新 ノ 城  Okinawa

おきなわを サラ・さらっと 視る

  

宮古 【4】

2016年12月25日 00時01分21秒 | 日記

  宮古島の創造と人類創生の神話伝説

宮古島にある、張水御嶽(ぴやるみずうたき)通称ツカサヤーと

呼ばれる拝所は天帝(最高神)に命じられた

男神古意角(こいかく)と姑依玉(こいたま)と言う女神が

盛加神(もりかのかみ)を始め、八神百神(やむそももかな)を

従え地上に降りた場所だとされている

 

宮古島御嶽由来記(宮古島の神話・伝説・昔物語をまとめた本)によれば

古意角が地上の守護神になることを天帝に願い出ると

天帝はこれを祝福し天の岩戸の先端を折って下界の大海原に投げ入れ

宮古島を創られた

 

天帝は次いで赤土を下し、後に黒土も下した

宮古島は五穀が実る島になる

 

天帝は古意角に下界に降りて人の世建てして守護神となれと命じた

古意角は天帝に「我に足りない片方の身体を賜え」と

天帝は五躰備わって何の不足かと問うと

古意角は「すべて陽あれば陰あり、陰あれば必ず陽あり」と問答を経て

天帝は古意角の願いを聞き入れ、女神古依玉(こいたま)の供を認めた

 

古意角は古依玉を伴い現在の漲水御嶽のある地に降臨した

そうして、多くの神々を産み

その子孫が繁栄し、宮古島の住民と成ったと言う

 

島々の創造と・人類創生の神を祀ったのが

漲水御嶽(ぴやるみずうたき)である

 

宮古島には数多い御嶽の中で漲水御嶽は最高の聖地として崇めて

島の人々は、強い信仰を有し大切に守っている

コメント (1)

宮古 【3】

2016年12月20日 00時01分42秒 | 日記

 宮古方言は、独特の発音をするため、沖縄県民でも

ほとんど理解できない「ぱ・ぴ・ぷ・ぺ・ぽ」の発音の多用

「ん」で始まる言葉も多く独自性の高い文化を形成している

 

宮古島の歴史の経緯によって沖縄本島

八重山諸島とは異なる伝統を継持して受け継がれ

独自性の高い表現の方法として魅力的な宮古方言である

 

しかしマスメディアの普及、学校における標準語による授業などによって

若い年齢層ほど話すことも、聞くことも出来ない青年、児童が多く

このまま何の対策をしないと遠い将来には消滅すると

研究者は危惧している

 

ユネスコの調査によると現在世界には、6000から7000の言語があるが

2500言語が消滅の危機にあるといわれている

 

ユネスコではこれら消滅する可能性のある言語を

消滅危機言語として、レッドデータブックを作成している

 

宮古方言はデッドデータブックの消滅危険度評価では

五段階の三段階目の危険となっている

 

宮古方言は消滅する運命にあるのか ?

 

言葉は人と人の心を繋ぐ命をもった言葉として

未来に繋ぐことができるか ?

コメント

宮古 【2】

2016年12月15日 00時02分24秒 | 日記

  名称の由来

宮古島の「宮古(みやこ)」と言う名は

宮古諸島の方言で「みやく、または、みやーく」と呼ばれていた

 

池間島、狩俣村にある、600年以上の歴史を持つ

アヤグ(宮古方言で謡われた詩歌)によると みやくとは

「み(身)」「や(家)」「ク(場)」の意味に成っている

 

16世紀頃宮古上布は苧麻から作られていたことから

その評判から、琉球国時代「摩古」と呼ばれていた

みやくの方言の発音に当てられたとする説もある

 

1605年の「温州府諸には、1371年に

「婆羅公管下密牙古人(みやこじん)」が

温州府永嘉に漂着したと記述されている

「密牙古」は宮古のことであるとされている

 

16世紀頃から宮古住民は

みやくまたはピサラ(平良の意味)と呼んでいた

ピサラ(平良)が荷川、西仲宗根、東仲宗根、西里、下里の村を指す

名称として定着したため再び宮古全体を

みやく と言う名前で呼ばれるようになる

 

琉球本島においては、麻古山(まこさん)

太平三(たいへいさん)とも呼んでいた

 

宮古の漢字表記は みやくの当て字とされている!!!

コメント

宮古 【1】

2016年12月10日 00時02分24秒 | 日記

 宮古島は沖縄本島から、南西に約290㎞に位置し

池間島・来間島・伊良部島・下地島・大神島・宮古島と

大小6つの島で、総面積204k㎡で宮古市を構成している

人口54299人、人口の大部分は宮古島平良地区に多く集中している

 

島は低い山岳で、地面は平坦のため、大きな河川がない

そのため地下にダムを造り、農水、生活用水として利用している

 

宮古島では、命の、地下水を守るため環境創りのため

「エコアイランド宮古島」を宣言している

 

宮古は沖縄、八重山諸島とは異なる伝統や文化有し

特徴のある、方言、民謡、芸能、民話昔話など多数ある

 

また、人類創生・天と創造物語など、継承されている

 

宮古島は、御嶽信仰、先祖崇拝などが根強い、そのため、拝所が数多くある

伝統行事の祭祀、神事が年中行事として、現在も熱心に行われている

 

また、芋・稲作・織物(宮古上布)などの伝来がある!!!

コメント

久米島 【7】

2016年12月05日 00時01分26秒 | 日記

 久米島のマキヨに古代から神人、根神(神女)が存在し

神事、祭祀が行われていたが

 

尚真王(1477~1526年)治世に神職改革が行われた

久米島も例外ではなかった

 

神職が組織化され

10人のノロ(神女)と根神・掟神その他の神人が各地に置かれた

その上に高級神女と言われる三十三君の一人君南風(チンペー)が任命された

 

ノロは集落の祭祀に関わり、君南風は久米島の大きな神事の時

10人のノロを招集し、主に君南風殿内や祭祀に関わる御嶽、祭場で執り行う

これは君南風を中心とする祭祀となる

 

久米島には御嶽、拝所には

火の神・海の神・森の神・井の神・雨の神など祀られ

御嶽・拝所には神が依り憑く「イベ」と言う石碑が置かれている

 

久米島は特に火の神が多いのが特徴

火の神は太陽を示し天上の、オボツ・カグラの太陽神を最高神とし

 

また、沖縄信仰において海を神聖視し

海の東方にある異界ニライカナイの

アガリカタウフヌシ(東方大主)も最高神と崇めている

 

久米島においても基本的には

沖縄の宗教神観念は同じである!!!

コメント

久米島 【6】

2016年12月01日 00時03分20秒 | 日記

 第二王統尚氏三代目尚真王(1477~1526年)の治世に

地方按司(領主)を王府のある首里に居住させ武器を取り上げた

 

また、沖縄の古代からあった宗教の神事

祭祀を行う神人(神女)、祭場を整備し統治機構改革を行い

中央集権体制化と、祭祀一致の政策を行い、王権を不動のものにした

 

王府は祭祀を行う神職を「ノロ」と言う名称として制定し

各地域の祭祀を管轄させた

 

その上に「大阿母」、さらにその上に「大阿母良礼」を配し

さらにその上に「聞得大君」をおいた

 

聞得大君は、琉球全土のノロ、神職の頂点に立つ存在で

最初の「聞得大君」は尚真王の妹である

 

なお高級神女を「三十三君」と呼ばれ、そのほとんどは王府にいたが

その三十三君の一人が久米島のノロ、「君南風(チンペー)」である

 

1944年に「思戸金翁」が18代聞得大君に就任したが、戦後廃職となった

現在、「三十三君」にあたる高級神女は

久米島の「君南風」一人だけで最高位の「ノロ」として存続している

 

現在の「君南風」の島袋訓子氏は十二代目になる!!!

コメント