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おきなわを サラ・さらっと 視る

  

祭&祀 【4】

2018年03月25日 00時02分00秒 | 日記

「政」は、古い時代から日本の神道において

祭祀を司る者、政治を司る者は

 

同じ意味であり、この「政」が一致した祭政一致といわれ

政治を、政(まつりごと)と呼んだ

 

古くは卑弥呼も「巫女」であり祈祷師であった

神の信託を得、執政したと云われている

 

平安時代にも、神職の陰陽師が官僚の役職に就き

大きな勢力を持ち政治に大きく関与したと言われている

 

また地方の集落においても

「まつりごと」と祭りの一致の「政」が行われ

その年の吉凶を占う、綱引きや競船などの勝敗によって

穀物の豊作、豊魚を、占う「まつり」であり神事である

 

執政者は、政と祭りの祭政一致で国を治めた

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祭&祀 【3】

2018年03月20日 00時02分08秒 | 日記

 「奉り」は奉る(たてまつる)とも読み

献上・送る・供える、神道の神や仏、天皇・公家に

奉納する行為をさすことが、奉りである

 

その起源は、自然崇拝である、古神道にある

日本神話の海幸彦と山幸彦の釣り針や弓矢を幸といい

 

神に供え物を捧げる、海の幸・山の幸を

漁りや狩りを得る道具であった

 

古くから、猟人や漁師は獲物を獲ると神の分として

大地や海に収穫の一部を還した

 

また、農業・林業・水産業などに係わる職業

現在の酒造、陶器などの生業としての、神事や

各地域の「奉り」にもあり、地鎮祭、上棟式でも

お神酒や御米が大地に還される

 

また大相撲も奉納の奉りであり、神事でもある

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祭&祀 【2】

2018年03月15日 00時02分04秒 | 日記

「祭」の語源は、まつり・まつるで

漢字が日本に入り、祭・祀・奉り・政(まつりごと)と漢字が充てられ

 

現在では、祭りと祀り、また奉りも同義語とも言われている

漢字の由来とともに意味も分かれていった

 

祭は、魂・霊・御霊を慰霊するものであるが

祭りの漢字の本来の意味は葬儀のことである

 

古神道の一つである、先祖崇拝は、神仏習合として

今に伝わるお盆がある

 

また家畜、うなぎなどの慰霊するための

祭りが、日本各地域で行われている

 

「祀」は神に祈願し、信託を受け

神職、神女が行う儀式である

 

古代より続く民間信仰で

山や森、巨石、巨木などに、宿ると信じる信仰で

その神、祖霊神に、祈ることである

 

祠や塚など建てて、神を招いて

日々の守りや感謝を祈ようになっていく

 

後に社殿など建立し、神霊を招き、鎮座した神霊を饗応し

神霊を慰め、感謝と祈願をする

 

祭儀・儀礼を行われるのが神社神道である

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祭&祀 【1】

2018年03月10日 00時02分16秒 | 日記

 祭は、日本において、祭りは慰霊のため

神・仏・先祖を敬い感謝や祈りを捧げる行為で

供え物などを捧げる祭礼・祭儀・祭祀の儀式である

 

神への感謝の祭礼・儀式は、世界各地にもある

キリスト教以前の欧羅巴に風習として

収穫した穀物で人体のパンを作り祭壇に供える、祭儀があった

そうして分割して食した

 

この風習はキリスト教の礼典の一つ聖餐式として

二千年たった現在でも続けられている

 

世界各地域には、さまざま型を示す儀式があるが

古儀式の祭りは、主に収穫の祭りであったとされている

 

農耕社会においての、豊穣への感謝

また祭壇に動物の、生贄を捧げる儀式などもある

ともに、命によって豊穣が得られるものであると信じる信仰である

 

祭りは超越した、自然的に存在への祈りで

感謝・崇敬・帰依、そうして謝罪の許しなどを祈願する行為

 

教儀や教より、慣習、儀式に力点を置いた

祭りは、本質的には民族宗教である

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門中 【12】

2018年03月05日 00時02分39秒 | 日記

 沖縄は明治以前琉球国として

独立国家であった、160の島々の集合で、

 

人口、108.958人(1632年頃)

1729年頃は173.969人

1879年頃は286.787人であった

 

沖縄は、中国・東南アジアとの交易で入る文化,人々の交流など

特に日本文化(宗教・文字文化)などの影響を強く受けて

 

沖縄独自の文化を築きあげて来た

宗教(祭祀・神事)・系図そして門中制度などなども

他の都道府県とは違う沖縄の独自の物である

 

しかし、現在、沖縄社会全体の都市化、核家族化

人々の日々の営みの価値観の変化・多様化して来た

昔から続いて来た神事祭祀・先祖祀りなど徐々に失われつつある

 

今、書いている門中制度も例外ではない

私の父の代までは、皆男子には名乗り頭は「森」が付き

母方の兄弟は、「清」が付いていた

 

私の代は、私も、弟も、父母方の従兄弟達も付いていない

ちなみに、私・弟・従兄弟の子供たち


最近生まれた子供たちにも付いていない

皆、現代風の名前が付いている

 

古い時代から受け継がれて来た伝統は

先祖を知り、先祖を敬い、そして自分のルーツを知る

伝統は残しておきたい、沖縄独自の文化だと思う

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門中 【11】

2018年03月01日 00時03分09秒 | 日記

 門中事に、氏名、名乗り頭があって

門中の一員、親、兄弟で名字が違っても

氏名・名乗り頭を見れば、同じ一門であることが直に分る

 

芋の栽培方法・砂糖の精製方法などを学び

沖縄を始め、全国に広め、飢餓から救ったとされている

沖縄の五大偉人の一人、儀間親方真常を例に挙げてみる

 

唐名は、麻平衛

和名は、儀間親方真常

 

麻は氏名・平衛(へいこう)は諱、氏名と諱と合わせて唐名と言う

 

儀間は家名(名字)で・親方は称号(位階)・真常は名乗りで

合わせて、和名である

 

家名(名字)の儀間は治めていた領地がそのまま

家名、名字として名乗るのが原則であった

治める領地が変われば、家名も名字も変わった

 

名乗りは日本風の名で、最初の一字が名乗り頭と言い

各門中事に、名乗り頭の一字の漢字が決まっていた

儀間真常の場合は、真常の「真」が名乗り頭である

 

家譜によると、麻氏は首里士族である

現在の本家は、田名名字で

分家は西原・瀬底・渡口家となっているが

 

名字が違っても、氏名と名乗り頭が同じならば

門中一族だと直に分る

 

氏名麻は、大城按司真武が(1557~1644年)一世

二世が真宗・三世が真福・四世が真孟・五世が真命

そして六世が儀間真常で

 

同じ氏名と名乗り頭の一字は同じである

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