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竹富島の祭&祀【5】

2018年08月25日 00時01分07秒 | 日記

  タナドクイ(種子取祭)

竹富島に数多くある伝統祭祀の中で

島最大の祭りは、タナドゥイである

 

タナドゥイは農業に関する神事である

種子を蒔き無事に育つことを祈願する事であるが

 

現在ではほとんど農業は行われていないが

祭祀の儀式は、六百年以上も守り続けられている

 

その日には、沖縄本島・県外にいる島出身者は帰省し

島民総出で参加し、うつぐみ(一致協力)の心で祭を行う

 

タナドゥイは旧暦の九月十日の甲申のひから

甲馬の日から、十日間に渡って数々の神事が行われる

 

特に七日・八日の二日間で行われる、伝統行事は

七十余り、神々に奉納される

 

七日目は玻座真ムラで、八日目は中筋ムラで行われる事が決まっている

奉納芸能は大きく分類すると

 

ブドゥイ(踊り)キョンギン(狂言)に分ける事が出来

ブドゥイは女性が、キョンギンは男性が演じる

 

六百年以上も継承され守り続けられている伝統祭祀

タナドゥイ(種子取祭)は

1977年に国の重要無形民俗文化財に指定されている

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竹富島の祭&祀【4】

2018年08月20日 00時02分37秒 | 日記

  竹富島には、ユーンカイ(世迎い)と言う祭祀がある 

ニライ カナイの神の国から、

 

五穀の種子を積んだ船が、竹富島のコンドイ浜の北側に

ニーランと言う石に船の舫い綱を結び上陸したと言う伝承である

 

ニライ カナイの神々と船に積んだ五穀の種子を

竹富島の神が八重山の島々に

多くの穀物の種子を配った

 

ユーンカイは、ニラン神石の前で

ニライ カナイの神を迎える儀式を毎年旧暦八月八日に行われる

 

祭祀は主にツカサ(神女)と竹富公民館執行部が

ニーラン神石の前で「トンチャーマ」を謡いながら

手招きをする仕草をし、神を迎える

 

その後、ニライ カナイの伝承と深い関係があると考えられる

幸本オン(御嶽)を拝し、それから年二回しか参拝しない

クックバー(小底場)行き八重山の島々に種子を配る儀式が行われる

 

その後、ナージカー(中筋井戸)の前で

玻座間住民の歓迎の踊りであるガーリー(願礼)踊りで迎えられる

 

また、西唐オンも参拝し、そこでもガーリー踊りが行われ

ユーンカイ(世迎い)の祭祀は終了する

 

このユーンカイの儀式は

ニライ カナイ信仰の原点であると言われている

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竹富島の祭&祀【3】

2018年08月15日 00時12分29秒 | 日記

  竹富島には、始祖とされる、六人の祖先神を祀った

オン(御嶽)をムーヤマ(六山)と呼ばれ

一年を通して神事、祭祀が行われる最も重要な御願所とされている

 

島の住民は必ずどこかの「ムーヤマ」に属し

祭の時には家族、一族が集い祭祀を行う

 

各オン(御嶽)には神職であるツカサ(神女)が属し祭祀を司る

ツカサは主に女性で、代々世襲で引き継がれ

オンの香炉などを管理し年間十五回の祭祀を執り行う

 

また、トゥヌイムトウ(殿居元)やカンマンガーなどの役職も

世襲で引き継がれている


竹富島には数多くの伝統行事である祭祀・祭礼が継承され 

「祈願」と「感謝」を行う祭祀に分ける事が出来る

 

八重山諸島各地で行われている

プイ(豊年祭)やキツガン(結願祭)・シチ(節祭)などに加え

 

竹富島独自のである

ユーンケイ(世迎い)、ジュングヤー(十五夜)などもある

 

島最大の祭祀タナドゥイ(種子取祭)は

十日間に渡って数々の神事が執り行われる

 

島民総出で祭に参加し

祈願し謡い踊り、芸能を奉納して


島全体が一体である事を体感している

そこにあるのは「うつぐみ(一致協力)の心である」


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竹富島の祭&祀【2】

2018年08月10日 00時02分04秒 | 日記

  竹富島には、数多くの祭祀が、大切に守られ継承されている

島内には、オン(御嶽)が28ヶ所、存在し信仰の中心になっている

それ以外の拝所を含めると80ヶ所以上のあると言われている

 

島の始祖と伝えられている、6人の親神を祀った

オン(御嶽)を「ムーヤマ(六山)」と呼ばれ

祭祀を行う最も重要な拝所とされている

 

島の住民は必ずどちらかのムーヤマに属し

ナーキョイやプイなどの祭祀の時には

それそでのオンで家族、一族の無病息災を祈願する

 

また、西唐が首里王府の園比屋武御嶽の神を

勧請(分霊)して国中御嶽を建立する

八重山諸島で唯一琉球王府とつながる御嶽である

 

西唐は島の偉人として尊敬され

西唐を称え、西唐御嶽が造られている

 

また島創りの,二神が祀られている、清明御嶽を加えると

竹富島には、クヌヤマ(九山)のオンになっている

これらのオン(御嶽)は島民の強い信仰を集めている

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竹富島の祭&祀【1】

2018年08月05日 00時02分14秒 | 日記

  竹富島は八重山諸竹富島島にある島で

小浜島・黒島・西表島・波照間島・鳩間島・新城島・

由布島・竹富島を含め八島で竹富町を構成している

人口4279人(2017年2月)

                              

石垣島から高速船で約10分程(約6㌔)面積5,43k㎡

周囲9,2キロ、人口326人

島は隆起珊瑚礁で出来ているため平坦な地形である

 

アイノダ(東集落)・インノタ(西集落)・ナージ(南集落(中筋))と

三ヶ所の集落があり、集落は島の中央部分にあり

島の中央から放射状に道が海岸へ通っている

 

赤瓦の民家、珊瑚礁の石垣、白い砂の路地、南国の花が一年中咲く

沖縄の原風景がそのまま残って観ることが出来る

八重山諸島の中でも最も多く、観光客が訪れている

 

竹富島は、信仰厚い島で、一年を通して数多くの

祭祀、神事が行われ、継承され守られている

 

自然や伝統行事、文化的景観を守るため

竹富島は高度な自治能力を有し

団体法人竹富公民館(2003年法人各認可)独自の憲章がある

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パイパティローマ【2】

2018年08月01日 00時03分26秒 | 日記

  方言で、パイは南、パティローマは波照間島を意味する     

波照間島富嘉村の南西側に

パイパティローマ(南波照間島)の伝承にあるヤグ村集落跡がある


このヤグ村のアカマリと言う男

各島々で人頭税の粟や米・海産物などを積み込んだばかりの

琉球王府の貢納船を奪い


ヤグ村の住民40人から50人と

南の楽園、パイパティローマを目指し集団離島した

1648年のことである


これは人頭税が導入されて11年目の事件である


アカマリと島民は

理想郷パイパティローマは実在する島として目指したのか


伝説上の島として、信仰を持って目指したのか

そしてパイパティローマに着くことが出来たのか

出来なかったのか不明である


1907年に沖縄県が二度にわたって探索したが

何の手掛かりも得られなかったと言われている


海南小記の著者民族学者の柳田國男が

その著書に、アカマリは扁く洋中を漕ぎ求め


ついにその島を見つけ我が島にちなんで

南波照間島と名付け事前にその存在を知っていたと言う


アカマリと島民は、理想郷南波照間島に着き

きっと幸福に暮らしたれあろうと思う !!?

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