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親父との別れ②

2015年12月20日 10時35分13秒 | Adap介護
 受付を終えて、待合室で待っていると、
 取調室のような、小さな部屋に医師に呼ばれた。
 
 以前、親父が徘徊して警察署で相談したときも、
 こんな、テーブル1個とイスが4個くらいしかない、密室だった。

 医師からは、心臓にある3本の大きな血管の内、
 1本が詰まっているので、血管を拡げる緊急手術が必要だが、

 父が高齢なこと、血流を良くする薬を飲んでいることなど
 リスクが大きいことが伝えられ、手術をするかどうかの判断を問われた。
 
 できるだけのことをお願いします。
 そう言った時に看護婦が入ってきた。

 看護婦の報告を受け、医師の顔が厳しくなった。
 「お父さんの心臓は、今、止まっています。」

 部屋の空気が完全に凍りついた。
 何も、言葉が出てこなかった。

 それから、どれだけの時が流れたのか?
 医師から、どんな話をしてもらったのか?
 今は、はっきり覚えていない。放心状態だったのか?

 再び、看護婦が入ってくる。
 「お父さんの心臓が、マッサージで再び動き始めました。」 

 しかし、医師の厳しい顔は変わらなく、
 「数分、脳に血が流れなくなると脳が死んでしまいます。」
 「命を繋いでも、植物人間になってしまう可能性が非常に高い。」
 「もう、もとの生活には戻れません。」
 状況は、厳しさを増していた。

 この状態でも、リスクの大きな手術をするか?
 残り少ない時間を、ゆっくり過ごすか?
 手術をしている途中で、死に至る可能性が高いことも伝えれられた。
 
 医師から選択を迫られる、厳しい選択。
 お袋と話をして、親父との残り少ない時間を過ごす選択をする。
 辛い選択だった…。







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2 コメント

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私も思い出します (しゅー)
2015-12-20 16:47:35
ご無沙汰しております。gooブロガーのイベントでご一緒させていただいたしゅーです。
お父様、お亡くなりになられたのですね。。。
ご冥福をお祈りいたします。
adapさんの記事を読んで、叔父の末期のことを思い出しました。享年52歳。私の祖父母にあたる両親は健在。また末の子はまだ中学生で、早すぎる死でした。
どのタイミングで永遠の眠りにつかせるか、家族が看護師さんに急かされて。
結局、父親、私の祖父が「もうゆっくり休めし。」とつぶやいて、永遠の眠りに向かう薬が注入されました。
こうやってその時を迫られるのね…と思いました。
adapさんも近いご経験をされたようで、読みながら泣けてきました。
続きが書けるならば、是非アップしてください。きっと見知らぬ誰かも私のように共感していると思います。
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Unknown (adap)
2015-12-20 21:36:42
しゅーさん、お久しぶりです。
ブログ読んでくれてありがとう。
自分の父の時は、病院に運ばれてから、3回くらい心臓が止まって、もう助からないという感じでした。
医師は、判断できないですからね。
色々、わかっているつもりでも、今でも、あれでよかったのかと、この日の情景が思い浮かびます。
ブログにのせるのは、迷いましたが、これから同じ思いをする人が居たとき、少しでもこの記事を思い出してくれたらと考えて、記事にしました。
急に寒くなって来ましたが、お体お大事に。
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