新国立劇場の小劇場でミュージカル「東京ローズ」を観てきた。今日は1階席の前から4番目の列、しかも前は通路になっているため広くなっているので楽だった。7,315円の高齢者割引。席は満席に近いのではないかと思った。若い女性が多いのが演劇やミュージカルの特徴だ。これは良いことだと思う。
【台本・作詞】メリヒー・ユーン/カーラ・ボルドウィン
【作曲】ウィリアム・パトリック・ハリソン
【翻訳】小川絵梨子
【訳詞】土器屋利行
【音楽監督】深沢桂子/村井一帆
【演出】藤田俊太郎
【振付】新海絵理子
【舞台監督】棚瀬 巧
キャスト
飯野めぐみ
シルビア・グラブ
鈴木瑛美子
原田真絢
森 加織
山本咲希
全ての出演者をオーディションで決定するフルオーディションで選ばれた6人の出演者である。このオーディションには936名が応募し、審査を経て決定そうだ。大変意欲的な企画だと思ったし、こんなに多くの若者が演劇の世界を希望しているというのも心強いし、うれしい。
今日の公演で面白いなと思ったのは、主人公のアイバ・トグリを誰か一人がずっと演じるのではなく、途中で何回か別の出演者と交替することだ。今日は誰と誰が務めたのかはわからないが、この狙いは面白いので、その狙いを聞きたいところだ。チラシを見ると6人全員がアイバを演じることができるようである。チラシを見ると、例えば飯野めぐみさんには8つの役が書かれているので、全ての役が途中で、あるいは日替わりで交替して演じているのかもしれない。複雑すぎてよくわからない。役者にとっては台詞を覚えたり、役柄になりきるのが結構難しいと思うがどうだろうか。
物語
この物語は2019年にイギリスのBURNT LEMON THEATREが製作したもの。BURNT LEMON THEATREは2017年に活動を開始した英国の女性を中心メンバーとした演劇集団。TOKYO ROSEの作者カーラ・ボルドウィン、英国版の演出を手掛けたハンナ・ベンソンをはじめ、メンバーの多くが演出と俳優、振付と俳優、作曲と俳優など公演においては色々な役割を兼任しながら作品創作を行っている、と説明されている。
アイバ・トグリ(戸栗郁子)は1916年にアメリカで生まれた日系二世。日本語の教育を受けることなくアメリカで青春を過ごした。叔母の見舞いのために25歳で来日し、すぐに帰国するはずが第二次世界大戦勃発によりアメリカへの帰国が不可能となってしまう。そこでアイバは、母語の英語を生かし、タイピストと短波放送傍受の仕事に就く。やがてラジオ・トウキョウ放送「ゼロ・アワー」のアナウンサーとなったが、その女性たちをアメリカ兵たちは「東京ローズ」と呼んだ。終戦後、アイバが行っていたことは、日本軍の連合国側向けプロパガンダ放送であったとされ、本国アメリカに強制送還され、国家反逆罪で起訴されてしまう。彼女は本当に罪人だったのか?
こういう説明になっているが、これは実話だそうだ、全く知らなかった。アイバ・トグリ(戸栗郁子)も実名である。
この物語は、戦争が国民の人生に与える大きな影響、日本の戦時プロパガンダ放送への協力、人種差別、2つの祖国を持つ人の悩み、女性の名誉回復ための長い闘い、などが論点となって展開されているように思う。そして最後は真実が勝つ、というのがアメリカらしい。
音楽
今回驚いたのは、舞台設定と音楽だ。舞台は大変雰囲気のあるユニークなセッティングとなっており、かなり考えたな、と言う印象を持った。そして、舞台後方は2階建てになっており、その2階部分には4人の演奏家(座席から見えたのは、うろ覚えだがピアノ・チェロ・バイオリンなど)が楽器と共に配置されており、劇の進行に合わせて生演奏をするのだ。それも場面に合わせてジャズだったりクラシックだったり変えていたようだ。よく考えている。これは素晴らしいと思った。通常の演劇ではこんな経験はしたことないが、本作はミュージカルだから有り得た設定なのかもしれない。
台本・作詞
台本は二人の外国人女性により作られたものだ。彼女たちと音楽の作曲家のウイリアム・パトリック・ハンソンに対するインタビューの動画がHPで見られるようになっているのは良いことだと思うし、鑑賞の参考になる。二人のいずれも若くて明るい雰囲気なのは好感が持てる。ウイリアムも音楽についてよく考えていることがわかる。
日本では戦争関係の演劇やドラマになると必ず日本軍や警察だけを悪者にするが、本作では、アメリカが日本に対して原爆を使って日本人にも多くの犠牲者が出たことを述べる場面がある。また、トグリの両親がカリフォルニアの日本人の強制収容所に入れられ、母はそれに耐えられずに亡くなったことも出てくる。戦争の勝者も非人道的な犯罪を犯していたのだ。それらについても触れるのは非常にバランスが取れた考えであり、今の日本に欠けている視点であると思うので、その意味でも良い台本だと思った。
その他
日本の演劇界では、役者が常に大声で怒鳴るように話す傾向があり、如何なものかと感じていた。これは劇場が役者の細かい声まで聞き取るには広すぎるからだと想像するが、今回は役者がマイクを使っていた(多分拡声用だと思うが)。そのためかが、話し方に無理がなく、日常会話のように舞台でも話していた。これはこれで良いやり方ではないだろうか。肉声にこだわる必要はないと思う。
この物語では、東京ローズという日本の連合国側向けプロパガンダ放送の女性アナウンサーたちが主役だが、日本がそんなことをしていたのか、というのが私には驚きであった。アメリカこそ、こういうことをもっとも得意としている国家だと思っていたからだ。
非常に良い演劇(ミュージカル)であったと思う。また、今回出演した6名の出演者の今後の活躍を期待したい。