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おきなわを サラ・さらっと 視る

  

宮古 【7】

2017年01月15日 00時02分21秒 | 日記

  宮古上布 <2>

苧麻(ちょま・ブーとも言う)はイラクサ科の多年草

繊維を細かく裂いて髪の毛のように細い糸を手積して

 

染めた糸(絣糸)を経糸と緯糸に使い

これを図案にして十字に織模様を出し

織りながら,タテ糸、ヨコ糸を調整しながら織る

 

細い糸が切れないように細心の注意を払い

根気にいる作業で時間がかかる

 

熟練した職人でも

1日30センチ前後ぐらいしか織ることが出来ないと言う

 

細い苧麻の糸で織られた布は

薄く深い藍色に真っ白な十字絣が浮かぶ様は

人の手で造られた物とは思えない奇跡のような美しい布である

 

宮古上布は苧麻の栽培から

手紡ぎして、糸を作り、色染め、織り、仕上げまで全てを

宮古島内の物を使い

 

400年以上の間、継承され守り続けられて来た

宮古上布は伝統の上に成り立っている!!!

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宮古 【6】

2017年01月10日 00時02分19秒 | 日記

  宮古上布 <1>

宮古上布は約400年以上の歴史がある

宮古島に伝わる苧麻(ちょま・ブーとも言う)を原料とする織物

 

熟練した職人が1反織るのに2~3か月以上もかかる最高級品

「東は越後」・「西の宮古」と呼ばれる日本を代表する織物である

 

16世紀頃、稲石刀自(とじ=とじとは妻の意味)が宮古上布を

完成させたと伝えられている

 

琉球国尚永王(1573~1588年)の時代に

中国明朝への進貢船に稲石刀自の夫(ムアテガーラ)が乗っていた

航海の途中嵐に遭い舵を操る綱が切れ運航不能になる

 

ムカテガーラは嵐の海へ飛び込み船の舵を操る綱を取り変えることに成功し

進貢船は無事琉球の首里に帰り着く事が出来た

 

尚永王は、この功績を讃えてムカテガーラに

下地の地頭の位を与え平民より士族に出世した

以後下地真栄と呼ばれるようになる

 

夫の出世を喜んだ稲石は

国王に返礼として「綾錆布(あやさびろ)」と言う銘の麻織物を献上した

 

綾錆布は紺細上布で苧麻の原料に染色を施し織り上げた物で

同じ技法で織り上げたのが「宮古上布」と呼ばれるようになる

宮古上布はその後も琉球王府に献上され続けていく

 

献上したことが世に出るきっかけになった〝宮古上布〟

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宮古 【5】

2017年01月05日 00時14分22秒 | 日記

 マウガン

マウガンとは、宮古島で信仰されている個人の守り神

マウと言う語は「霊」「魂」などを意味する

マウガンは個々の人の守護神を指す

 

マウガンを持つことを、マウを共にする

またはマウをカミルとも言う

 

宮古島では、子供が生まれて生後八日目か十日目に

ナージキ(名前を付ける)の儀礼が行われ

ヤーヌナーと呼ぶ童名(わらびなー)が付けられる

 

ナージキの儀礼では集落内にある

どの御嶽(ウタキ)に帰属するかは、神籖によって決められる

 

神籖には祖母父母が帰属する御嶽の神名を書いた紙を振り落とし

三回同じ神名を書いた紙が落ちてきた時

その神名に決定する

 

決まった自分が帰属する御嶽は、マウウムトゥと呼び

その御嶽の神がマウガンと呼ばれる

 

この神を自身に、マウガンとして共にするのは成人に成ってから

特に運気が無くなる場合と体調不良をきっかけとして

マウを供するのが一般的である

 

仏壇とは別に、個人用のマウダナ(神棚)を作り香炉を神体として

毎月、一日と十五日に欠かさず礼拝する

 

自身が死亡すると香炉はマウダナから降ろしマウガンも無くなる

マウガンの祭祀は集落ごとに異なっている

 

マウガンの祭祀は以前、活発に行われていたが

現在では時代と共にナージキの儀式は行われないのがほとんどである

 

マウガン祭祀は継承されず衰退に向かっている!!!


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寿春

2017年01月01日 00時06分22秒 | 日記

  謹んで迎春のお慶びを申し上げます

 

 

     皆様には素晴らしい一年と成りますように

            

      心からお祈り申し上げます

             


            今年もこのブログでお会いしましょう 

 

  今年も毎月、一日・五日・十日・十五日・二十日・二十五日に投稿予定です

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