているようなのが実

に悲しい。



なかなか。。。

2005-04-19 18:38:07 | Weblog

ここ2週間ばかりなかなか記事をアップできなかったり、TOPにのらなかったりといったことが続いている。

無料なのであまり文句はいえないが、サーバーや利用者数に関してできるだけ詳しく公表してほしい。

何度かメンテナンスしているはずなのにどういうことなのだろう。

ハーバード・ビジネススクールが100人以上自動的に不合格に

2005-04-16 23:59:40 | Weblog
ハーバード・ビジネススクールで合格発表される前に自分の結果を見た学生100人以上が不合格となった。その手段は実に簡単なものであったらしく、ハッキングとまで正確にはいえないものであるらしい。
大学は学生の来年の応募を許すらしいが、学生の方は自分たちが不正行為を行ったというレッテルを生涯貼られることになると反発している。
ハーバードだけでなくMITや、スタンフォードでもおなじことが起きたらしい。日本でも熊本大学のHPが一時敵に書き換えられたり、湯沢市民の個人情報がネット上に流れるなどいろいろな不祥事やハッキングの事件が相次いでおり、さらに下ののサイトではこれ以外のウィルスなどの例が細かく紹介されている。
非常に困ったものだ。
こちらのサイトもご覧ください。

ジーパンやカーテンを洗える日は珍しい

2005-04-15 19:16:14 | Weblog


おとといは珍しくジーパンを洗った。ジーパンは厚いのでなかなかかわかず、洗うのも下手をすると一ヶ月に一度ぐらいになる。それ以外にもかなり厚でのズボンを洗った。どれも夕方ごわごわにかわいていたが、やや湿った部分もあり、今日も乾かした。
そして今日はカーテンを洗った。すこしは部屋の空気がきれいになっただろうか

200円のマウスは安すぎた。

2005-03-19 23:34:25 | Weblog
1週間ほど前に秋葉のショップで200円のマウスと600円のキーボードを買ったがキーボードはともかく、マウスはほとんど使えない

何ぼなんでも安すぎた。これだけ安いと店には文句も言えないので、ここに書くのであるが、あのトラッド?ボール?というのだろうか、あれが宙に浮いてるみたいで全く使い物にならない。

キーボードの方は今つかっているが、そこそこに使えるという感じだ。実は今日今までつかっていたキーボードを洗ってみた。たらいに水を汲んで表面だけ洗うようにしたが、かなりゴミが出た。拭いて水を切って使ってみたがどうもやはり使えないようだ。もう一つのキーボードは同じように洗ったけど使える。ちなみにどちらももとはアメリカのメーカーのものだ。とにかく最近はキーが重くて仕方なかったので、ごみのせいかと思ったらそうでもないようだ。

一台はネットにつなげないので「スタンド・アローン」になっているが半年ぐらいほとんど使ってない。ドライブも壊れているのでほとんど使う気もしない。

もう一台のノートは無謀にもメモリを増設しようとして破壊してしまいほったらかし。

買った時はなんと30万もした。このノートを買ったこともそうだけど、とにかくもったいないことをした。対応するメモリを見つけたときは非常に喜んだけれど、今となってはそれを買ったことも分解した事もとにかくもったいない。

ありえない話だが、自分に大金が転がりこんだとしても「自作」」にだけは手を染めない方がよさそうだ。


先ほど全く白紙の状態で一度アップしてしまいました。すみません。
これもたいした記事ではないですが


電話女

2005-02-24 21:07:08 | Weblog
私の母にはよく電話がある。先日も電話が来た。この奥さんは日ごろから実によく電話をくれる方で、私が「母はいません」というと実に暗い声の表情でこたえる。先日はそれほど暗い声でもなく、「じゃぁ電話をくださいとお伝えください」と言われた。正確に数えたわけではないが、もうこの人からはおそらく何百回も電話を取り次いでいるが、
こう言われる事は珍しい。普段は「じゃぁ、電話があったとお伝えください」と言われることが多いのである。それほど気に留めていたわけではないが、とにかく母が寝る前に伝え、母は彼女に電話した。すると、先に出たところに彼女はいなかったらしく違うところへ電話した。と、思った瞬間、
え、何で!!!」
と悲鳴とも絶叫ともつかぬ大声を上げた。これにも私はなれていて、こういう場合は誰かがなくなったことや、悲鳴をあげた次の瞬間には冷静にどこへ連絡するかなど冷静に話し始めることも私は知っていて、事実そうなった。

しかし、その方は私が電話に出たときはそのことは言わなかった。このような場合訃報を伝えられることもあって、どのようにお言葉をおかけしたらよいのかとっさには判断できないこともある。「ご愁傷様でした」とか、「お力落としにないように」などまるで、何かの教科書やマニュアルに書いてあるようなことを言ったとしてそれがなんになろう。私の母のように一瞬大声をあげて泣き喚くのが一番のお悔やみになるのだろうが、それほど親しくない場合にはそのようなことはできない。

今これを書いていて気づいたのだが、その人は私にそのような気づかいをさせるべきではないと思い、自分には伝えなかったのであろう。たしかに母と直接
話せねばならぬこともあっただろうし、ただ単純に私には先に伝えたくないと思われたのかもしれないが、やはり伝えるべきときと、相手をそれなりに考えてのことであろう。
たぶんその人なりに私に気を使ったのであろうが、私としてはやはりそのような場合、一言なりとお悔やみを言うべきであったとも思われる。その機会は与えられなかったのは自分の不徳のいたすところであったろうと思っていた。

自分はいつもこうしたブログを書きながらいろいろと考えている。自分の考えが常に正しいわけではない。人の考えが常に正しいわけでもない。だからいつも自分は書きながら迷い、迷いながら書いている。

自分は人様に気を使われる人間であろうか。それともこわがられている人間であろうか。人に気を使うことのできる人間であろうか。弱い立場の人のことを思える人間であろうか。弱い立場の人とは誰か。常に考えながら書き、書きながら書いているつもりだ。もちろんできるだけもっとも弱い人のことを最優先に考えるようにしている、これもつもりではあるが。

追記
すいません。内容と題がずれてしまいました。それとこれはトップにのらなかったみたいです。
それと、アクセス数ランキングに二度目で最後のランクインしたみたいです。わが目を疑いました。ありがとうございます。404位で総アクセス数は400を超えております。もうこれ以上目立ちたくありません?!
再追記
すみません。やはり載ってました。


インターネット検定は意味あるか。

2005-02-20 18:56:22 | Weblog
Yahooでインターネット検定というのをやっているけど、

自分などにいわせれば

これの受験手続ができればすでに合格みたいなものではないかと思う。

模擬試験というのがあって、これはタダでできるみたいなのでやってみたが、

2問ほど引っ掛けの問題があって(正確にはこっちが引っかかってしまったというべきか)

あえなく玉砕という感じになってしまった


言ってみれば、昔の入試で

名前さえ書けば合格みたいな学校があったと思うけど、そんな感じだろうか。

もっとも、今はそんな学校が多いみたいだけど。。。

それとこれって履歴書に書ける資格でもなんでもないような気がするけど、どんな試験でも最初はこんな感じだったのかな?

そういえばある出版社が昔英語の検定試験をやっていたと思うのだが、今調べてみたら

跡形もなく消え去っている。それともこちらの勘違いだろうか。もし一度始めた検定試験をやめたら受験した人には何らかの保障とかしなくてよいのだろうか。不思議である。

珍しいことに

2005-02-19 23:59:37 | Weblog
今日はCさんがOnlineであったのみならず、なんと向こうから

話しかけてきた

しかし数語交わしたら突然だんまりになり、

いい加減なところでこちらもあきらめた


ICQの目立つところに顔を載せるぐらいの人だから、きっとたくさんの人から話しかけられるのだろう。

それにしても、ちょっと離れるぐらいのことは言ってくれてもよさそうなものだ

ちなみにさっきまで

ある人のAuthorizationを待っていたが、

結局あきらめた。結構ほったらかしにしてる人多いんでないか

寝屋川の事件に関する元警視庁捜査一課長の田宮栄一さんのコメントは

2005-02-19 14:42:09 | Weblog
さえない、というのか、たいしたことないというのか、これでテレビに出てお金もらって恥ずかしくないのかなぁ~

って思ってしまう。これは今回のことに限らなくて、この人は何か凶悪事件があると

よく日本テレビに出てコメントしているのだけれど、特に捜査一課長だったからとい

って、特別な知識があるわけでもすごい推理力があるわけでもなくて、ただそこらの

普通のおじさんがしゃべっているのと同じようなことしか言ってない。


しかもかなり前から同じ感じでしゃべっていると思うのは私だけでしょうか。

たとえば今回の寝屋川の事件に関して、学校の安全対策を訊かれて、

「学校を開かれたものにしなければならないということから難しいのでしょうね」

といったことを言っていたと記憶するが、


その次の日だったかに、今度は

「学校の安全対策も社会的問題になるでしょう」

といったことを言っていた。録画したわけでなく、必ずしも正確ではないかもしれない

が、要するにいつもこういう調子で、大変な事件が起きたということに関してあまり問題

意識も感じられないような気さえする。


自分はこうした凶悪犯罪を防ぐのはかなり難しく、どんな対策をとってもこういう事件は

おきうると思う。ただそれでもそれなりにできることはあるはずで、今回の事件に関して

は学校の管理体制にも問題はあったと思う。


田宮栄一が学校の防犯対策ということにかんしてどのような考えをお持ちなのか番組を

見ただけではまったく見えてこない。この人はひどいときには質問と違うようなことを

答えたりすることもあるようで、とにかくこれで本当に「捜査一課長」だったのかと

不思議になることさえある。


この人のやっている仕事というのは、はっきり言って、こういう事件が起きなければ、

まったく仕事が来ないわけで、事件がおきれば儲かる仕事なのかもしれない。


他の心理学の教授なども誰でも言いそうな、しかも誤解を招きやすいようなことを新聞

にコメントしてお金をもらっているようだが、要するに


どうすれば犯罪を防ぐことができるのかということをこうした人たちは言明する気が無いようだ。


防ぐ手立てがないならないでそう言えばいいのだが、そうとも言わず何一つ具体的

な対応策らしきものも打ち出さずにアナウンサーがしゃべる原稿と同じようなことを

ただ肩書きだけつけてしゃべるというのは、ひどすぎやしないだろうか。


世の中どこもそういうもんだといわれればそれまでだけれど。。。早い話しが、


この人も警察にいたわけで、警察がこんな調子だから凶悪犯罪が後をたたないのかも知れない。


私は今回の事件に関しては、安全対策という面で考えておくべきだったことがいくつか

あると思う。まず、


犯人の少年は犯行の一時間前にこの学校を訪れて、元担任だった先生との面会を求めているのだが、この先生がこの学校に今勤めているのかさえ明らかにされていないのではないか


犯人の親がこの先生に責任は無いことを言っているのではあるが、とりあえずこの

先生に会いに来た時点で自分はそれなりに「緊張感」をもって何箇所かに連絡すべき

だったと思う。


そのときこの学校で応対したのは誰でどんな対応をしたのかまったく報道されていな

いように思われるが、この事件は本当に「安全対策」という面からいろいろ考えさせ

られる。



よく不審者は通報しろなどというが、この少年が立ち寄った食堂にしても「様子がおか

しかった」などと証言しているが、こんなことを今頃言って何になるのであろうか。



まさかこの人もマスコミからお金をもらっているとは思いたくないが、とにかく、この

事件は防ぐことができた場面はいくつかあったはずである。


こうしたことをまったく考えずに、また対策委員会のようなものを作ってもただ、

委員の小遣い稼ぎみたいなことで終わりやしないか心配である。


山口の警察などが、パトロールみたいなことをしたり、他の小学校で避難訓練みたい

なことをしたりしているが、いかにも点数稼ぎのパフォーマンスのようで見ていて

腹立たしい。


小学校の中には子供にGPS?とかいう機械を渡しているようだが、これを税金で

渡す必要があるだろうか?


ついでに関係ない話しをもう一つ。

中学校で夜8時過ぎまで校庭で煌々と照明をつけて部活をさせている公立中学は

生徒は早めに帰してやりなさい。電気代イコール税金の無駄です。そういうことを

教えるのも教育だと思うのだけれど、そこまで期待する方が間違いですかな。


                 
                 文中敬称略

この話題に関してはまだまだ書きたいことがたくさんありますがとりあえずこの辺で。

それにしても毎日すごい量書いてる

とある店をやっている人に

2005-02-18 02:45:12 | Weblog
ある書き込みを見せた。その店はわりとネットにいくつか情報が載っている

店だが、店主はIT弱者である。自分で見たときはまったく注意して見てなかったので

そこにややまずいカキコがあることを知らなかった


その店が引越し前だったので、どこそこの棚はタダにしてやるとか、どこそこの棚に

あるのは半値にしてやるとかいうことであった。



そして実際は会計のときに2割引きにしかしてくれなかったので、いくつかはその場で

買うのをやめてとりおきにしたといったことが少しいやみっぽく書かれていた。



私は店主にその掲示板のようなものをプリント・アウトして見せた。その店の実名も

書かれていた。それを読んで店主は少し怒ってこちらへ戻した


私はそれをあとでサテンで読んでこれは少しまずいことをしたかと思った


それを渡したことよりも、そんなにまずいことはかかれていないというようなことを

言ったうえで渡したのがまずいような気がする。


なんとなく自分も以前からそこで嫌われていたような気もするが、それも仕方ない

かもしれない。もしかしてそこだけでなくやはり配慮が足りないことはこれまでにも

よくあった気さえしてきた

ニュースで悪質なサイトを紹介することはないのでは

2005-02-18 00:06:02 | Weblog
昨日のニュース番組で悪質なサイトがアメリカで摘発されてその発信元が

日本であることを紹介していた。

ある程度その発信元を絞れこまれたことも具体的に放送していて日本にも

捜査協力を求めるようなことなども紹介していたが、この発信元は本当に

特定できるのだろうか。


もし特定できるのであれば、特定してから放送すればよいだけの話しである。

こういうニュースを見ていると、逆に

「これ以上は特定できない」と言うことを大々的に宣言しているように

自分などは思ってしまう。


もちろんそうしたサイトはよくないし、社会的に批判されてしかるべきだと思うのだが、

これでそのサイトを発信した者は「これはまずい」などと思うだろうか。



私はITの知識はあまりないが、そういうことは発信元を特定されないようにやる手段が

あるのではないだろうか。


またたしか今日の昼のある番組では悪質なサイトの発信元が特定しにくい理由につい

ても触れていたが、これもそのような手段を世間に広めることになりはしないだろうか。


両方の番組ともに取り上げていたサイトの悪質性について具体的にどのような

コンテンツがあるのか報道していたが、こういうこともいわばサイトの紹介になる

のではないだろうか。


もちろんそうしたサイトはすでに消されたあとかもしれないが、


いずれにせよ似たようなサイトはたくさんあるのであろうから、そうしたサイトが

あることを番組の中で紹介することは、必然的に

類似のサイトへの案内をしているようなものだと言う気がする。


自分もこの点に留意しながらこれを書いているし、すでにそんなものは知っている

人は多いだろうが、いずれにせよ報道にはもっと注意が必要ではないかと思う。


地震

2005-02-16 05:01:35 | Weblog
驚いた!ちょうど腕を上に上げて部屋につるしてあるようなある長い棒に手がかかったとこだった。

それにしてももブログも反応が早い。。。モノが少し落ちてるようだが他の部屋は見たくない。

ちょうど寝ようとしていた。とにかく寝たい。。。

小学校の事務員や用務員は警備もすべき!

2005-02-14 16:08:45 | Weblog
今ニュース速報で知ったが大阪の小学校でまたしても忌まわしい惨劇が起こった

模様だ。



いつだったか忘れたが、PTAのお母さんたちがパトロールする模様がTVに

出ていた。たしか「お金のためではない」と言っていたと記憶するが、そんな

ものにお金を出していたとしたら問題だ。刃物をもっている男に立ち向かうには

きちんと月給や賞与を受け取り、老後の保障もされている公務員が責任を持って

当たるべきだ。



今事件があった学校ではどのような対策がとられていたか知らないが、とにかく

学校には残念ながら、


鉄条網を張り巡らすこともやむをえない


そして、必ず校門にも通用口にも必ず誰か目を向けるようにしておくべきだ。

公立の小学校にはそれぞれ事務員や用務員が何人かいるはずだ。この人たちの

仕事と言うのは実はそれほどきつくはないはずだ。公務員として身分が保障

されているこの人たちこそ学校の警備をすべきではないか。


学校の事務は先生や、教頭・校長、さらには教育委員会がやっている。

したがって、


本当は学校の事務員はそれほど忙しくはないはずで、この人たちが警備にまわっていればこんな惨劇が起きるはずがない


以前用務員の人の「先生方にお茶をくまされるのがいやだ」というような投書

を見たことがある。これもいやだと言うのだろうか。


学校では先生方にあまりにいろいろな負担が集中しすぎていると思う。

学校の事務員や用務員の方々には公務員としてできるだけ自分たちが

尊敬されるような取り組みをしてほしいものである。


○ー×ーおかわり自由の店へ移動し、大澤真幸の『虚構の時代の果て。。。』を読む。

2005-02-14 01:00:25 | Weblog
今日は外へ出たのがおそくなってしまい、いつもゆくサテンはしまりかかっていた

ので、おかわり自由のミス○に行って、先日ここに書いた大澤真幸の

『虚構の時代の果て―オウムと世界最終戦争』(ちくま新書)をほぼ

読み終えた。


自分などには到底理解できるしろものではないと言ってはそれまでで

あるが、いろいろと疑問を感じた。


まずなんと言っても、

引用が多すぎてどこに独自の主張があるのか分かりにくい

東大教授?の著書から自分の教え子?の卒論にいたるまで引用に次ぐ引用でそれを

まとめる著者の構想が見失われがちになりかねない。また、

「虚構の時代」という定義がどれぐらい新鮮味のあるものなのか著者の中で明白になっていないのではないか

ポスト・モダンに関する言及はあるものの、それとの異同がほとんど吟味されて

いない。


またいくつもの大きなテーマを次々に投げかけながら交わしてゆくようなところが

あり少なくとも私は知的興奮を覚えつつも、どこへもっていかれるのかという不安や

単にわざと難しい書き方をしているのではないかという脱力感、もしくは徒労感を

何度も感じた。


とにかく読む本を間違えたのかもしれない。サブカルチャーや宗教に興味がある人は

面白いかもしれないが、逆にそういう人には常識的なことばかりが書かれていると

感じるのではないか。結局のところ悪い意味で学術的なというか、不出来な

学生の無駄に長い論文を読まされたような感じがする