ゆっくり行きましょう

気ままに生活してるシニアの残日録

歌劇「トスカ」をテレビで観た

2024年06月21日 | オペラ・バレエ

テレビで放送していたミラノ・スカラ座2019/20シーズン開幕公演、歌劇「トスカ」を観た、2019年12月の公演で、コロナの蔓延直前の公演だ。

作曲:プッチーニ (1900年、ミラノ初稿版)
演出:ダヴィデ・リーヴェルモル

<出演>

トスカ:アンナ・ネトレプコ
カヴァラドッシ:フランチェスコ・メーリ
スカルピア男爵:ルカ・サルシ
アンジェロッティ:カルロ・チーニ
スポレッタ:カルロ・ボージ
シャローネ:ジュリオ・マストロトターロほか

合唱:ミラノ・スカラ座アカデミー児童合唱団、ミラノ・スカラ座合唱団
管弦楽:ミラノ・スカラ座管弦楽団
指揮:リッカルド・シャイー 
収録:2019年12月7日 ミラノ・スカラ座(イタリア)

公演開始前にはイタリア大統領ご一行が場内に紹介され、スカラ座管弦楽団によるイタリア国歌が演奏された、良いことではないか、日本でも新国立劇場の新シーズン開幕公演では天皇陛下のご来臨を賜り君が代の演奏をやってもらいたいものだ、競馬の天皇賞やサッカーの国際試合でも国歌斉唱はやっているではないか

もっともスカラ座が毎年そうやっているのかは知らないし、演目がトスカだからこそ大統領一行が訪れ、イタリア万歳の国歌を演奏したのかもしれない

この「トスカだから」というところだが、

  • トスカの舞台は17世紀末のローマである、私の愛読する塚本哲也氏の「わが青春のハプスブルク」(文春文庫)によれば、近世に入ってからのイタリアは、フランスのブルボン家とオーストリアのハプスブルク家の争奪戦の場となり、18世紀以降はハプスブルク家が圧倒的に優勢で、支配権を固めていた
  • フランス革命のあと、ナポレオンが全イタリアを席捲し、18年間もその支配下におかれていたものの、没落後、再びそのほとんどをハプスブルク帝国の配下におかれ、オーストリアの勢力と影響力が広く覆うことになる
  • トスカはこの時代を舞台にしたオペラであり、オーストリアと大いに関係がある、すなわち、フランス革命直後、ナポレオンがイタリアを制圧して帰国後、1799年からオーストリア・ロシア連合軍の反攻が始まり、北イタリア、中部イタリアのほとんどがオーストリアによって奪還された、こういう状況の中での歌姫トスカの6月17日から18日の二日間にわたる物語である
  • ハプスブルク支配下のナポリ警視総監スカルピアはローマにおいてフランス革命を賛美する者たちを弾圧していた、6月17日はマレンゴの戦いの初戦でオーストリア軍がナポレオン軍を圧倒し勝利が確実になったとの伝令が入った日だ、トスカはスカラ座の名ソプラノ歌手で17日夜、オーストリア軍の祝勝オペラを歌う予定だったが、スカルピアは共和主義者をかくまっているトスカの恋人で画家のカラヴァドッシを逮捕、拷問にかけると、心配のあまりトスカは共和主義者の秘密を口走ってしまい、血だらけのカラヴァドッシが出てくると今度は、マレンゴの戦いで最後の瞬間にナポレオン軍が歴史的な勝利を収めたとのニュースが入る、スカルピアは・・・・
  • スカルピア総監はナポリ王国、その背後にあるオーストリア帝国の象徴であり、トスカとカラヴァドッシはイタリア独立派の代表である、トスカは要するに、恋愛悲劇に名を借りた反オーストリアのオペラという性格を持っていたといえないこともない
  • 原作はヴィクトリア・サルドーというフランス劇作家、1877年に当時の名女優サラ・ベルナールのために書いたものである、既にイタリア統一後だが、そのために犠牲になった人たちへの記念碑なのである、それにプッチーニが感激してオペラとして作曲した、フランス人も当時オーストリアに事あるごとに覇を争い、イタリアを応援していたから、イタリアの反オーストリア感情はまたフランスの劇作家の心境でもあったのだろう

ちょっと歴史的経緯の説明が長くなったが、ここでこのオペラを観た感想を書いてみたい

  • タイトルロールのトスカを歌ったのはご存知、アンナ・ネトレプコだ、歌唱力は抜群であった
  • 彼女が出てくる場面のうち、第2幕で、トスカがスカルピアを刺し殺した後、ぼう然としているところの奥に、彼女が着ていた青と赤のドレスと同じ衣装の女性がポーズをとって現れるところがある(上の写真)、これが何を暗示しているのか、この時点ではわからなかった
  • 第3幕の最後にトスカがカラヴァドッシの死亡に愕然とし、投身自殺するところ、この公演では天に召されるように天上に昇華して消えていくという演出であった。この時のトスカの姿だが、上に述べた第2幕でトスカの背後に亡霊のように出てきた同じ衣装を着た女性は、天子か女神であり、最後の悲劇でトスカがそうなる運命であることを暗示したのかなと思った
  • また、この最後のトスカが天に召されて消えていくところは歌舞伎の宙吊りと似ている演出だと思った
  • スカルピアを演じたルカ・サルシ(1975、伊)であるが、実にうまかった、役柄にピッタリの歌手だと思った、歌唱力も抜群であり、いやらしさの出し方などは素晴らしかった、この人は悪役に向いていると思った、特に第1幕フィナーレは舞台演出の壮麗さと彼の歌の迫力がぴったりと一致して素晴らしい歌唱力だと思った

さて、ミラノのスカラ座であるが、

  • 塚本氏の本によれば、スカラ座はハプスブルク家と深い関係がある、すなわち、スカラ座はハプスブルク帝国にあるウィーン国立歌劇場と中が瓜二つであるそうだ、スカラ座の内装もハプスブルク王朝の象徴である白・赤・金の三色が使われている、ウィーン宮廷はイタリア人の建築や絵画、彫刻の才能と香り高い文化には深い敬意と親しみを持っていた、スカラ座の基本設計はイタリア人であり、その影響がウィーンのオペラ劇場にも及んだわけであり、イタリアとハプスブルクの文化交流の象徴ともいえるそうだ、なるほど両国の関係を知ればわかるような気がする
  • 私は一度、スカラ座を訪問したことがある、その時は劇場見学ツアーにも参加したが、バレエも観劇した、演目は「マノン」、フランスのアベ・プレヴォーの小説『マノン・レスコー』を基にしたバレエ、この時の主役マノンはロシアのスヴェトラーナ・ザハーロワ、相手の恋人役を地元イタリアの伊達男として人気ナンバーワンのロベルト・ボッレというこれ以上望めない組み合わせだった、素晴らしい劇場と演技を見せてもらった


(見学ツアーの時に撮影した劇場内)


(自席から撮った写真、平土間の後ろのほうの席だった)


(開演前、オーケストラピットの前で振り返って取った写真)

いろいろ興味の尽きないオペラである


歌劇「ばらの騎士」をテレビで観た

2024年06月12日 | オペラ・バレエ

びわ湖ホール公演、歌劇「ばらの騎士」(原題:Der Rosenkavalier)をテレビで観た。

作曲:リヒャルト・シュトラウス
初演:1911年1月26日、ドレスデン宮廷歌劇場
台本:フーゴ・フォン・ホーフマンスタール
演出:中村 敬一

<出演>

ウェルデンベルク侯爵夫人:森谷 真理
オックス男爵(夫人の従兄):妻屋 秀和
オクタヴィアン(夫人の愛人青年貴族、薔薇の騎士):八木 寿子(ひさこ)
ファーニナル(俄か成金の貴族):青山 貴
ゾフィー(ファーニナルの一人娘):石橋 栄実(えみ)
合唱:びわ湖ホール声楽アンサンブル
児童合唱:大津児童合唱団
管弦楽:京都市交響楽団
指揮:阪 哲朗

収録:2024年3月2日滋賀県立芸術劇場びわ湖ホール

「ばらの騎士」を観るのは昨年METライブビューイングでリーゼ・ダーヴィドセンが元帥夫人をやった公演以来だ(その時のブログはこちら)、私の好きなオペラの一つ、私の愛聴盤は宇野功芳先生推薦のカラヤン指揮、フィルハーモニア管弦楽団、エリザベート・シュワルツコップ元帥夫人の1956年盤である。これを自室で読書しているときにBGMとしてかけていると、実に素晴らしい音楽だと感じる。

びわ湖ホールは1998年開館、ロビーからは琵琶湖を一望できるいいロケーション、歴代の芸術監督として若杉弘、沼尻竜典、そして2023年からは阪哲朗が就任。今まで数々のオペラを上演してきたという。確かにホールのwebページを見るとほぼ毎日、公演やイベントがある。今月下旬には阪指揮による「フィガロの結婚」の公演もあるようだ。

このびわ湖ホールで音楽的基盤となっているのが、びわ湖ホール声楽アンサンブルだ、オーディションで選ばれた若者たちが一定の公演に出て訓練して巣立っていく、アンサンブルが核になり、できない部分はゲストを呼ぶという方針で運営しているそうだ

今回の「ばらの騎士」は阪が就任後最初の大規模オペラ公演となった、ウィーンなどで活躍した阪にとって思い出の深いオペラだろう、阪哲朗は京都市出身、ドイツの劇場で音楽監督を務めるなどのキャリアを積んできた。現在、びわ湖のある大津市在中

演出の中村敬一は開館時からびわ湖ホールにかかわってきた、今回の「ばらの騎士」ではウィーンというテーマを前面に出した演出をした、作品が持っている誰もがイメージする原風景を大事にしている、それを舞台で再現する、と述べているが、こういうスタンスは好きだ、あまりに前衛的な、全然時代が違う現在に置き換えるような演出はあまり好きではない

阪はサロメやエレクトラなど音楽が無調化し、どんどんわかりにくくなってきたときに、モーツアルトを意識して作曲したのが「ばらの騎士」ではないか、と述べている。それは元帥夫人とオクタヴィアンとの朝食の場面でメヌエットのようなところが出てくるし、オックスがファーニナルの家を訪問した時に演奏されるワルツなどだ、観客を飽きさせない工夫だ、ただ、それ以外の部分はひたすらしゃべっていてアリアが一つもないのが特徴、本当にオペラと言っていいのか、モーツアルトのレティタティーボのパロディではないか、しかし美しいオペラだ、と述べている。

確かに公演時間は全部で3時間以上あり、冗長な感じがするのでBGMで聴いているときは良いが、公演を観に行ったときは退屈気味になるでしょう、そこは私も改善する必要があると思う。オペラも3時間が限度でしょう

さて、この公演を観た感想を少し述べてみたい

  • 阪の指揮は大変良かった、彼の指揮は東京芸術劇場での「こうもり」の公演で初めて聴いたが抑揚の聴いたいい指揮だったが、今回もよかった
  • 中村の演出も彼が語る通りのオーソドックスなもので、このオペラに抱くイメージ通りの舞台設定であったと言える、奇をてらわないこういう演出が好きだ
  • 主演の森谷真理はこの演目の元帥夫人やフィガロの伯爵夫人、先日の「こうもり」のロザリンデなど、中年のよろめく貴族のご婦人を演じさせたら右に出るものがいない存在だろう。
  • オックスの妻屋秀和も役柄ピッタリの配役だと思った、いやらしさが十分出ていた、ただ、カツラはつけないといけないのか、つけてない「ばらの騎士」の演出もあると思うが
  • オクタヴィアンの八木 寿子もよかった、第1幕では元帥夫人と並ぶとちょっと身長が高くて体格も良いので元帥夫人と堂々と渡り合うようなイメージも持ったが、第2幕でゾフィーと会う場面では男性として十分な存在感を感じて、これで良いと思った。原作では17才という設定だからまだ中学生くらいの少年というイメージであるべき、という思い込みはある
  • ゾフィー役の石橋栄実も大活躍だった、親の言いなりにならない気丈な娘役をうまく演じていた
  • ファーニナルの青山貴もその役柄にピッタリはまっていたと思った。俄か貴族の成金で娘の縁談と家の繁栄を同じこととして考える当時の社会常識を体現するような存在感を存分に出していた、ただ、そのような社会常識が愛のための結婚という現代の価値に代わる過渡期だったため、最後はオックスとの婚約破談を認めるところもうまく表情に出して演じていたと思う

楽しめました

なお、初演のドレスデン州立歌劇場(ゼンパー・オーパー、Semperoper)は旅行で訪問したことがある、数年前、チェコのプラハから急行電車で2時間かけてドレスデンに日帰り観光に行った時だ、時間的にオペラ公演は観られなかったが、劇場内を見学するツアーに参加した、なおドレスデンは旧東ドイツである

 


テレビ録画で喜歌劇「こうもり」を鑑賞

2024年04月19日 | オペラ・バレエ

テレビで放送していた喜歌劇「こうもり」を鑑賞した。収録は2023年12月28・31日、バイエルン国立歌劇場での公演だ。昨年ミュンヘン旅行に行ったとき、この歌劇場を訪問し見学ツアーにも参加し、バレエ公演も観た。今回のテレビはそのバイエルン国立歌劇場での大好きな「こうもり」の公演とあっては観ないわけにはいかない。15日に放送したばかりだが早速観た。

今年の正月にウィーン国立歌劇場のストリーミングサービスで昨年末の公演「こうもり」を観たが(その時のブログはこちら)、ミュンヘンでも年末は「こうもり」で行く年を笑って忘れようということでしょう。

ヨハン・シュトラウス 作曲
演出:バリー・コスキー(1957,豪)
出演
アイゼンシュタイン:ゲオルク・ニグル
ロザリンデ:ディアナ・ダムラウ
フランク:マルティン・ヴィンクラー
オルロフスキー公:アンドリュー・ワッツ
アルフレート:ショーン・パニカー
ファルケ:マルクス・ブリュック
ブリント:ケヴィン・コナーズ
アデーレ:カタリナ・コンラディ

合唱:バイエルン国立歌劇場合唱団
管弦楽:バイエルン国立歌劇場管弦楽団
指揮:ウラディーミル・ユロフスキ   

開演前の歌劇場の外の様子やホワイエの様子などをカメラで写していたが、昨年訪問したことを思い出してうれしくなった。

演出のバリー・コスキーはウィキペディアによれば、作品の大胆な再解釈を行いながら多彩な色、動き、手法を用いた鮮やかで審美的な舞台の人気は高く、ヨーロッパを中心に活動する現在世界で最も多忙な演出家の一人である、また、自身を「ゲイでユダヤのカンガルー」と形容してるそうだ。

今回の演出はウィキにあるとおり、カラフルで、いろんな創意工夫がなされており、ワクワクするような演出で、観ていて楽しかった。これだけの演出を思いつくというのはやはりたぐいまれな才能だろう、人気があるのもわかる。ただ、第3幕の刑務所の場面で刑務所長フランク(マルティン・ヴィンクラー)がパンツ1枚の姿で出てきてしばらく演技する場面は如何なものかと思った、LGBTのコスキーらしさか、また、コスキーの演出はこの演目だからこそその能力が活かされる面があると思う、少し前、彼の演出した「金鶏」というオペラをテレビで観たときはそんなに感動もしなかった。「魔笛」とか「セビリアの理髪師」とかをやらせたら素晴らしい舞台を作ってくれるような気がする。

あと、第2幕のオルロフスキー公邸宅での仮装パーティーの時に大騒ぎするポルカ「雷鳴と電光」だが、多分男性陣だと思うがラインダンスをして盛り上げるが、私はイマイチ盛り上がらなかった、なぜなら一番はしゃぐはずのアイゼンシュタインが先頭にたってダンスをしたり、跳んだりはねたりするのが少ないからだ、最大の盛り上げ場面でのフラストレーションでありこの場面は1986年のオットー・シェンクに軍配をあげたい思った。

出演者については、どの演目でもそうだが、役者を選ぶオペラであると思う、それぞれの役の役柄にピッタリ合う歌手を選ばないとこの演目は台無しになる。その中でももっとも重要な役がロザリンデである。そのロザリンデを演じたのがソプラノの第一人者、ディアナ・ダムラウ(1971、独)であり、これは完璧に役柄にはまっていた配役であった。彼女はフランスのバス・バリトン、ニコラ・テステと結婚、2010年と2012年生まれの2人の息子がいる。ロザリンデは中年で亭主を愛するが若いテノール歌手とのアバンチュールも楽しむ美人でセクシーなマダム、ダムラウはロザリンデにぴったりのイメージだ。その期待に応えて実に味のある演技を見せてくれた。私が好きな1986年の同じ劇場での「こうもり」でロザリンデを演じたパメラ・コパーンと同じイメージで感動した。

特にロザリンデがいいのは第1幕だ、第2幕ではハンガリー婦人に仮装するためマスクをつけているので、この時のロザリンデのイメージはあまり好きになれない、また、第2幕でチャルダッシュを歌うその最後の声を張り上げる場面は声が出ていなかったように思えた、難しい曲なので無理もない。油の乗りきった今の彼女は、ばらの騎士の元帥夫人やフィガロの結婚の伯爵夫人なども最も適役だと思うので是非観てみたいものだ。昨年、テレビのクラシック倶楽部でダムラウとカウフマンのデュオコンサートを放送した時も彼女の歌を聴いたが素晴らしかった(その時のブログはこちら)

他の歌手もみんな頑張って歌って、精一杯演技していたと思うが、もう少しあげるとすれば、ファルケ博士役のマルクス・ブリュックだろう、1986年のファルケ役のヴォルフガング・ブレンデルとはイメージが違うが、ブリュックはこれで結構役柄に合っており、かつ、声量も豊かで素晴らしいと思った。

あと一人あげるとすれば、フロシュ(刑務所職員)だ、通常の語りの他にタップダンス&ボディパーカッションをしていたのが印象に残る、これはコスキーのアイディアであろう、こんな第3幕は初めてだ。

さて、最後に指揮者のウラディーミル・ユロフスキ(1972、露)である、この歌劇場の音楽総監督であり、2021年からバイエルン州立管弦楽団の指揮も担当している、彼の指揮による演奏は1986年カルロス・クライバーの演奏に勝るとも劣らない素晴らしいものだった、そしてカーテンコール時に舞台上の歌手たちがオーケストラに向って「さあどうぞ」とばかりに手を差し伸べる仕草をすると、ユロフスキとオーケストラは待ってましたとばかりにこれに応えてチャルダッシュの演奏し、観客席も手拍子をしてカーテンコールを大いに盛り上げた、こんな粋な計らいも初めてだ、彼のアイディアかどうかわからないが、いい指揮者だと思った。

いずれにしても素晴らしいオペレッタでした、満足しました

 


歌劇「ルサルカ」をテレビ録画で観る

2024年04月12日 | オペラ・バレエ

テレビで放送していた歌劇「ルサルカ」(全3幕)を録画して観た。初めて観る演目だ。演奏時間は約3時間

作曲ドボルザーク(1904年5月、62才没、チェコ)
演出・美術・衣装・振付・照明:ステファノ・ポーダ(51,伊)

<出演>

ルサルカ:アニタ・ハルティク(1983、ルーマニア)
王子:ピョートル・ブシェフスキ(1992、ポーランド)
ヴォドニク(水の精、ルサルカの父):アレクセイ・イサエフ(1995、アゼルバイジャン)
イェジババ(魔法使い):クレア・バーネット・ジョーンズ(1990、英)
外国の王女:ペアトリス・ユリア・モンゾン(1963、仏)

合唱:トゥールーズ・キャピトル国立合唱団
管弦楽:トゥールーズ・キャピトル国立管弦楽団
指揮:フランク・ベアマン 

収録:2022年10月14・16日 トゥールーズ・キャピトル劇場(フランス) 

ドボルザークがオペラを作曲していたなんて知らなかった、この作品は1900年、ドボルザークの死の4年前の完成であり晩年の作である。ドボルザークは、アメリカ時代に交響曲「新世界」を残して著名な作曲家となったが、オペラでの成功を望んでいた。しかし、思うように国際的な評価を得られなかったが晩年のルサルカの成功はドボルザークを大変喜ばせた。

初めて鑑賞する演目だが、あらすじは簡単で予習にそんなに時間はかからなかった

第1幕(森の中にある湖)

ルサルカは森の湖に住む水の精。ある日人間の王子に恋をし、魔法使いイェジババに人間の姿に変えてもらうが人間の間はしゃべれないこと、恋人が裏切った時にはその男とともに水底に沈むのが条件。人間の娘になったルサルカを見た王子は彼女と結婚する

第2幕(王子の城)

口をきかないルサルカを不満に思った王子は、外国の王女に心を移してしまう。祝宴の中、居場所をなくしたルサルカが庭へ出ると、水の精によって池の中に連れ込まれ、王子は恐怖のあまり、王女に助けを求めるが、王女は逃げる

第3幕(森の中にある湖)

森の湖へ移されたルサルカに魔法使いは、元に戻すには裏切男の血が必要だと語りナイフを渡すがルサルカは拒否、王子が湖にやってきて自分の罪を聞かされて絶望し、ルサルカを呼び抱擁と口づけを求める。ルサルカは拒むが、王子は「この口づけこそ喜び、私は死ぬ」と答えるとルサルカは王子を抱いて口づけし王子は水底へと沈んでゆく

このオペラの最大の特徴は、演出・美術・衣装・振付・照明を担う万能の才人、ステファノ・ポーダによる舞台だろう、ただ、その意図するところがわからない演出が少なくなかった

  • この演出のキーポイントは「水」だ、場面が森の奥の湖であることを舞台で最大限強調するため、実際の水がふんだんに使われている、まるで大浴場を舞台にしたような設営だ、ここまでやるのは初めて観た、歌手たちはみんなずぶ濡れになって演技し歌った、そして湖の中央は深さもあり、時にルサルカや父の水の精は潜って演技する、歌手はさぞかし大変だったろう
  • 第1幕では舞台の上から人間の左右の大きな手首のオブジェァが降りてくる、第3幕では開幕時から左右の手首のオブジェァが湖から飛び出ている、そして上からも手首のオブジェが降りてきて最後はまた上に釣り上げられて消えていく、これも何を意味しているのかわからなかった
  • 第2幕で王子の使用人たち(森番/狩人、料理人)が舞台いっぱいに積み上げられた使用済みペットボトルのようなものをゴミ収集袋に詰め込み、舞台の外に持ち出す作業を延々としていたが、これが何を意味するのか、わからなかった、第3幕でも使用人たちが水の中にある何かを拾っている場面があるが、これも意味不明だった
  • 舞台や衣装の色彩という点からすると第2幕の後半、王子の城でのルサルカとの結婚披露の祝宴の舞台、や衣装が非常にカラフルで目を楽しませてくれた

いろいろ驚きのある演出であるが、内容的には突出した前衛的な置き換えなどはなく、目を楽しませる演出にとどまっていたのはよかったと思う

さて、出演者だが、タイトルロールのアニタ・ハルティクはずぶ濡れになって頑張って演技していたと思う、ルサルカが第1幕で歌うアリア「月に寄せる歌」はどこか哀愁を帯びた音楽で親しまれていると言われているが、自分は初めての鑑賞だったので、まだその良さに気付かなかった。今後、このアリアだけでも繰り返し聞いて親しんでいきたい。

さらに、このルサルカ役は、オペラであるにもかかわらず、途中で言葉を発することができなくなるため、歌唱力だけでなく、歌わない場面での演技力も問われる難しい役だが、その場面は特に違和感がなかった。

また、王子役のピョートル・ブシェフスキも特に第3幕の演技は熱演であり、いい歌手だと思った。

初めて観る演目にしては楽しめたオペラでした


映画「英国ロイヤルバレエ ドン・キホーテ」を観る

2024年02月04日 | オペラ・バレエ

近くのシネコンで「英国ロイヤル・オペラ・ハウス バレエ、ドン・キホーテ(全3幕)」を観た。上演日は2023年11月7日。値段は3,700円、上映時間は3時間19分。今日もプレミアム・シートの部屋だったので飛行機のビジネスクラスのようなシートでゆったりとしてよかった。人数があまり入らない部屋だが、女性中心に30名はきていただろうか、意外に人気があるのに驚いた。私はこの演目が大好きだ。初めてバレエ公演を観たのはドン・キホーテだった。

【振付】カルロス・アコスタ、マリウス・プティパ
【音楽】レオン・ミンクス
【指揮】ワレリー・オブシャニコフ、ロイヤル・オペラ・ハウス管弦楽団 

【出演】

ドン・キホーテ:ギャリー・エイヴィス
サンチョ・パンサ:リアム・ボズウェル
ロレンツォ(キトリの父):トーマス・ホワイトヘッド
キトリ:マヤラ・マグリ
バジル:マシュー・ボール
ガマーシュ(金持ちの貴族):ジェームズ・ヘイ
エスパーダ(闘牛士):カルヴィン・リチャードソン
メルセデス(街の踊り子):レティシア・ディアス
キトリの友人:ソフィー・アルナット、前田紗江
二人の闘牛士:デヴィッド・ドネリー、ジョセフ・シセンズ
ロマのカップル:ハンナ・グレンネル、レオ・ディクソン
森の女王:アネット・ブヴォリ
アムール(キューピッド):イザベラ・ガスパリーニ

この演目は英国ロイヤル・オペラ・ハウス シネマシーズン2023/24の開幕を飾るもので、この日は国王チャールズⅢ世とカミラ王妃がご臨席したのには驚いた。2回の一般席の一番前にお座りになった。それとハッキリ覚えてないが、英国の各地の学生やウクライナ支援の演奏を行う楽団メンバーなどが観ていることが紹介された。

休憩が2回あり、それぞれに関係者にインタビューがされるのはMETライブ・ビューイングと同じだ。今回は2013年に振付けを担当した元プリンシパルで世界的なスターのカルロス・アコスタにいろいろ質問していた。彼は、この演目はクラシックな演目だが、従来とは違う新しい振付けを加えた、例えば演奏の途中でバレエダンサーが声を上げるとか、ステージの場面転換を大胆に行ったとか、床をタイルにしたかったが試したら滑りやすくてダメだったとか、いろいろ参考になることを話してくれた(詳しいことは正確に覚えていないが)。

また、舞台上の物(大物、小物)を扱う方のインタビューもあり面白かった。大物はドン・キホーテが乗る馬があり、小物はコーヒーカップなどが多く使われていたが、これらを苦労してそれなりに見せる努力がされていることが理解できて参考になった。あとは主役のキトリとバジルの2人の練習風景も幕間に映された。

ヒロインのキトリ役は、2011年のローザンヌ国際バレエコンクールで優勝し、2021年にプリンシパルに昇格したブラジル出身のマヤラ・マグリ。シネマシーズンでは初主演だそうだ。彼女の踊りは素晴らしかった。特に一幕目の終わりだったか、バジルのリフティングで高い位置で手足を伸ばしてポーズとるところがバッチリ決まって素晴らしかった。

キトリの恋人のバジル役は、大人気の英国出身マシュー・ボール。男性ダンサーの魅力が詰まったこの役で、華麗な超絶技巧の数々を見せた。マヤラ・マグリとは私生活でパートナーだそうだ。確かに2人の演技は息がピッタリ合って最初から最後まで素晴らしいパフォーマンスであったと思う。特に三幕目の最後の方で、2人で交互にクルクル回転して踊るところ(バレエ用語で何というのか知らないが)などは「凄いな」と感心した。

また、1幕から3幕まで大活躍するキトリの二人の友人のうちの一人を、日本人の前田紗江がアサインされていたのは嬉しかった。結構出演する場面が多いのでよかった。私は彼女を知らなかったが、ROHのホームページの団員紹介を見ると次のように紹介されている。

「日本人ダンサー、前田紗江さんは英国ロイヤル・バレエ団のソリスト。彼女は2017/18シーズンの初めから英国ロイヤル・バレエ団のオード・ジェブセン・ヤング・ダンサー・プログラムに参加し、2018年にアーティスト、2022年にファースト・アーティスト、2023年にソリストに昇進した。前田さんは横浜で生まれ、7歳からダンスを始めた。彼女はマユミ・キノウチ・バレエ・スクールとローザンヌ国際コンクールの奨学金を受けてロイヤル・バレエ・スクールで訓練を受けました。」

ROHの日本人ダンサーには最高位のプリンシパルに高田茜、平野亮一、金子扶生がいるのは知っていたが、この3名以外にも何人か所属しているのを知り頼もしくなった。頑張ってほしい。

最後に、今回の演奏だが、作曲はミンクスとなっているが、今日の演奏を聴いてみると私がいつも聞いているドン・キホーテとはかなり違ったアレンジがされていたので面食らった。ウィキで確認するとこの演目の振付けのベースはプティバや彼の弟子のゴルスキーのものだが、その後にアレンジを加えていろんなバージョンがあるようだ。曲についても追加したり、一部変更しているものもあるようなので、今回もそうなのだろう。私としては普段聞いているものが良いと思っているのでいきなり違うバージョンを聞かされても「何だ、これは」としか感じないが、慣れの問題でもあろう。そう大幅に変えているわけではない、ただ、フラストレーションはたまった。

さて、昨日は節分、最近は恵方巻きを食べるのが1つのブームになっているようだ。私が子どもの時はそんな習慣はなかった。多分にコンビニやスーパーの販売戦略に乗せられているようで癪に障るのだが、昨夜はスーパーで買ってきた恵方巻きを食べた。

 


ウィーン国立歌劇場のストリーミングで「こうもり」を観る

2024年01月04日 | オペラ・バレエ

ウィーン国立歌劇場のライブ・ストリーミングで昨年末の大晦日に上演された喜歌劇「こうもり」が観られるので、観てみた。昨年も観たが(その時のブログはこちらを参照)、今年も観られるのはうれしい。

ウィーンでは年末は「こうもり」を観て、シャンパンに酔って大騒ぎして行く年を忘れ、新年は楽友協会で「ウィーンフィルのニューイヤーコンサート」を観る、というのがクラシック音楽ファンの王道だ。その両方が日本でも同時に楽しめるのは何と贅沢なことか。私も今日は先ず「こうもり」をストリーミングで観た。ニューイヤーコンサートは録画してあるので後から観ようと思ったが、今年は元日の北陸地方の地震で中継がなくなったそうだ。

今回観たストリーミングはウィーン国立歌劇場のホームページのメインページの上の方右側にストリーミングと出ているところをクリックすると観られる。無料である。ライブだが、ライブ終了後もしばらく観られるようだ。私は今回、2日の夜と3日の昼に2回に分けて観た。昨年までは日本語字幕もあったが今年は日本語がなくなっている。しかし、あらすじはよくわかっているので字幕はなくても大丈夫だ。

音楽:ヨハン・シュトラウス
指揮:シモーネ・ヤング(62,豪)
演出:オットー・シェンク

出演:

エイゼンシュタイン:ヨハネス・マルティン・クレンツレ(62、独、バリトン)
ロザリンデ:カミラ・ニールンド(55、フィンランド、ソプラノ)
フランク:ヴォルフガング・バンクル
プリンツ・オルロフスキー:パトリシア・ノルツ
アルフレッド:尼子広志(34、日本人の父と英国人の母の間に生まれ英国で育った日系英国人テノール)
ファルケ博士:マルティン・ヘスラー
ブラインド博士:ノルベルト・エルンスト
アデル:レギュラ・ミューレマン(37、スイス、ソプラノ)
アイダ:イレアナ・トンカ
フロッシュ:ヨハネス・ジルバーシュナイダー

オペレッタは通常、金持ちが行く国立歌劇場ではなく、庶民が行くフォルクスオーパ(Volksoper、市民オペラ座)の方で上演するのであろうが、「こうもり」は特別扱いらしく国立歌劇場で上演する。フォルクスオーパは数年前ウィーン旅行に行ったときに訪問し、バレエを観たが、確かに国立歌劇場に比べて庶民的な雰囲気があったように感じた。


(フォルクスオーパで観劇したときの写真2枚)

先日見た2023年ザルツブルク音楽祭の「マクベス」は斬新な演出で驚いた。しかし、この「こうもり」は同じ欧州のオペラの中心地ウィーンでの公演だが、演出は1980年代からあるオーソドックスなオットー・シェンクのものだ。私が好きな1986年バイエルン国立歌劇場でのカルロス・クライバー指揮の「こうもり」と同じ演出で今も上演しているのは面白い。年末年始の行事は奇抜なものより慣れ親しんだ会場、演出のお決まりの演目で楽しむということか。

出演者はそれぞれ適役だと思った。アイゼンシュタイン、ファルケ、オルロフスキー、アデーレ、フランク、それに尼子広志のアルフレッドが特に良かった。また、第2幕のポルカ「雷鳴と電光」の大騒ぎは愉快で、歌手たちも楽しそうに演じているようにみえた。

シモーネ・ヤング指揮のウィーンフィルの演奏は上品な気品に満ちた演奏だった。ただ、個人的な好みで言えば、クライバー指揮のバイエルン国立管弦楽団に比べ上品すぎてアクセントに欠けるところがあったように感じた。

ウィーン国立歌劇場はウィーン旅行に行ったとき、わずか3日か4日間の滞在中に好きな演目がなかったのでガイドツアーに参加した。夏は冷房がないようなことを言っていた記憶がある。内部はやはり豪華で、小澤征爾の写真が飾ってあったのが印象的だった。


(ウィーン国立歌劇場のガイドツアー参加時の写真2枚)

愉快なオペレッタを楽しめました。

さて、今日は3日、昼食はまたお雑煮を食べた。

 


2023ザルツブルク音楽祭「マクベス」を観る

2024年01月01日 | オペラ・バレエ

2023年ザルツブルク音楽祭の歌劇「マクベス」(ヴェルディ作曲)がテレビで放送されていたので録画して観た。収録は2023年7月25・26・29日、ザルツブルク祝祭大劇場だ。今年の夏の音楽祭の模様がテレビで観られるとは何という贅沢だろうか。

しかも今回は、自分が昨年ザルツブルクに旅行に行ってきたばかりなので感慨もひとしおである。

<出演>

マクベス:ウラジスラフ・スリムスキー(47、ベラルーシ)
バンクォー:タレク・ナズミ
マクベス夫人:アスミク・グリゴリアン(42、リトアニア)
マクダフ:ジョナサン・テテルマン
マルカム:エヴァン・リロイ・ジョンソン

合唱:ウィーン国立歌劇場合唱団
管弦楽:ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:フィリップ・ジョルダン(49、スイス、 ヴェルザー=メストの代役)
演出:クシシュトフ・ヴァルリコフスキ(61、ポーランド)

1843年、シェークスピアを敬愛するヴエルディは彼の戯曲の初めてオペラ化するにあたり、四大悲劇の「マクベス」を選んだ(今回は1865年パリ版がベース)。

「マクベス」は主君殺しがテーマになった物語であり、それを唆すのが悪妻のマクベス夫人である。主君殺しは洋の東西を問わず人気の演目なのだろう、明智光秀然り、ブルータス然り、どの話も最後は主君を殺した人物が悲愴な最後を遂げるというのもお決まりのパターンであろう。

番組の説明では、今回の演出は映画をはじめとする文化的象徴を大胆に取り入れ作品解釈の更新を迫るポーランドの鬼才クシシュトフ・ヴァルリコフスキ、彼は、マクベス夫妻に子供が育たなかったという原作の設定を元に、医師に不妊を知らされた夫婦の絶望をすべての発端とした、また、彼はパゾリーニ監督の映画やのちに恐怖政治をもたらしたフランス革命の母胎「球場の誓い」の室内テニスコートを導入し政治システムと独裁者の関係を問い直す、とある。

このヴァルリコフスキの演出は、何も予習なしに見たら全く理解できないであろう。私も少しは予習してみたが、理解できたとは言えない、例えば、

  • 劇の冒頭や第4幕の冒頭にパゾリーニ監督の映画「アポロンの地獄」や「奇跡の丘」の引用があるが、その意味しているところが良くわからない
  • フランス革命の母胎「球場の誓い」の室内テニスコートを導入し政治システムと独裁者の関係を問い直す、とあるがこれも理解できなかった

観客もどれだけ理解して見ているのかわからないが、現地ではそれはあんまり関係ないのかもしれないといっては失礼か。音楽祭とはお祭りだ、話題になればそれだけで良いのではないか、とも思える。2019年のバイロイト音楽祭のトビアス・クラッツアー演出「タンホイザー」も相当奇抜なものと思ったが、この傾向は最近のはやりなのか。あまりの奇抜さには観客からブーイングも出るようだが、今回のカーテンコールではブーイングはなかったように思える。ただ、ヴァルリコフスキが舞台に出てきたときは、何かちょっと拍手喝采というような感じではなかったようにみえた。

この演出家はウィキによれば、「2021年、彼は“ヨーロッパの演劇言語の根本的な刷新の提唱者”であり、“映画からの参照とビデオの独自の使用法に頼って、新しい形式の演劇を発明した”として、ヴェネツィアのテアトロ・ビエンナーレで金獅子生涯功労賞を受賞した。」とある。元々は演劇監督で、最近オペラも演出も手がけるようになったようだ。ウィキで説明されていることは今回のマクベスでも遺憾なく発揮されていると言えよう。

さて、出演者であるが、何と言っても目立っていたのはマクベス夫人のアスミク・グリゴリアンであろう。美人だし、歌唱力もあり、演技もそれなりにうまい。彼女は最近のザルツブルク音楽祭の常連歌手になっているようで、もう第一人者という感じなのだろう。

ただ、私は今回の彼女は、あまり適役ではなかったと思う。なぜなら、マクベス夫人というのは腹黒く、亭主に国王殺しを唆す悪女であるからだ。悪女が美人でスタイルも良い歌手では相当な違和感がある。マクベス夫人が自分の行いの重大さに押しつぶされ発狂してしまう後半の場面など、随分かわいらしいマクベス夫人となっていて、かわいそうになった。やはり、ちょっと太めでキツイ性格の女、というのが合っているのではないか。例えば、アンナ・ネトレプコなどが適任だと思う。グリゴリアンは美人が様になる役が良い、例えば、ラ・ボエームのミミとかサロメとか。まあ、どんな役でもこなさないと仕事は来なくなるのだろうからえり好みはできないのでしょうが。

ヴェルディの音楽は、可もなく不可もなく、といった印象を持った。あまり好きな演目でもないので普段家で聞くこともないのだが、いつものヴェルディ節が随所にあり、ファンの方には楽しめるオペラでしょう。ただ、私にとっては相変わらず喧しいだけの音楽に聞えた。


バレエ「くるみ割り人形」を観る

2023年12月23日 | オペラ・バレエ

テレビで放送されていたニュー・アドベンチャーズ公演、マシュー・ボーンのバレエ「くるみ割り人形」を観た。やはりクリスマスシーズンなので一度は観なければと思った。

振付・演出:マシュー・ボーン
音楽:チャイコフスキー

<出演>
クララ:コーデリア・ブレイスウェイト
くるみ割り人形:ハリソン・ドウゼル
シュガー/プリンセス・シュガー:アシュリー・ショー
フリッツ/プリンス・ボンボン:ドミニク・ノース
ドロス婦人/クイーン・キャンディー:デイジー・メイ・ケンプ
ドロス博士/キング・シャーベット:ダニー・ルーベンス
  

管弦楽:ニュー・アドベンチャーズ管弦楽団
指揮:ブレット・モリス

収録:2022年1月21日 サドラーズ・ウェルズ劇場(ロンドン)

このくるみ割り人形は通常のものとは違ってマシュー・ボーンが描くオリジナル・ストーリーとなっている。そのあらすじをテレビを見た範囲で書くと(正確ではない)、

  • クララは孤児院で暮らす少女、クリスマス・イブの夜に孤児院の寄付者からかクリスマスプレゼントの人形をもらう
  • しかし孤児院を運営しているドロス夫妻は寄付者が去るとプレゼントを取り上げ捨ててしまう
  • 夜12時になると人形が人間大の動く人形になって戻ってきてクララたちと踊り、ドロス夫妻が出てくるとみんなで夫妻を懲らしめる、そして人間になった人形とクララは冒険の旅に出る
  • 旅の行き先はポップでカラフルな夢の世界で、最初は凍った池の場面、次にスウィートランドに行く、そこで孤児院にいたドロス夫妻やシュガー、フリッツといった人たちが別の人物になって表れ、クララたちと踊る
  • クララは人間になった人形に惹かれるが、その人間になった人形はプリンセス・シュガーと結婚してしまいショックを受ける
  • 最後にクララは孤児院に元の姿になって戻ってくる、そこでベッドに寝ていたのは人間になった人形であった、2人はそこで結ばれ旅立っていく

このバレエを観た印象を述べてみよう

  • ストーリーが通常のものと違うが特に違和感はなかった、それなりに面白いと思った
  • サドラーズ・ウェルズ劇場というのはちょっと調べてみるとダンス、特にコンテンポラリーダンスなどを上演する劇場であり、このバレエの振付けを見てもバレエというよりダンスという感じがしたので上演劇場もROHなどではなく、このような劇場になったのだと思った
  • 演出のマシュー・ボーンはウィキによればダンスやミュージカルの演出家であり、バレエの古典作品にも新解釈を加えているとなっている、このくるみ割り人形もまさに新解釈を加え、バレエとダンスの境界線を行く作品に仕上げていると言えよう、また、ニュー・アドベンチャーズというのはマシュー・ボーズが作った会社でダンス公演を主な事業としていたが現在は解散しているとのこと
  • 演出、証明、衣装など全てカラフルで良い、楽しめる
  • 出演者では、前半の孤児院の場面でのドロス夫妻が目立った活躍をしていたと思った、コスチュームなど尖った特徴を出しており非常に良かった

上演時間も2時間程度で長くなく、クリスマスに楽しむには良い演目でしょう。

 

 


新国立劇場で「こうもり」を観る

2023年12月10日 | オペラ・バレエ

新国立劇場でオペレッタ、ヨハン・シュトラウスⅡ世作曲の「こうもり」を観た。14時開演、17時15分終演。今日は、4階D席、6,600円。最近は夜の公演がキツくなってきたのでなるべく昼の公演を観に行っている。今日はS席のみ当日販売があったそうだが、最後は満席になったようだ。観ていると幅広い年令層が来ているように見えた。

【指 揮】パトリック・ハーン(墺、28)
【演 出】ハインツ・ツェドニク(墺、83)
【美術・衣裳】オラフ・ツォンベック
【振 付】マリア・ルイーズ・ヤスカ
【照 明】立田雄士
【舞台監督】髙橋尚史

指揮者のハーンは調べてみると何と28才、本当なのかと驚く。ピアニストでもあり、作曲家でもある。この若さで既にコンセルトヘボウ管弦楽団、ミュンヘンフィル、ロンドンフィルなど名だたる楽団の指揮をしている。指揮者コンクールで優勝したなどの受賞歴があるわけでもないのに、どうして有名楽団との共演ができたのか、日本ではとても考えられない。オペラも既に指揮している。カーテンコールの時にステージに上がってきたが、確かに若そうだ、すごいことだ。

逆に演出のツェドニクは83才、新国立劇場の解説では、ウィーン宮廷の名テノール歌手でウィーン気質を熟知したエレガントで洒脱な仕掛けがふんだんに用意された正統的な演出とのこと。2006年にこの「こうもり」の演出で演出家として世界デビューを果たし、09年、11年、15年、18年、20年に再演、今回が6度目の再演となるそうだ。もしかしたら、私も新国立で過去に1回、ツェドニクのこうもりを観ているかもしれない。

演出以外ではアール・デコ調の華やかな美術・衣裳も大きな見どころで、金色に輝く幾何学模様や官能的なラインの衣裳など、クリムトを彷彿させるデザインとなっていると劇場は解説している。

【アイゼンシュタイン】ジョナサン・マクガヴァン(英、※)
【ロザリンデ】エレオノーレ・マルグエッレ(独、45、※)
【フランク】畠山茂(ヘンリー・ワディントンの代役)
【オルロフスキー公爵】タマラ・グーラ(米、※)
【アルフレード】伊藤達人
【ファルケ博士】トーマス・タツル(墺、※)
【アデーレ】シェシュティン・アヴェモ(スウェーデン、50、※)
【ブリント弁護士】青地英幸
【フロッシュ】ホルスト・ラムネク(墺、※)
【イーダ】伊藤 晴

(※)新国立初登場

【合唱指揮】三澤洋史
【合 唱】新国立劇場合唱団
【バレエ】東京シティ・バレエ団
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団

ロザリンデ役のエレオノーレ・マルグエッレについては新国立劇場のホームページにインタビュー記事が出ていたので読んで見ると、

「自分はハイデルベルク生まれで、高校卒業後にマンハイムの劇場で実習を受け、すっかり劇場に魅せられた。演劇かオペラか、2つの道がありましたが、演劇だとその言語の国に限られるけれど、音楽なら世界に出ていけると考え、オペラを選んだのです。歌手になった最初はコロラトゥーラ・ソプラノの声で歌いましたが、30歳で息子を産んでからはドラマティックなコロラトゥーラ・ソプラノになり、その後リリック・ドラマティック・ソプラノの役の方向に進みました。新国立劇場で歌うロザリンデ役にはすべてが含まれています。中音域の良い声も必要で、チャルダッシュもあるし、低音から高音まであり、大好きな役です」と述べている。

さて、今日の公演を観た感想を述べてみたい

  • 歌手陣はいずれも声量豊かで4階席の私にもよく聞える声で歌っていた、ロザリンデ役のマルグエッレは美人で高音もよく出て、チャルダッシュもうまく歌って素晴らしかった。アイゼンシュタイン役のマクガヴァンも音声豊かでアイゼンシュタインの性格をうまく演じておかしいくらいだった、今日の演技賞をあげたい。アデーレ役のアヴェモも大変よかった、役柄にピッタリの演技だったと思うし歌もうまかった、もう準主役級でしょう。刑務所長役のピンチヒッター畠山は刑務所長のイメージピッタリのコスチュームで笑えた。
  • パトリック・ハーン指揮の東京フィルの演奏もよかった、ハーンの指示だと思うが、今日の演奏ではところどころトランペットが旋律をリードするような吹き方をしていたのが興味深かった。また、場面が盛り上がる「雷鳴と電光」などの演奏の時も思いっきり大きな音を出すのではなく、抑制の効いた上品な演奏はさすがだと思った、ウィーン風の上品さというものを意識しているのだろうと思った
  • ツェドニクの演出は私が好きなオットー・シェンクの演出に似ていて好感が持てた。特に第2幕の「雷鳴と電光」の時の演出などはお祭り騒ぎの中にも華やかさがあり、ウィーンの社交場のダンスホールのようなイメージの舞台設定になっていたのが大変印象的で素晴らしいと思った。
  • この演目で私が好きな第2幕のワルツとかポルカで陽気に騒ぐところだが、今日はまず最初にシュトラウスの「ハンガリー万歳」が演奏され、そのあと「乾杯の歌」に続いて有名なポルカの「雷鳴と電光」が演奏された。私は「こうもり」でこの「ハンガリー万歳」というのは初めて聞いたが良い曲だった。
  • 私は自分の中で1986年のカルロス・クライバー指揮、オットー・シェンク演出版が一番好きで、これと比較して今日の演奏はどうかと判断することにしているが、今日の公演はほぼこの基準に達していたと思った。それだけ素晴らしかった。

本当に楽しいオペレッタだった。帰りにホワイエで、終演後のレストランの予約は満席となりました、と張り出してあったのを見た。楽しいオペラのあとで国立劇場のレストランで夕食とはきっと最高の年末の夜になるでしょう。また、今日は休み時間に12月下旬の演劇公演「東京ローズ」のチケット買って帰った。


喜歌劇 『こうもり』(新制作)を観に行く

2023年11月28日 | オペラ・バレエ

東京芸術劇場で開催された「喜歌劇こうもり(新制作)」を観に行った。今日は3階席の一番前、7,000円。14時開演、17時半頃終演。チケットは完売だそうだ。幅広い年令層が来ていた、女性が多かったように見えた。

この題名だが、登場人物のファルケ博士が友人のアイゼンシュタインから仮面舞踏会に誘われ、こうもりの衣装を着けたまま帰宅したことから「こうもり博士」というあだ名をつけられ、それの仕返しをするために仕組んだパーティーの余興が題材となっているため「こうもり」という題名がつけられた。

このオペレッタは大好きだ。やっぱり、オペラは悲劇より喜劇の方が好きだし、オペレッタの愉快な音楽が好きなので「こうもり」は何回も見ている。音楽が実に素晴らしい。

指揮:阪 哲朗
台本・演出:野村萬斎(オペラ初演出)

アイゼンシュタイン:福井 敬
ロザリンデ:森谷真理
フランク:山下浩司
オルロフスキー公爵:藤木大地
アルフレード:与儀 巧
ファルケ:大西宇宙
アデーレ:幸田浩子
ブリント博士:晴 雅彦
フロッシュ:桂 米團治
イーダ:佐藤寛子

合唱:二期会合唱団
管弦楽:ザ・オペラ・バンド

このオペレッタ公演は、今年度の全国共同制作オペラ。これは文化庁の助成を得て、全国の劇場や芸術団体などが共同で新演出オペラを制作するプロジェクトで、平成21年にスタートした。これまで野田秀樹の「フィガロの結婚」、森山開次の「ドン・ジョバンニ」などが上演された。

オペラ演出初挑戦の萬斎は、世阿弥の「珍しきが花」という言葉を引用し、それなりに珍しいものにしようと思っている、日本ならではの発想、能・狂言のならではの発想を活かしたい、と語っている。そして、今までなじみのない方にもとにかく親しんで頂くことが目的で、日本に舞台を置き換えて身近に感じてもらえるよう仕掛けをしたと語っている。具体的には、

  • 第1幕が質屋の店の裏のちゃぶ台をめぐる茶番劇、第2幕は鹿鳴館を舞台にした夜会、第3幕は牢屋での大団円とした。
  • アイゼンシュタインを質屋の親父、オルロフスキーは公家、牢屋はコミックの「はいからさんが通る」のイメージにした、衣装もアイゼンシュタインとロザリンデ、オルロフスキーは着物を着て出てくる
  • 舞台は変則の能舞台とし、橋がかりを三本付け、畳を敷いたり、模様替えをしながら見せる
  • フロッシュ役の桂米團治が活動写真の弁士のような進行役をする、第3幕ではそれをファルケ役の大西宇宙がやる
  • 歌と歌の間のセリフを日本語でやる

こうもりの初演は1874年、その前年はウィーンの株価が大暴落し、大恐慌になった。庶民の暮らしが苦しくなる中で、ままならないことは忘れて、忘れることは幸せだと能天気に歌い、すべてはシャンパンのせいとお酒を称える合唱で大団円を迎える。

そもそもオペレッタは庶民目線で上流階級に対する風刺を生命とする芝居だ。オッフェンバックの「天国と地獄」はフランスにおける風刺オペレッタの代表。「こうもり」も揶揄のスピリットが満ちている。ウィーンの金持ちたちの倦怠感に満ちた生活、シャンパンを飲んで懲りずに浮気などを繰り返すいい加減さをワルツやポルカで嗤うものだ。

今の日本人はこうまで陽気になれないだろう。だいたい悲観論が好きだし、ものごとのプラス面よりマイナス面を強調するし、能天気なバカ騒ぎは「不真面目だ」と文句を言う。冗談が通じないのだ、社会全体に寛容の精神がなくなってきているのは怖いことだ。

観劇した感想を記載したい

  • 出演メンバーの豪華さに驚かされた。日本のオペラ界の実力者が多く出演している、こんな舞台滅多に観れるものではないでしょう。
  • 指揮者の阪哲朗の指揮、オーケストラのコントロールが素晴らしいと思った。音楽が楽しく盛り上がるところでも大音響を目一杯出したりせず、歌声やセリフがちゃんと聞えるようにうまく抑制しつつ大きめの音を出していたように聞えた。3階席の一番前の私の席から阪氏の指揮する姿がよく見え、余計にそんなことが感じられた。
  • 歌手陣について、本日のMVPはロザリンデをやった森谷真理に与えたい。和服姿でよろめくアイゼンシュタイン婦人ロザリンデを実にうまく、かつ、日本語のセリフも工夫して演じていた。この人は女優でもやっていけるのではないかと思った。
  • 次にアデーレ役の幸田浩子を称えたい。各幕で彼女のメインの出番がちゃんと用意されているが、実にうまく歌って演じていた。彼女の舞台を見るのは初めてだけど実力があると思った。ただ、アデーレは彼女のような美人が演じるのはどうかなとも思った。もっとひと癖ある個性派女性歌手が演じるものではないだろうか。
  • アイゼンシュタイン役の福井敬もよかった、アイゼンシュタインになった姿からは素顔が全くイメージできず面白かったし、懲りない亭主のアタフタぶりをよく演じていたし、歌唱力も十分であった。
  • 萬斎の演出は全体的には楽しめたが、桂米團治に活動写真の弁士のような進行役をやらせるのは、ちょっとやりすぎのようにも感じた。
  • 第2幕の最後の方でバレエとかポルカ(雷鳴と電光)などが演じられることもあるが、今日はいずれも演じられず省略されたのではないか。私はこの部分(雷鳴と電光のバカ騒ぎ)が2幕では一番好きなだけに残念だった(私が持っているCD、DVDでは「雷鳴と電光」が演じられているものがある)
  • 運営面では演奏終了後の写真撮影禁止が残念であった。また、3階席の一番前は手すりが視界の邪魔をして見にくかった。この劇場に限らず、だいたい2階席以上の一番前の席は手すりが視界の邪魔になるが、演奏開始後は引っ込むとか何か設計上の工夫ができないものなのか(ちなみに歌舞伎座は一番前の座席でも手すりはないから結構怖い)。

十分堪能しました。素晴らしかった。

私の中では、何と言っても1986年バイエルン国立歌劇場ライブ、カルロス・クライバー指揮のDVD「こうもり」が何から何まで最高の「こうもり」だ。歌手、舞台、演出、オーケストラ、指揮者などすべてが良い。この時のオットー・シェンクの演出は今でもウィーン国立歌劇場で上演されている、その公演をウィーン歌劇場の無料ストリーミングサービスで観た感想を当ブログの記念すべき初投稿で記載した、興味のある方はこちら参照。今日の公演はそれに匹敵するものだった。


(つい先日行ったばかりのバイエルン国立歌劇場での公演だ)

年末はベートーベンの第九もあるが、「こうもり」の方が好きだ。また、バッハの「クリスマス・オラトリオ」が好みだ。「こうもり」は12月にも新国立劇場で上演があるのがうれしい。チケットを買ってあるので楽しみだ。ただ、「クリスマス・オラトリオ」がほとんど演奏されないのは残念だ。「くるみ割り人形」も良いけど、「クリスマス・オラトリオ」をやってくれないか。多分、出演者が第九などより少ないのでビジネス的にあまり収入が稼げない、という面もあるのだろうと想像する。

ウィーンでは大晦日は国立歌劇場で「こうもり」、新年は楽友協会で「ニューイヤーコンサート」というのがお決まりだという。ウィーン国立歌劇場のホームページで確認してみたら、今年の大晦日もオットー・シェンク演出の「こうもり」が上演されることになっていた。楽しいオペレッタを観て行く年を忘れようということでしょう。