黒猫のつぶやき

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品川再開発計画にみる「日本社会の病理」

2013-01-23 14:47:45 | 時事
 このところ法科大学院関係記事の連投が続いたので,たまにはほかの記事を書くことにしましょう。
 最近読んだ本に,『山手線に新駅ができる本当の理由』(メディアファクトリー新書,2012年)という本があります。この本は,明治大学の市川宏雄教授の著によるものであり,本の内容は品川再開発計画の背景やそのあり方に関する著者の意見が主なものですが,これは単なる品川地区の再開発にとどまらず,その方法如何によっては日本社会全体のあり方に関わる問題であり,日本の将来を気にする人であれば是非一読をお薦めしたい内容になっているので,記事として取り上げることにしました。

1 品川再開発とは?
 「品川再開発」というのは,黒猫が便宜上付けた呼称に過ぎませんが,正確には山手線品川駅と田町駅の間にある品川車両基地を廃止して約15haの土地が空くので,その空き地を最大限活用するため現在の山手線・京浜東北線の線路を移動させるとともに,品川と田町の間(京急線・都営浅草線の泉岳寺駅付近?)に新駅を作り,新駅を拠点とした大規模な都市再開発を行うという構想が持ち上がっています。
 2014年度中には,JR東日本が東北本線・高崎線・常磐線を東京まで延伸させ,東海道本線との直通運転が可能な東北縦貫線を開通させる見込みであり,東北縦貫線が開通すれば,これまで品川車両基地を使っていた東海道本線の車両を東北本線の田端車両基地に移すことが可能になるので,品川車両基地を廃止してその跡地を再開発しようという話になったわけです。
 なお,山手線の新駅は,2020年頃の開業を予定していると言われています。

2 品川の『国際都心』構想
 このような経緯で再開発の対象となる品川地区は,交通の便という面において非常に恵まれています。
 まず,品川駅はJR東海道本線・横須賀線・山手線・京浜東北線,京急線といった都心の主要路線が集う重要な駅であり,『のぞみ』の全列車が停まる東海道新幹線の駅まであります。東北縦貫線が開業すれば北方へのアクセスも容易になります。
 また,羽田空港にも近く,京急線の『エアポート快特』に乗れば大体20分くらいで着きます。京急線の『エアポート快特』か横須賀線の成田エクスプレスを利用すれば,成田空港へのアクセスも比較的容易です。さらに,東京~名古屋間を約40分で結ぶというリニア中央新幹線の始発駅(東京側)は品川付近に設置される予定です。
 このように,東京都心の中でも非常に恵まれた地の利を活かし,品川地区を新たな「国際都心」にするための経済特区構想が持ち上がっているのです。再開発が予定されている品川駅付近の土地は,東京都から「アジアヘッドクォーター特区」,内閣官房から「国際戦略総合特区」及び「特定都市再生緊急整備地域」に指定されています。
 経済のグローバル化に伴い,世界では企業や富裕層の誘致合戦とでも言うべき現象が起こっており,特にシンガポールはミャンマーから中国に至る石油パイプラインの建設に伴い将来海港都市としての重要性がなくなる懸念があるため,海外企業や富裕層の招致には特に熱心であり,日本からシンガポールに拠点を移す企業や富裕層も少なくないそうです。日本もこうした動きに遅れを取るまいと,再開発される品川を経済特区にして海外企業を誘致し,日本再生の切り札にしようという考え方があるわけですね。
 海外企業誘致の具体策としては,まず税制の優遇措置。現在,わが国における法人税(地方事業税等を含む)の実効税率は40.7%であり,高すぎて企業が外国に逃げて行くと言われているわけですが,品川では特区適用と東京都独自減税を合わせ,実効税率を28.9%にまで下げるそうです。アジア圏の他の都市では実効税率が概ね15~26%前後であり,都市インフラの整備状況や治安の良さをアピールできれば十分勝負出来るだろうというわけです。
 また,日本では起業等に関する許認可関係が多分野にわたっており,それぞれの分野に専門家(弁護士,司法書士,公認会計士など)が必要なことから,東京都では英語に堪能なコンシェルジュが窓口となって各専門家とコンタクトを取ってもらえるほか,生活面でも英語に堪能な生活コンシェルジュがあらゆる面で相談に乗ってくれるようなワンストップサービスの提供を目指すとしています。
 さらに,特区内では一定規模以上の事業を行う場合,法律や条例による規制をすべて白紙にした上で,都市計画などの事業審査を約6ヶ月で実施するものとされており,海外企業の誘致に有効な施策であれば何でもやろうという態勢が(一応にせよ)整えられているわけです。

3 『国際都心』構想の問題点
 このような構想が実現して,品川に多数の海外企業等を誘致することができれば,著者の主張するとおりそれが日本再生の切り札となる可能性も,たしかにゼロではないと思います。ただし,このような構想を実現するには,以下に挙げるような問題点があることを併せて指摘せざるを得ません。
(1) 本当に海外企業等を誘致できるのか?
 法人税の実効税率を競争できる程度にまで引き下げるといいますが,実際に海外企業やその経営者・従業員等を誘致するにあたっては,所得税や相続税・贈与税の高さもネックになります。富裕層に人気がある香港やシンガポールなどでは,そもそも相続税がかからないとされており,そんな国と日本が税制面で勝負出来るかと言われたら,実際には難しいでしょう。
 品川周辺を経済特区に指定して海外企業を誘致しようとしても,実際には日本国内の企業が節税目的で集まるだけではないかという気がします。
(2) 必要な法規制の緩和が本当にできるのか?
 すべての法規制を白紙に戻すといっても,想定されているのは主に経産省や国交省関連の法規制であり,他省庁が所管する法律の規制緩和については,まだ十分な目途が立っていないようです。例えば著者が指摘するところでは,海外の富裕層では自宅にメイドを雇っており,一家が移住する場合にはメイドも一緒に付いてくる例が多いそうですが,日本に移住しようとするとメイドの在留許可が降りずにメイドを連れてこられないケースが多く,この点が誘致の障害になっているそうです。この点に関し入管法を所管している法務省を説得するのは,並大抵の力ではできないでしょう。
(3) 肝心の事業者にやる気があるのか?
 著者によると,品川を『国際都心』にしようと考えているのは主に東京都であり,事業主体であるJR東日本がそのような視点を持っているかどうかは疑問が残る,ということのようです。
 過去にJR東日本が手掛けた都市再開発事業としては,貨物ヤードのあった品川駅東口,貨物駅のあった汐留シオサイトが挙げられますが,これらの再開発は単に道路を通して両側の土地を切り売りするだけであったらしく,著者が街造りとしての成功例として挙げている六本木ヒルズや大丸有(大手町・丸の内・有楽町)などに比べると,人が多く集まる街になっているとは言い難いような気がします。
 著者が最も憂慮しているのは,このままでは今回の品川再開発も単に跡地が切り売りされるだけで,それでも交通の便がよい一等地だけに十分買い手は付くのでJR東日本もそれで満足してしまい,三重に指定された経済特区も大した効力を発揮せず,結局格好良いビルが建ち並ぶだけで大した求心力を持たない再開発に終わってしまうのではないか,ということのようです。
(4) 関連当事者間の競業関係と司令塔の不在
 さらに言うと,リニア中央新幹線を造ろうとしているJR東海は,伝統的にJR東日本との仲が良いとはいえず,品川再開発地域におけるリニア新駅とのアクセスが確保されるかは未知数であるという問題もあります。
 また,品川再開発の話とは若干離れますが,品川の手前あたりから南東方向は,大井車両基地に向けた新幹線の引き込み線が設けられており,この大井車両基地から線路を約5キロ延伸させれば,東京駅と羽田空港を新幹線で結ぶことも実は可能なのですが,新幹線と航空機は国内旅客をめぐってのライバル関係にあるため,このような構想は民主党時代の前原国交大臣を含め,以前から多くの人に取り上げられては消えているそうです。
 そもそも,本当に品川の『国際都心』化を成功させようと思うなら,今後も数多くの法整備や事業者間の利害調整が不可欠であり,それに必要な力を持っている国の政治家が主導的役割を果たすことは不可欠だと思うのですが,実際には構想実現に向けたビジョンらしきものを持っているのは地方自治体である東京都くらいで,もっと大所高所からの判断が行われる必要性を学者が市民に訴えざるを得ない状況になっているわけです(戦略性のある都市政策などというものは,本来政治家が専門的な判断により実行すべきものであり,単なる民意の集約で出来るようなものではないにもかかわらず)。これを「日本社会の病理」と言わずして何と呼ぶべきでしょうか。

 政府・自民党は経済政策を重視すると言っていますが,実際にやろうとしているのは国債を無制限に発行して円の価値を下げ,民主党政権時代に潰された僻地の公共事業を復活させることくらいで,それ以外の政策については有識者に意見を言わせても「規制緩和」や「成長戦略」といった言葉をバカの一つ覚えのように繰り返すだけ,というのが現在の政情です。私たち有権者は,もはや誰に任せても即効性は期待できないという現実を直視しつつ,選挙等を通じて少しでもましな政治家を選び,日本の将来を少しでもましな方向に導いていかなければならないという使命を帯びています。
 そのような中で,私たち有権者が政治家や有識者の「質」を判断するにあたり,例えば日本の将来を変える力を秘めているかも知れない「品川再開発」についてその人がどれほどのビジョンと実行力を持っているかというのは,一つの有力な判断要素になり得るのではないでしょうか。