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仏教  【7】

2014年11月25日 00時48分47秒 | 日記

  仏教伝来  (1)

インドの地でブッタが開いた仏の教え

その仏教がインドから中央アジアを通って

中国、朝鮮半島へと伝わり、日本へ伝来してきた


その過程で、地域、在地の習俗と習合しながら

それぞれの変容を繰り返しながら


多様な仏の教えと、多種な仏教が成立していった


日本書記によると、この仏教が伝来したのは

飛鳥時代552年、欽明天皇13年に百済の聖明王により、


釈迦仏の金銅像と経論他が献上された時だとされる説と、

538年宣化天皇3年に仏教が伝えられたとされる説


このほうを支持する人が多いようである

歴史の教科書にも、この年号が載っている


その前に渡来人が仏像や経典もたらしていたとも言われている

ブッタが出現し悟り開いた仏教が


日本に伝来してくるまで、

千年以上の時がたっている

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仏教  【6】

2014年11月20日 00時14分49秒 | 日記

 仏教歴史  (仏教伝播)

分派、分裂しつつも勢力は拡大していった、

仏教は主に二つの経路で世界に伝わっていった、


一つは、スリランカ、タイ、ミャンマー、ラオス、

カンボジアなど、

南方に伝えられた上座部の系統(南伝仏教)であり


もぅ 一つはインドから中央アジアを通って

中国、朝鮮半島に伝わり日本へと伝えられた

大乗仏教の系統(北伝仏教)である


紀元前  5世紀頃ーインドで仏教が開かれる

紀元前  3世紀頃ースリランカに伝わる

紀元後  1世紀頃ー中国に伝わる

     4世紀頃ー朝鮮半島に伝わる

    538年頃ー日本に伝わる (仏教誕生から千年後)

     7世紀頃ーチベットに伝わる (チベット仏教)

    11世紀頃ービルマに伝わる

    13世紀頃ータイに伝わる

    13~16世紀頃ーモンゴルに伝わる(チベット仏教)

     17世紀頃ーカスピ海北岸に伝わる(チベット仏教)

     18世紀頃ー南シベリアに伝わる(チベット仏教)   

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仏教  【5】

2014年11月14日 23時59分50秒 | 日記

  仏教の歴史  (分裂)

根本分裂・枝末分裂した仏教は

紀元前後になると、一切の衆生を救済する教え


大乗仏教が起こる

大乗とは、大きな乗り物を意味し

在家集団の中から誕生したとされる


上座仏教の教えは悟りに至るのは出家して

自身が修行して自身の救済(悟り)の立場をとり


大乗仏教は万人の救済を説く

出家者のみが救われるのではなく、


迷いや苦悩から大衆を救済すると説く

戒律主義の上座部に対して


大乗仏教は地域、時代に合わせて、

戒律と教えを順応的に修正を認めていく


仏教で伝道には貢献したが多くの分派が生まれていく

この、大乗仏教が500年後日本に伝わる


そのころの仏教は

ブッタの遺骨を納めた仏塔(ストゥーバ)を崇拝し


ブッタを神聖化する

また、大乗仏教成立と同じ頃


ブッタ入滅500年(紀元1世紀)後

仏像が造られる


 

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仏教  【4】

2014年11月10日 00時14分36秒 | 日記

  仏教の歴史  (分裂)

ブッタの入滅後、初期仏教は

修行のため出家した者を僧伽(サンガ)と呼ばれた、


共に修行し出家集団を形成していた

ブッタが悟り得た説法(仏典)を集める


第一回の結集が行われた

これを、三蔵の結集うと呼ばれ


仏典はそのころ口伝によって、伝承されていたが

ブッタの説法を 

経・律・論と大きく三つに分類しまとめられた


アショーカ王は仏教を広めるのに尽力し

仏教がインド中に急激に発展をしていった


その頃戒律の解釈の違いで、

出家集団の中に対立が起こり


そのため第二回の結集が行われた

ブッタが入滅後100年めのこと


さらにブッタの入滅200年後教えを再検討するため

第三回の結集が行われたが


教義、戒律の解釈の違いで

保守派の上座部と革新派の大衆部の


二つに大きく分裂(根本分裂)する

この二派は時代とともに多くの部派に分裂する


上座部系11部 大衆部系9部に分かれる

それぞれの分派は独自の聖典有し

この時代の仏教を部派仏教と呼ぶ


口伝によって伝承されていた教えを

文典・経典・典籍を文字によって表記される

これを「論蔵」と言う

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仏教  【3】

2014年11月05日 00時02分08秒 | 日記

 出家

ガウタマ・シッダールタは29歳のとき出家し

苦行の末35歳のときガヤ村のビッバラの樹(菩提樹)の下で

「降魔成道」を遂げ、悟りを開く、


梵天(インドの創造神)の勧め梵天歓請で

衆生に説くよ繰り返し強く請われて

自ら悟りへの確信を求めるためにもともに苦行をしていた、


5人の中間に説いた

初めて5比丘にその方法論「四諦」「八正道」を

実践的に説いた、これを「初転法論」と呼ぶ


5人比丘は最初は説法を受け入れなかったが

説法を聞いているうちに受け入れ悟りを得たと言われている


また、苦からの解放(悟りと解脱)を人々に説いて

インド各地を伝道し廻った


ガウタマ・シッダールタはシャーキャ族にちなんで

釈迦とも呼ばれる


またブッタとも呼ばれるブッタとは

「悟った人」「目覚めた人」という意味の普通名詞で

後に固有名詞化して呼ばれるようになる


ブッタ(インド語)を漢字に当てはめて仏陀と書く

日本では一般的にお釈迦様と呼ばれることが多い


ブッタは80歳になるまで教えを説いていたが、

途中入滅する(キノコか豚肉料理による中毒死)

ブッタ入滅を涅槃と言う

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仏教  【2】

2014年11月01日 00時02分12秒 | 日記

  誕生

仏教を提唱した、ガウタマ・シッダールタは、

紀元前6~5世紀ごろ、シャキャ族王シュッドーダナを父とし、


隣国のコーリヤ族の出身で

執政アヌシャーキヤの娘マーヤーを母として生まれ、

ガウタマ・シッダールタと名付けられたとされている、


ガウタマ(ゴーダマ)は(最上の牛)を意味し、

シッダールタ(シッダッタ)は

目的を達した者という意味の言葉である


現在のネパールのルビニの地で誕生する

生後一週間で母のマーヤーは亡くなり、


その後は、母の妹マハープラジャバテイーによって育てられる

王子として、父王の期待一身に集め、

世話係、教師など与えられて、


教養と体力を身につけ、

多感で聡明な立派な青年として育った


16歳の時母方の従妹のヤショーダラー(マノーダラ)と

結婚し一子ラーフラを儲ける


パーリ語形 ~~   ゴータマ・シッダッタ

サンスクリット語形~ ガウタマ・シッダールタ


誕生年月日

 紀元前624年 南伝説

 紀元前566年 北伝説

 紀元前463年 中村説  

他にも様々な説がある

 4月8日生まれたとして現在も花祭りとして祝っている

家族

 父  スッドーダーナ(40歳の時父が死去する)

 母  マーヤー   (誕生後7日目に死去する)

 妻  ヤショーダラー(16歳の時結婚)

 長男 ラーフラ

 養母 マハーブラジャバティー(母の妹に育てられる)

 

 

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